会計士の履歴書
山本 健太郎

株式会社SoVa

代表取締役CEO

山本 健太郎

やまもと けんたろう

-想像から創造へ-誰もやらないことにこそチャンスがある。設立時からベンチャーにジョインした若きCFO

1994年1月11日生まれ(32歳) 東京都出身 東京都在住

慶應義塾大学 商学部商学科 卒業 2014年合格

山本 健太郎

01

キャリアサマリー

2014

大学3年時に公認会計士試験合格。大手資格学校 公認会計士講座 財務会計論講師となる。

2015

全会連を設立,会計ビギナー交流会,アカリクなど数百人規模のイベントを展開。

2016

日本公認会計士協会準会員会 代表幹事に就任

2017

株式会社アオイエ 入社
太陽有限責任監査法人 非常勤スタッフ 入社

2018

株式会社アオイエ取締役CFO就任
全会連を一般社団法人化 代表理事に就任,ユメオト事業を開始

2019

株式会社アオイエ 退職
株式会社SoVa設立 代表取締役CEO就任

02

監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ

監査法人については,合格から2年後に太陽監査法人へ非常勤で入社した。通常より入社が遅くなった理由としては,合格当時の自分には「監査法人に行って何をしたいか?何を学びたいか?」ということが明確に見えていなかったからだ。講師の業務があったため,監査法人が非常勤勤務になることは決まっていたが,単に実務要件を満たすためという理由だけでは得られるものが乏しいと考え,監査から何を学びたいかということへの答えが見つかってから監査法人に行くことに決めていた。

その答えが見つかったのが,2016年よりボランティア半分で始めたスタートアップのアドバイザリー業務だった。クライアントからは会計や税務のことはもちろん,労務,法務,人事,行政関連の書類作成など幅広いことを相談,依頼されることとなり,当時、試験に合格して講師の仕事しかしていなかった自分にとっては,そのすべてが未知のものであった。暗中模索で進む中,ある日“上場企業などの大企業はどういった形で,それらのことを進めているのだろう”“自分が悩み,迷いながら進めている仕事の1つの正解が知りたい”と思い,監査法人に勤務することを決意した。

監査法人選びの際は,なるべく全体が見られるような企業規模の小さいクライアントを多く抱えている法人を選んだ。監査法人で得られる経験は,やはり私にとって非常に意義のあるものだった。会社が作成している帳簿や内部統制資料など,そのすべてが自分の勉強教材であり,監査時間中はなるべく多くの資料に目を通して知識を吸収した。そしてこの監査で得られた知識・経験も活かしながら現在は,スタートアップ支援を行っている。

山本 健太郎さん

03

今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス

私の尊敬する方に中国のジャック・マーという経営者がいる。彼がある講演で言った「If there is something everybody believe or everybody love, forget it! That is not your opportunity.」という言葉は,私がキャリアを考える上で大きな影響を与えている。私は大学3年で公認会計士試験に合格した時,ほとんどの同期が監査法人に就職する中,資格学校の講師というファーストキャリアを選んだ。当時は,「なぜ試験に受かったのに実務につかず,予備校にいるんだ」と散々周りから言われた。そういった,いわゆる会計士の本筋から外れた自分にとって,“他の会計士が思いつかないことを考え,誰もやっていないことやる”ということが軸となっていった。

よく言われる「監査を通して様々な会社を見て,色々なビジネスを知れる」という会計士の強みを私は得ていない。その時点で実務家としては,他の監査法人組の会計士よりはハンデがある。なので,他の人が誰もやってない方法で,やったことのない分野で勝負をしかけていくしかなかった。

私はその後ベンチャーCFO→起業というキャリアを歩んだが,ベンチャーCFOという仕事も他の会計士がやっていないことを考え抜いて選んだ結果であった。会計士でCFOと言うと,多いのは経験を積んだベテラン会計士が上場前後ぐらいの会社に行くパターンか大きめのベンチャーに経理責任者として行くパターンが多い。そこで,私は“設立のタイミングからCFOとしてジョインし,会社と共に成長しスキルを磨き,最終的には上場まで持って行く会計士”というポジションは面白いのではないかと考えた。しかしそう思って実際入ってみると,会計士らしい仕事はほとんどなかった。設立初期の会社にとって,会計や財務関連の仕事なんて数えるほどしかない。すぐに,税務,労務,法務,行政向けの書類作成など“難しそうな仕事”全部を受け持つことになった。さらにその後は,他の取締役とともに事業戦略の策定も行っていた。

