小松義尊(こまつよしたか) | 会計士の履歴書 | 活躍する会計士たちの仕事やキャリアを紹介

スタークス株式会社

取締役CFO

小松 義尊 こまつ よしたか

AかBかといった二者択一した考えではなく、一見矛盾するようなAとBを両立させる考え方が重要
革命家タイプ
革命家タイプ

1973年10月19日生まれ(46歳)
静岡県出身 ・ 東京都在住
慶應義塾大学 商学部商学科 卒業

会計士データ
  • 年齢
    40代
    回答者全体の
    25.1%
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  • 役職
    取締役
    回答者全体の
    17.5%
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  • 企業種別
    事業会社
    回答者全体の
    42.2%
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  • 出身
    中部
    回答者全体の
    14.7%
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革命家タイプの特徴
  • 内向的
  • 臨機応変型
  • 大局タイプ
  • 個人主義
  • 伝統型
  • 外向的
  • 計画管理型
  • こだわりタイプ
  • 集団主義
  • 革新型
  • 30
  • 20
  • 10
  • 0
  • 10
  • 20
  • 30
  • このタイプの割合
    回答者全体の
  • 19.9%

自身の仕事に対して情熱を持って取り組む傾向にある。
また高いコミュニケーション能力を活かして、周囲と協力しながら物事を進めることができる。
知的好奇心も強いため、新しい考えや意見を取り入れることをいとわない。
物事を抽象化して考えるため、大局的な判断力を持つ。
ストレスを感じても過敏に反応することなく的確に対処ができるため、周囲からは誠実かつ落ち着いて見られることが多い。

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1キャリアサマリー
2001年10月
新日本監査法人入社
2006年7月
EYTAS(アーンスト・アンド・ヤング トランザクション・アドバイザリーサービス株式会社)入社
2010年7月
株式会社AGSコンサルティング入社
2018年7月
スタークス株式会社入社

私の父は税理士として静岡県沼津市で独立開業しており、父の会計事務所の上の階に家族で住み、常に父の働く背中を見て育つ環境だった。そんな父の姿に憧れ、会計士を目指すのだが、高校から大学卒業までフェンシング中心の生活を送っていた私は、大学を卒業して、ゼロから公認会計士を勉強する身になった。同級生達が大手商社、マスコミなど華やかな社会人生活を謳歌する一方、無職、無収入での公認会計士受験生活が始まった。辛い受験時代だった。
会計士二次試験合格後の2001年10月、ファーストキャリアとして当時急成長していた監査法人トーマツ(静岡事務所)と新日本監査法人(東京事務所)で悩んだ。
静岡の急成長事務所での経験も魅力的だったが、クライアント数・スタッフ数共に圧倒的な規模の東京で切磋琢磨する環境を選んだ。
最初の数年は、職業的会計人として会計・監査の基礎を叩き込む事が重要かと思い、国内監査部を希望し、希望どおりに配属された。ちなみに、最初に配属された監査チームは、人間として魅力的な方が多く、今も仲が良い。20年近く経った現在でも、年2回くらいのペースで飲み会・ゴルフ・カラオケ等で交流させていただき、家族ぐるみのお付き合いをさせていただいている。

2004年、入所してから3年が経過し、三次試験に合格したタイミングで次のキャリアを考えた。
国内監査部で集中して実務経験を積ませていただくと同時に、三次試験の勉強を通じて専門知識を習得できたと考え、次の目標を模索するようになった。

将来の独立開業を見据えて、独立系の会計事務所への転職なども検討していたが、タイミング良く監査法人内部で魅力的なプロジェクトのメンバー募集をしていたので、迷わず応募した。
監査クライアントであるメガバンクがニューヨークの証券取引所に上場を目指し、US-SOXを導入支援するプロジェクトだった。

幸いにも、プロジェクトメンバーに選考され、ハードで刺激的なプロジェクトを約1年経験した。
プロジェクト終了後は何をしようかなと考えていたら、今度は監査法人でM&A専門会社を立ち上げる話を聞き、こちらも面白そうだと思い参画させていただいた。

2005年当時、日本でもM&Aの案件数が徐々に増えてきて、各監査法人グループがM&Aのアドバイザリー業務(FAS業務)に力を入れていく方針だった。
当時は、今ほどM&A支援のノウハウがビック4以外に拡散されていなかったので、ビック4では仕事が溢れており、一定規模以下のフィーの案件は無条件にお断りをしていた。今考えてみるとバブルだった。

