木村加奈子(きむらかなこ) | ページ 2 | 会計士の履歴書 | 活躍する会計士たちの仕事やキャリアを紹介
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日本公認会計士協会

JICPAリサーチラボ

研究員

木村 加奈子 きむら かなこ

会計士を含めたビジネスプロフェッショナルの可能性を広げ社会をより面白くしていくことがミッション
革命家タイプ
革命家タイプ

40代
東京都出身 ・ 東京都在住
東京大学 教育学部 卒業

4あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性

面白そうだとピンと来たことには躊躇せず飛び込んでみることでしょうか。置かれた環境で最大限楽しもうという適応力・チャレンジ精神・転んでもただでは起きないグリップ力もある方だと思います。自分の気持ちに素直というのも強みと言って良いのであれば…ちょっと子供っぽいですが(笑)。あとは、「ひとことで言うと○○ですよね」という全体把握力や要約力は、人から指摘されて気付いたことですが、それなりに高いと思います。
一方で、いくら信頼している人に勧められても自分で面白いと思えないと全く没入できません。「興味がないって顔に書いてあるよ」と昔、同僚に言われてはっとしたことがあります。また、単純作業に限らず、同じことを繰り返すのが苦手です。こんな私が監査を8年近く続けられたのは、使命感と根性があったからかなあと思います。
リサーチラボでの調査研究はコンサルティングに似たところがあり、EY税理士法人とエーオンヒューイットでの通算3年間の人事コンサル経験はとても役立っていると感じます。たとえば、協会内の他部署から少々漠然としたご相談が持ち込まれたりするのですが、そのもやもやの正体は何なのか・本当の課題はどこにあるのかを読み解き、ソリューションの選択肢をわかりやすく説明する際には、好奇心・粘り強さ・チャレンジ精神・要約力などの生来の性質に加え、コンサルティングの技術力が私を支えてくれていると感じます。
コンサルティング力などとカッコいいことを言っていますが、コンサルタントとしてEY税理士法人に出向したての頃はパワーポイントも作れない、プレゼンテーションもファシリテーションもほとんどやったことがないという、不安すぎる35歳過ぎの新人でした。本当にありがたいことに懐の深い同僚や上司に恵まれ、私のそれまでの経験を尊重しながらスキル不足の分野については集中的に場数を踏めるよう機会を作ってくださった結果、2年の任期中にクライアントに出せる資料が作れるようになり、プレゼンターや研修講師も務められるようになりました。当時の同僚・上司とは定期的にキャッチアップし、自分が前に進んでいるかを見直す機会をいただいています。大切な出会いと繋がりに心から感謝するとともに、私も関わる方々の強みを伸ばせる存在でありたいと思っています。

5仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間

監査法人に戻ろうと決めた瞬間の心の動きは、今でも鮮明に覚えています。
その頃、グロービスで上場企業の部課長クラス向け選抜研修のアテンドをしていました。ある日、リーダーシップ研修の講師が「あなたの使命は何ですか?」と受講者に熱く語りかける姿を見ていたところ、まるで自分に問いかけられているように感じ、使命を自問せずにはいられなくなってしまいました。「仕事に未来を感じられず逃げるように転職してしまったが、会計士として成すべきことをしたと言えるだろうか」と。また、同じ頃、研修講師をしたいと上司に申し出たところ、「講師として受講者に伝えたいことは何か?」と問われ、プログラムの内容を教える以外のことが思い浮かばない自分に気付き、もっとプロフェッショナルとして自信をつけ自分なりのメッセージを発信できるようになりたいと痛烈に感じてもいました。
もう一度会計士の王道でチャレンジし、会計士としてこれをやったと胸を張れるようになりたい。プロフェッショナルとしての使命に向き合いたい。その思いが募り、新日本の知人を頼って求人中の監査チームを紹介していただき、最初とは別の監査部門に採用していただきました。そこでは先述のとおり、日系企業の主査とグローバル業務の両方を担当し、希望どおり、会計士の王道である監査業務に邁進することができました。第一子の育休に入る直前まで目の前の監査業務に没頭しており、正直なところ、使命を自問する余裕はありませんでした。第二子育休復帰後にEY税理士法人で人事コンサルタントの仕事を始め、会計士や監査の仕事を少し離れたところから眺めるようになったときに初めて、「会計を通して人と社会を幸せにする」という使命、いえ、もっと柔らかいコンセプトのようが浮かんできました。今も模索を続けています。 
面白いことに、会計士としての業務をしていなくても、常に私の頭の片隅には会計士としてのアイデンティティが点滅し続けてきました。「会計士は規制産業である監査をしていればいいからラクだよね」とコンサルタントなど業界外の方から揶揄されると、それは違うと猛烈に反論したくなる自分がいます。この会計士へのこだわりがどこから来ているのかよくわからないのですが、これからも私の仕事観の根底にあり続け、キャリア選択の羅針盤になり続けるのは間違いないと思います。

6公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか

最初に監査法人に入社して退社するまでの4年半は、長時間労働に疲弊しきっていました。社会全体が今ほど働き方についてセンシティブでなかったですし、会計士の多くはとても責任感が強くプロ意識が高いので、自分のアサインメントを可能な限り高水準で仕上げるために時間を問わず働く傾向が強く、労働時間が長くなるのは致し方ないという空気が強かったと思います。要領が良くなかったことも相まって、私も時間制限なしでガリガリ仕事をしていました。30歳前後で体調を崩す一歩手前のような状態が続き、「これで結婚や妊娠ができるのだろうか…」と不安で仕方なかったです。当時、監査チームとクライアントとの関係が非常にシビアだった上に、経験不足から杓子定規なことを言ってしまったりしてやればやるほど煙たがれたのも、ボディーブローのように効いてきました。結局、このような経験がきっかけで組織や人のマネジメントに問題意識を持ち、グロービスに入社するという道を選びました。
また、再入社の2年後にマネージャー昇格のチャンスを迎え自分なりに張り切って仕事をしていたにも関わらず、第一子の妊娠と育休が決まり昇格の話が自然消滅してしまったときにも、かなりへこみました。育休から無事復帰したものの、他の同期と比べ成長機会に乏しく評価に結び付きにくい仕事が回ってきている感じがしており、「このままシニアスタッフとして何年も同じレベルの仕事を繰り返していくのか…」と暗澹たる気持ちに陥ったりしました。そのような不安や今後の展望などを、上司や同僚にきちんと伝え相談すれば良かったのですが、「下手にがんばります宣言してしまうと赤ん坊がいるのに長時間労働に陥り家庭運営が回らなくなるのではないか」と先読みしてしまい、十分なコミュニケーションを図らなかったのはまずかったと反省しています。自分で自分を惨めにしてしまってはいけないですね。その頃の自分を今でも反面教師にしています。
この苦い経験をバネに、第二子の育休中には自分がどうしたいかを猛烈に考え抜きました。その結果、職階を上げることへの執着を手放し、本当にやりたいことをやるという決断をしました。そして、育休中に出向先リストを入手し、EY税理士法人に人事コンサルタントのポストを見つけ、これだ!直感するや否や採用担当者に連絡し、電話で面接し、内定を取り付けました。決められたルートを飛び越していたため、監査法人の上司には大変なお叱りを受けましたが…。私にとってこの決断は「覚醒」とでも呼びたいようなドラスティックな方向転換であり、逃げというより攻めの乗り越え方ができて良かったと思っています。

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