コインチェックCFO竹ヶ原圭吾氏が語る、IPO監査からNASDAQ上場までの挑戦
コインチェック株式会社 / 竹ケ原 圭吾

コインチェックCFO竹ヶ原圭吾氏が語る、IPO監査からNASDAQ上場までの挑戦
コインチェック株式会社 / 竹ケ原 圭吾
今回、特集でご紹介するのは、コインチェック株式会社でCFOを務める竹ヶ原圭吾(たけがはらけいご)さんです。
監査法人で主にIPO監査を経験後、現職であるコインチェックに転職。システム開発部を経て、現在は常務執行役員CFOとして経営に参画されています。
本特集では、公認会計士として監査法人でのキャリアをスタートし、その後コインチェックのCFOとして、暗号資産業界の激動を経験しながら、米NASDAQ上場を果たすまでの軌跡を振り返っていただきました。
コインチェック株式会社
コインチェック株式会社は、2012年に創業された暗号資産取引所を運営する企業で、2018年よりマネックスグループの傘下に入る。日本国内の暗号資産市場において圧倒的な取引量とユーザーベースを誇り、売買・保管の両面で信頼性の高いサービスを提供している。2024年12月にはNASDAQ上場を果たし、グローバル市場での更なる成長を目指している。
キャリアサマリー
2013年 有限責任監査法人トーマツ入所。トータルサービス部所属
2018年 コインチェック株式会社入社。システム開発部を経て、現在は常務執行役員CFO
公認会計士試験合格後、2013年に入所した監査法人トーマツでの配属先は、IPO監査や保証業務、リスクアドバイザリー業務などを手掛けるトータルサービス部。ここで多くのベンチャー企業の監査を経験。入所4年目の2016年に、当時東京証券取引所への上場をめざしていたレジュプレス(後のコインチェック)の担当になったことが、この会社とのご縁の始まりである。
志願したわけではなく、上司から「ビットコインに興味あったよね」と言われて、考える間も与えられずそのまま担当になった。私自身、そんな発言をした記憶はないのだが、唯一、思い当たることがあるとしたら、学生時代、FXに1年分の生活費を突っ込み、溶かしてしまったことが原因かもしれない。
私の生家は青森で農業を営んでいる。少々変わった両親で、経営感覚を養わせるという目的で、埼玉大学に進学した私への仕送りは1年分前渡しだった。
さはさりながら、そこは高校を出て田舎から都会に出てきたばかりの18歳。1年分を手にした瞬間、無謀にも倍にしたいと考えてFXに突っ込んだ。結果は無残なもので、やはり地に足を付けた知識を得なければならないと考えた。それが公認会計士を目指した動機だったので、面接の際にその話はしている。
FXとビットコインでは随分違うが、コイツは新しいもの、チャレンジングなもの、ニッチなものが好きらしいから、クラシカルではない会社を担当させたほうがいいと上司が考えた可能性はある。
実際、トーマツ時代の担当先は、急成長の商社、インターネット広告会社、保育園、介護施設、川崎の工業団地、英会話学校、雑貨屋さんといった具合で、上司の見立て通り、どの担当先も担当していて面白かった。
中でもビットコインとブロックチェーンの可能性は突出していた。このビジネスを理解するため、コードを読んだり特有のエコシステムの勉強をしたりするうちに、産業に与える潜在的なインパクトはケタ違いなのではないかと思うようになった。
加えて、この会社は何かを作り出すスピードがとにかくずば抜けて速い。IPOを目指す多くの会社を見ていると、IPOなどせず、未公開のままのびのびやっていくほうが良いのでは、と思う会社も少なからずある。だが、この会社は絶対に、そして早く公開したほうがいいと確信した。
というのも、この会社が手掛ける事業はいずれも早晩厳しい金融規制がかかる事業である。早く上場することでレピュテーションを高め、伝統的な金融市場のプレーヤーたちからも、「勝たせるならこの会社」と認識してもらうのが勝ち筋だと思ったのだ。
