三嶋憲一郎(みしまけんいちろう) | 会計士の履歴書 | 活躍する会計士たちの仕事やキャリアを紹介
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ベンチャー企業のCFO、COO、CSO(最高戦略責任者)を歴任。よりビジネスに近い立場で成長に貢献する

三嶋 憲一郎

みしま けんいちろう

生年月日
1985年6月8日(33歳)
所属企業
株式会社FABRIC TOKYO
所属部署
経営企画部
役職
取締役 経営・財務戦略担当
最終学歴
上智大学 経営学部経営学科 卒業
出身地
神奈川県
現住所
東京都
1キャリアサマリー
2008年
有限責任監査法人トーマツ入所。金融機関の米国会計基準による監査に従事し、与信系・市場系・資金調達の監査を担当
2012年
株式会社エナリス入社。経営企画、戦略立案、海外事業立ち上げ、M&A、ファイナンスに従事し、IPOを経験
2015年
株式会社ライフスタイルデザイン(現、株式会社FABRIC TOKYO)に参画。経営戦略策定、財務戦略策定、オペレーション戦略策定、実行など、執行全般を担当
2016年
執行役員CFO就任。引き続き、執行全般を担当し、大型ファイナンスを達成
2017年
取締役 経営・財務戦略担当就任

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この会計士のタイプは?

リーダータイプ
内向的
臨機応変型
大局タイプ
個人主義
伝統型
外向的
計画管理型
こだわりタイプ
集団主義
革新型
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人とコミュニケーションをとることが好きで、新しい価値観や知識の吸収に貪欲である。
協調性も高く、相手に対して思いやりを持って接することができるため周囲から頼りにされやすい。
自身の仕事に対しても責任感を持って誠実に取り組むことができるが、予想外のトラブルや問題が起こった時には動揺したりイライラしたりすることもある。
上昇志向があるため内にこもらず積極的に物事に挑戦していく傾向にある。
このタイプの会計士は回答者全体で、
6.9%います。
2監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ

父親が総合商社出身で、海外でインフラを開発する仕事をしていて、幼い頃から、これからはアジアの時代になると聞かされて育った。その影響か、漠然と海外への想いが強くなっていった。高校生の頃から、何か将来アジアを中心とする発展途上国の発展に自分が貢献できることはないのか、世のため、人のために何かなることはないか、模索するようになっていった。それもあってか、将来、海外で働く人が多い、上智大学に進学した。しかし、将来の夢は、かなり漠然としていて、何かの行動に移すことが出来ず、1年が過ぎた。このまま大学生活を終えてしまう危機感にかられ、何か一つでも事を成さなければならないと考え、ビジネス資格での最高峰である公認会計士を目指すことにした。公認会計士は、世のため人のためになる、小さいころに描いていたものにも近かった。やるからには、現役1発合格。それを標榜して、我武者羅に勉強し、無事合格するに至った。公認会計士試験合格後、大学を卒業、有限責任監査法人トーマツに入所した。

海外への想いもまだ強く、また小さい頃から、他人と同じになるのが非常に嫌いであり、会計業界で差別化したい気持ちから、海外に関わることが出来、かつ金融を学べる部署を選んだ。配属は、大手金融機関の米国会計基準に基づく監査部署で、1年間張り付いて1社を監査するという特殊な部署に配属になった。配属してから半年後にはリーマンショックに見舞われ、金融市場は大混乱、その最中での新人時代であった。大きく損失を出す与信先が続出し、混乱の中での1年目であった。その後のキャリアとしては、漠然とパートナーを目指すのかなと思っていたが、時が経つにつれ、刺激のない毎日が苦しくなってきてしまった。自分はこのまま監査法人で、マネージャ、シニアマネージャ、パートナーとなっていくのか、そもそも自分は何のために生きているのか、世の中に何を残せるのか、自分はほんとに何をやりたいのか、日々考えるようになっていった。大学生の頃に折角、努力して取得した会計士、努力したからこそ、その範疇に収まらず、さらなる挑戦をしてみたいと思うようになっていった。折しも、東日本大震災が発生し、社会が大混乱に陥った最中、さらに自分の人生を深く考えるようになり、会計業界というところを捨てて、ゼロから新しいことをしたい、その想いが日に日に強くなっていった。結果として、震災の影響で、社会問題となっている電力業界、そこにイノベーションを起こせる会社で、かつベンチャーのエナリスという会社を選んだ。

