黄泰成(こうたいせい) | ページ 2 | 会計士の履歴書 | 活躍する会計士たちの仕事やキャリアを紹介

株式会社スターシア

代表取締役

黄 泰成 こう たいせい

日韓関係の発展に貢献。いつかは日韓関係そのものに影響を与えることが目標
和尚さんタイプ
和尚さんタイプ

1971年12月4日生まれ(48歳)
千葉県出身 ・ 東京都在住
慶応義塾大学経済学部 卒業

4あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性

私自身の強みは、第一に、英語でない言語(韓国語)が使えることです。たとえば、英語ベースで報告書や書類が出てくる国の場合には、社内である程度の検討を行った上で会計事務所に相談する、という手順になるであろうところ、ハングルで文書が来ることから、検討の入り口からすぐに相談が来るという特徴があるように思えます。また、このような特殊なマーケットでもあることから、競合者が少なく独自のポジションを取れているという強みもあるのではないかと考えています。
第二に、いままで様々な業務をこなしてきたことによる業務さばきの広さだと思います。会計士は大雑把に、会計系に強いか、税務系に強いか、に分かれると思います。私も韓国に駐在するまでは完全に監査等の会計サービスべったりの経歴でした。ところが、駐在時の直属の上司が国際税務に関する有名な先生だったこともあり、駐在期間中は移転価格税制を中心に国際税務を叩き込まれました。さらに、お客さんと接しているうちになぜか人事労務関連の相談を受けることも多くなり、いまでは韓国の労働法にも詳しくなってしまいました(日本の労働法は全くわかりませんが・・)。 それぞれの分野の深度は浅いかもしれませんが、どんな視点からでも相談に乗ることができるというのは、他の人にはない強みだと思っています。
第三に、経験です。韓国関連ビジネスに携わって、17年経ちました。この間、経営権紛争、横領、不正、詐欺、ビジネスそのものの失敗、許認可にかかる問題、などなど、数多くのビジネスが上手くいかない事例を目の当たりにしてきました。最初のうちは、「こんなことも起こるんだ」と対応に右往左往していましたが、さすがに最近では、新しい問い合わせの初回ミーティングで、「この会社はこういうところでつまずく危険があるな」というのが瞬時に分かるようになってきました。
上記列挙した強みが組み合わさって、私(弊社)以上に効果的かつ効率的に韓国ビジネスに関するコンサルティングができる日本の会計士はいないだろうと、自負しています。

5仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間

普段、平常心を心がけて仕事をしているせいか、心が大きく動いた瞬間というのはあまりありません。ただ、いま会計士人生を思い返してみて、印象に残っている出来事を一つあげたいと思います。
私が会計士になって1年目のことです。まだ24歳の若造だったときです。東京近郊の片田舎で店頭公開を目指している会社にアサインされました。経理部長は、おそらく60歳前後。その下の経理主任は30代前半。その下に関連会社からの見習いで25-6歳の若者がいる、という構成です。会社全体の平均年齢も高く、非常に風通しが悪いと感じる会社でした。経理部長は若造の自分をあからさまに無視しており、何か質問するたびに怒鳴り返してくるという、パワハラ満載の会社でした。
ある日、会社側は管理担当役員、経理部長、主任、若者の4名、こちら側はインチャージと自分の2名という顔ぶれで接待を受けました。接待といっても、自分にとってはこの会社は怖くて仕方がなかったので、苦痛以外の何物でもありませんでした。ひとしきり食事がひと段落ついたときです。おもむろに、インチャージが管理担当役員に、「あなたの会社は若者に夢や希望を与えられていない。若者を大事にしてこそ会社の成長があると思います」と話し始めました。さらに、クライアントの末席にいる若者に、「そう思うでしょ?」と同意を求める始末です。当然、管理担当役員は激昂し、「おたくの会社だって若者に夢を与えられていないんじゃないか?どうなんだ黄さん?夢を持って仕事してると、あなたは言えるのか!」と攻撃の矛先は自分に飛んできます。
どのような感じでその食事の席がお開きになったのか、記憶が定かではありません。ただ、帰りのタクシーの中のことは今でもはっきり覚えています。あんなパワハラだらけの会社の人たちをあえて刺激するようなことを言ったのが不思議で、インチャージに聞きました。「どういう考えをもって、お客さんに対して神経を逆撫でするようなことを言ったんですが?」それに対してインチャージ。「どういう考えって、お客さんに良くなってもらいたいと思っただけだよ」
その日を境に、会社の人たちのインチャージに対する信頼感が増したのが肌で感じられましたし、自分に対する対応もすごく良くなりました。
その出来事が、自分の会計士としての姿勢にも大きく影響を与えているのだと思います。当たり障りのないことを言って過ぎ去るのではなく、相手のためだと思えばあえて厳しいこともストレートに言うこと。それが、お客さんと信頼関係を築く秘訣なんだろうと考えています。

6公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか

深く悩んだことは、主に2回です。
1回目は、若いころ。
いったい自分は何をしたいのか、まるで分からなかったのはつらかったですね。そもそも公認会計士がどういう仕事かもわからずに試験に受かってしまい、監査の現場に出ても毎日が退屈でつまらなすぎました。そのなかで、色んな仕事の経験をさせてもらっても、熱中できそうなものはなく、いかに手を抜いて早く仕事を終わらせるかばかりを考えていた、いま思うととんでもなく仕事のできないスタッフでしたね。どのように乗り越えたかはよく分かりませんが、ソウルへの駐在で苦労しているうちに、いつの間にかそういう考えがなくなっていました。独立した他の人たちよりも、比較的長く大手の監査法人にいたのも、自分のなかに具体的な目標などがなかったからかもしれません。
2回目は、独立して3−4年目くらい。
少しずつクライアントも増えてきた時期ですが、スタッフも急激に増え、人事労務管理が崩壊しました。韓国事務所を一緒に立ち上げた韓国人会計士のパートナーは精神的に限界がきてしまい、袂を分かつことになりました。従業員からは一斉に辞表を突きつけられる等、非常に辛い時期でした。このときから、会社経営とかリーダーシップとか企業理念がどうとか、そういうことを考えるようになりました。
乗り越えたのは、相談できる素晴らしい公認会計士の先輩や友人の存在、自分を支えてくれた韓国の会計士の後輩、偶然採用できた日本会計士の若者等、様々な要因があったからですね。ちなみに、この時期、寺巡りをしたり、写経をしたり、座禅をしたり、そういうのにはまりました。笑。

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