まだ監査手法も会計制度も確立されていなかったので監査は手探り。そのうえ未開拓な広大な市場で会社はすさまじいスピードで成長していく。監査の難易度はS級だったが、それだけに仕事にも熱が入った。
2017年4月1日、資金決済法が改正され、暗号資産交換業も資金決済法の規制対象となった。当社は登録取得に向け、管理体制や内部統制を整備していく中で、2017年3月、社名もコインチェックに変更した。
だが、好事魔多し。2018年1月26日、暗号資産流出事件を起こしてしまう。これで上場の可能性は一瞬にして消えた。
それどころかトーマツとして、監査を続けるかどうかという問題が浮上した。金融庁から業務改善命令が出ることは間違いがない(実際、3日後の1月29日に出た)。IPOのための準金商法監査契約、そして改正資金決済法に基づく暗号資産交換業の分別管理監査契約を継続すれば、4大監査法人の一角であるトーマツ自身のレピュテーションに影響を及ぼしかねない。そのリスクは私も理解できるポジションになっていた。
仮に被害補償をし、資金決済事業者登録が取れて、なおかつ財務が安定しても、レピュテーションの回復には相当な時間がかかる。それでもこの市場は間違いなく拡大する。生き残ってさえいれば、またチャンスは来て、事件は血肉となり財産になる。トーマツは資本制度の中で、その時代ごとの先端を行く産業に寄り添ってきたはずだ。今、契約継続しないことは、監査法人としてのバリューに反していると思った。私が熱くなって、こんなふうにトーマツのトップに直談判したことが功を奏したとは思わない。だが、結果として業務は継続した。
暗号資産流出から70日後の同年4月6日、マネックスグループによる完全子会社化が決まり、創業者の和田晃一郎氏が代表を辞任。監査はマネックスグループを担当しているあずさ監査法人が担当することになり、私の手を離れた。
あずさの公認会計士への引継ぎを済ませて以降、私は他の暗号資産交換業者やクリプト関係の監査やアドバイザリー業務に就いていた。そんな折、当時当社でCFOを務めていた木村幸夫氏から誘いを受けた。木村氏もまた公認会計士で、トーマツの先輩でもあった。
私の中では、この会社の可能性に対する考えは変わっていなかったから、木村氏の誘いに悩むことなく乗った。暗号資産流出から10か月後の2018年11月、私はコインチェックにジョインした。
入社後に配属されたのはシステム開発部。決算システム領域を担当するグループのリーダーを任された。暗号資産交換業という新しい業種の会計だけに、要件定義や内部統制構築を一からやらせてもらえた。
親会社マネックスグループの当時のCEO松本大氏が、上場に再チャレンジするプロジェクトチームを発足させたのは、2019年12月。私はそこに実働部隊のトップとして呼んでもらえた。
日本市場への上場を志向した時期もあったが、最終的には米国市場への上場を目指した。考えていたことは、事業への理解と証券市場参加者の意識・風土である。日本では規制が発展途上の新規産業は、最終的なリスクテイカーとなる個人投資家を保護するという考え方の下で、上場に「待った」がかかる。逆に米国では、そういう会社こそ上場し、リスクマネーを呼び込む。その代わりに、投資家がリスクを正しく把握できるように膨大な量のリスク情報の開示を行う。リスクを知ったうえで投資するかどうかは投資家の判断に委ねられる。
米国市場のうち、業種や規模から、ターゲットはNASDAQ。方法としてはSPACとの合併による上場を選択した。
SPAC上場とは、先に事業活動を行っていない特別目的会社が投資家から資金を集めて上場し、それから自身のサイズに見合う事業会社を合併する手法だ。
SPACは上場してから基本的に2年以内に合併する事業会社を探さないと上場廃止になってしまうので、上場したくてSPACを探している事業会社と、適切なサイズの事業会社を探しているSPACとをマッチングさせる業務も証券会社の業務の1つ。