エナリスでは、会計から離れ、経営企画に配属となり、新規事業の立ち上げなどを担っていった。会計業界では味わえなかった、ゼロイチ、イチジュウの世界、またビジネスというものを初めて肌で感じ、慣れないながら、我武者羅に頑張った。営業、市場調査、サービス開発、オペレーション構築、海外事業立ち上げ、M&Aなど、監査法人では想像もできないほどの幅広い業務をさせてもらった。その中で、会社はIPOすることになり、事業拡大へと進んでいった。しかし、IPOから1年して、会社は不適切会計により、経営陣は退陣、特設注意銘柄に指定され、新規事業はストップ、自分が担当している事業も打ち切りなど、会社は守り一辺倒となり、自分も敗戦処理へ奔走することになってしまった。日々、敗戦処理に追われ、自分の将来の夢や原動力を失い、そもそも転職した理由そのものを失ってしまった。組織は壊れ、他責が蔓延し、働く意義を失ってしまった。自分は何でこんなことしているのだろう、そして、なぜ組織は壊れてしまったのか、考えるようになった。もし自分が経営者であったなら、あの時こうしていたのに、など後悔の念が毎日のように襲った。自分はまだ20代、このまま終わってしまっていいのか、もっと自分がスタートアップの時から、組織作りに携わって、従業員が活き活きと働けるそんな会社を作りたい、二度とこんなことにならないよう、この経験を生かして、ゼロからやり直したいという気持ちが強くなっていった。心身共に疲れ果てていた時、いまの会社に出会った。

会社名は、ライフスタイルデザイン。当時の自分の状況を脱する上で、会社の名前(ビジョン)にも引かれ、また、CFO候補を募集していたこともあって、参画することにした。CFOになりたいとか、そもそも自分は職種に興味はなかったが、代表のビジョンに惹かれ、そのビジョンを今までの経験を生かして、自分が達成の手助けをしよう、そう思って、入社するに至った。入社時はまだ社員は5名程度と小さい会社であった。

3今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス

現在では、組織は70人規模となっていて、事業としては、アパレル業界の課題解決を新しいUXを業界に持ち込んで、イノベーションを起こそうとしている。将来的には、アパレルでは、ユニクロやZOZOを超えるような事業、またライフスタイル領域で、世界的な事業に育てていきたいと思っている。

今やっている業務は、主に経営企画と言われる仕事や執行全般である。CFO、COO、CSO(最高戦略責任者/chief strategy officer)というポジションで今やっているが、具体的に言うと必要なお金を集めてきて、それを必要な経営資源、ヒト・モノ・情報に投資をしていき、事業をグロース(成長)していくということで、BS(バランスシート)の左と右両方やっているイメージだ。実際には、COOも兼務しているため、実行そのものやオペレーションまでを管轄している。我々みたいなスタートアップベンチャーに対してお金を貸すのではなくて、投資してくれるのをベンチャーキャピタルと呼ぶが、我々はベンチャーということで、まだ会社が安定していないので、ベンチャーキャピタルにうちの事業や信頼性を説明し、大きなお金を調達するというのが仕事である。その調達したお金を必要なものに、人に対する投資など、物、例えば店舗と広告とか、グロースさせるものに対して投資をしていく。また情報システムなど、ITに投資していくという感じだ。

魅力としては、外部の優秀な投資家さんたちと交渉とか、教えてもらえることができるので、まず自分の話としては、自分よりレベルの高い人と接することによって、自分のレベルがどんどん上がっていくのが実感できるというのがある。相手は金融のスペシャリストなので、そういったところで論理的に相手にどう伝えて、論理的にお金を調達するかどうかというのが、ビジネススキルの肝だと思う。そして、それが鍛えられている実感がある。また、やはり、経営企画の醍醐味としては、“どこの部署にも属していない”ことだと思うので、部署横断的にプロジェクトを動かしていけるところもそうだし、経営企画は意思決定に関われるというか、会社の方向性を左右しかねない。いい意味で左右することもあるし、失敗の指示もしてしまうこともあるということで、成功、失敗が直に響いてくる部署だと思うので、そういう醍醐味がある。

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