ちなみに、今でも鮮明に覚えているが、最初の仕事は、某PEファンドへの投資案件のデュー・ディリジェンスだった。調査報告書のレビューと請求書発行以外の業務は全て任せていただいた。2週間弱のタイトなスケジュールで現地調査から調査報告書まで仕上げて、調査報告書を納品したその日に請求書発行・売上確定した。その後1週間休暇をいただき、沖縄でスキューバーダイビングを満喫した。
ここで初めてM&Aの世界を知り、そのスピード感とダイナミズムを感じて、興奮し、仕事に没頭した。

2008年リーマン・ショックを経て、M&Aのキャリアも4年。経験もスキルも習熟してきた折、監査法人の同期でAGSコンサルティングに勤務している友人から一緒にIPOの仕事をやろうと誘われた。
実は2001年に監査法人に入所した時、ITベンチャーブームでサイバーエージェント・GMOなど同世代のITベンチャー社長が活躍している時期で、IPOに対する憧れを抱いていた。

AGSコンサルティングは当時、スタッフ数約80人。ベンチャーを含む中堅企業へ税務・M&A・再生・IPOなどの会計・税務サービスを幅広く提供していて、独立開業を視野に入れた経験を積める魅力的な職場に感じた。そして2010年7月転職。
しかし、転職した2010年当時は、まだリーマン・ショックの影響が残っており、第一希望だったIPO支援部署に配属されるも、蓋(フタ)を開けてみると、IPO支援の仕事が全くない状況だった。

当時は売上を作るために、あらゆる業務に取り組んだ。税務顧問・会社再生・内部統制構築支援・開示支援などおよそ公認会計士の守備範囲と考えられる業務をほぼ全て経験させていただいた。この数年間はどのようにしたら売上目標に到達できるかもがき苦しんだが、人間としてもビジネスパーソンとしても大きく成長できた4年間であったと感謝している。
その後IPO市場も徐々に活気を取り戻し、IPO業務の受注も増え始め、なんとかIPO支援業務中心に売上を作れるようになった。AGSに入社して4年の歳月が経過していた。
IPO以外にも様々な業務を経験させていただいたからこそ、自分はIPO支援業務が天職だと心から思えた。
「成長著しい顧客に対し良い仕事をして報酬を頂き、顧客にも感謝される」。これ以上嬉しい事はない。自分はこのIPO支援を人生の軸にしていきたいと強く思った。

そして2018年7月〜の現在は、会社の内部から当事者として組織を成長させるために、ベンチャー企業のCFOとしてのキャリアを歩んでいるところだ。なぜ、コンサルからベンチャーCFOに転職したのかは後述する。

2監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ

ファーストキャリアの監査法人時代から現職に至るまで、3回の転職を経験して現在4社目である。キャリア選択のきっかけは<キャリアサマリー>をご参照いただければと思うが、過去3社でどのような経験をしたのか列挙する。

①新日本監査法人時代<2001年~2005年(5年間)>
・国内監査部スタッフ・インチャージ(製造業・建設業・国内卸売業)
・メガバンクUS-SOX導入支援

②EYTAS(アーンスト・アンド・ヤング トランザクション・アドバイザリー・サービス)時代<2006年~2009年(4年間)>
・財務デュー・ディリジェンス
・バリエーション(株価算定業務)
・不正調査業務
・組織再編スキーム構築

③AGSコンサルティング時代<2010年~2018年(8年間)>
・税務顧問
・M&Aアドバイザリー
・事業再生
・開示支援(有価証券報告書・決算短信作成支援)
・IPO支援(資本政策・組織体制構築支援も含む)
・経営コンサルティング

3今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス

2018年7月からスタークスにジョインし、現在CFOの役割を担っている。
スタークスはリアル×ITで「社会課題の解決」に挑むベンチャーで、現状2つの事業を運営している。
1つは物流システムを開発運営する事業。もう1つはLINEを使った顧客対応システムを開発運営する事業。
CFOといっても成長途上のベンチャーかつ複数事業を運営しているので、守備範囲は広い。
資金調達、金融機関対応、監査法人・証券会社対応、法務、採用・育成、組織づくり等々。
自分の守備範囲を自分で線引しないつもりでやっている。
経営チームの他のメンバーが担当しない業務は全て引き受ける覚悟を持っている。
今は、スタークスを成長させて、社会への影響力を強める事を自己のミッションとして日々働いている。

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