クロスボーダーかつ当時は実績がなかった日本からのSPAC上場、また暗号資産という事業の新規性もあったため、プロジェクトに参画する弁護士事務所、証券会社、会計コンサルティング会社も、業界の一流を採用した。
それでも、結果として、外部環境の変化もあり、プロジェクトを発足させてから上場までに3年半かかってしまった。
解決しなければならなかった問題は山ほどあったが、振り返ると最も厄介な問題は会計基準だった。親会社であるマネックスグループがIFRSを使っているから、当然コインチェックの会計基準もIFRS。
ところが米国籍の会社が米国で上場するにはUS-GAAPでなければならない。ただ、この規定には例外があって、外国企業が米国で上場する場合はIFRSも採用することができる。
それなら日本に事業実態があるコインチェック自身が、ストレートに外国企業として米国で上場すれば良いかというと、これはだめなのだ。日本企業が米国で上場できるのは規制の関係もあり、基本的には米国預託証券となる。米国預託証券は株式ではなく議決権を含む共益権が制限される。
コインチェックが米国に親会社を作って上場しようとすれば、会計基準をIFRSからUS-GAAPに変更しなければならないからこれもだめ。当時のUS-GAAPは暗号資産の会計処理の取り扱いが不透明だったのだ。
そこで、暗号資産の規制環境も考え、第三国であるオランダにコインチェックの親会社を設立し、この親会社をSPACが買収する形がとられた。このため、米国法だけでなくオランダ法のサポートも必要になった。
事業拠点は日本にあって、SPACが上場する市場は米国にあって、SPACと合併して上場する予定の会社はオランダにある。仕事を進めるうえで、時差とコミュニケーションの壁には苦労する場面もあった。またプロジェクト期間中、ドル円相場が1ドル120円から160円に動いたことも、頭を悩ませた。
厳しい状況の中でも、暗号資産取引所の上場には意義があることをプロジェクトチームや社内に何度も伝えた。不確実なプロジェクトこそ、なぜ行うのか、の認識は常にもっていなければならない。
3年半かかってしまったが、2024年11月12日に届出書が米国の証券監督機関で承認され、同年12月11日にNASDAQに上場することができた。
プロジェクトメンバーでその日のNASDAQのオープニングベルを鳴らした。東証の上場のような厳かな雰囲気はなく、米国らしい派手なパーティの様相だったが、セレモニー開始まで待っていたNADAQのオフィスには、歴代の上場を果たした会社、Apple、 Microsoft、AmazonやStarbucksなどのセレモニーの写真が並んでいた。彼らも辿った軌跡の一時点に立っていることを考えると身が引き締まった。
現在のコインチェックが顧客に提供している機能の柱は2つ。1つは暗号資産のトレーディング、もう一つは暗号資産の管理業務だ。コインチェックの顧客は、トレーディングした資産をどこで保管しているかというと、コインチェックに預けているのである。その残高は2025年2月現在、日本円で1兆円を超える金額に達している。
トレーディングで稼ぐ手数料がフロー型の収益とすると、保管業務はストック型の収益に紐づく。今後はフロー型・ストック型ともに収益を伸ばしていくため、内部成長に加えて、M&Aによる外部成長も狙っていく。
我々は自社の成長には米国NASDAQ上場が最適だと判断したから、過酷な審査にも耐えて上場を勝ち取った。
NASDAQに限らず米国は上場維持基準が厳しいうえ、上場維持にかかるコストは莫大で日本とは比較にならない水準だ。ゴールのつもりで上場すると、上場に要した費用はムダになる。
当社も日本の資本市場への上場とは比較にならないコストをかけた。これを取り返せるだけの収益力と成長余力があるからこそ、NASDAQ上場を選んだが、NASDAQ上場を考えている企業には、是非とも、上場しメリットがあるビジネスモデルなのかどうか、慎重に考えてほしいと思う次第だ。とはいえ、目指すことで、道が拓かれていく。大事なのは人の意志だ。