初めは慣れない仕事内容に戸惑いも多かったが,本で勉強したり,詳しい人に聞いたりしながら,最初は自分にはできないかな・・・と思っていた仕事ができた時の喜びと感動は大きかった。

今までのキャリアを振り返ってみて1つ思うのは,常に“半年前の自分が想像もしていなかったことを今している”ということだ。これに気がついてからは,本当に毎日がワクワクするし,朝起きるのが楽しみで夜寝ることができている。

04

あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性

強みというのが自分で分かっておらず,あまり考えたこともないのだが,私はいわゆる0から1を創るのが好きで,「前例がない」と聞くとテンションが上がるタイプである。そして,周りの多くの人が反対したり,やめておいた方がいいと言ってきたことで,自分と自分の信頼する仲間が良いと信じられるものを見つけた時は,必ず行動に移している。“前例がない”というのは,過去に成し得た人がいないということに過ぎず自分が行った時に成功しない理由になるものではない。しかも,こういう原因があるから失敗するよ,という失敗原因があらかじめ示されているものなので,むしろあらかじめリスクが明示されている分,そのリスクや問題を解決すれば良く,何がリスクかも分かっていない場合より案外乗り越えるハードルは低かったりするのだ。

難しいのはむしろ,多くの皆が賛成しやろうとしていることだ。そういった分野こそライバルは多いし,経験値に勝る先輩方に勝つのは難しい。そういった考え方だから,当時としては珍しく,学生時代から資格学校の講師をしていたし,実務もやってない準会員の身でCFOにもなったし,一般社団法人の設立などもしたのかもしれない。私にとっては,監査法人に行って何百人といる同期と競争しながら毎日を過ごすより,誰もいないフィールドで1人走っていることの方が気が楽だし,やる気も出たのだ。

こういった考え方は今風に言えば,楽観力というものなのかもしれない。あまり未来のことや,自分の能力の限界などは考えず,「なんとかなるでしょ,失敗しても死ぬ訳じゃないし」と思って生きている。

そして,自分の中でもう1つ大切にしている心のバランスとして「70%の自信と30%の不安」というものがある。この言葉は私の尊敬する方が言っていた言葉で,意味としては,70%ある自信が新しいことへチャレンジする際にそれを進める勇気をくれ,100%の自信を持つことを妨げる原因となっている30%の不安が自分にそれを取り除かせようとさせそのことが努力へと繋がる,というものである。私は常にこのバランスを意識し,自らの中で自信と不安をコントロールさせている。もしかするとこのコントロールが私の1つの強みなのかもしれない。

山本 健太郎さん

05

仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間

私が最も心が動いた瞬間は,大学4年時に『全会連』を設立した時であった。この団体の設立趣旨は,“会計士受験生のドロップアウトを防ぐ”というものであった。当時,大学生で公認会計士を目指し資格学校等に入学する学生のうち約半数以上は短答式試験を受けることなく,途中で勉強を辞めてしまっていた。その主な理由は,一緒に目標に向かって勉強する仲間やライバルがいなかったり,学習相談ができる人が少なかったりすることであった。こういった孤独を理由に公認会計士を諦めてしまう人を減らそうと,受験生のネットワーク団体として全会連の設立を決意した。

しかしながら,自分の所属大学以外の大学に受験生の友人などいなかったため,補修所や友達の紹介で他大学の学生合格者に会ってビジョンを語り,一人一人お願いをして全会連の運営メンバーになってもらった。こうして14人の運営メンバーを集めて,最初の受験生イベントを開催することにした。しかし,この最初のイベント開催についても苦難の連続だった。受験生集客100名を目標にしたものの,人はいっこうに集まる気配はない。その1つの原因は参加費の高さだった。はじめ受験生の参加費は3,000円としていたが,それはアルバイトもせず勉強に打ち込んでいる受験生にとっては大きな負担となっていた。そこで参加費を500円まで下げ,知っている受験生一人一人に個別でメッセージを送った。

その結果,イベントには目標通り100名の参加者が集まったが,自分の元には参加費を下げたしわ寄せで100万円近い損失が残った。当時は自分も学生だったため,この損失の存在は大きく,途方に暮れていたら,ある大手法人の理事長が話を聞いてくれると連絡をくれた。「5分だけ時間をあげるから,君のやりたいことをプレゼンしなさい」と言われ,とても大きな応接室で必死に全会連のビジョンや将来を語った。当時のことは,緊張しすぎて今ではほとんど覚えていないが,後から同席したパートナーに聞くと,私は「今回のイベントで100万円の損失が出て,今それは自分が負担している。このままでは,継続してイベントを行うことはできない」と若干21歳の身で大手法人の理事長に「お金ください」プレッシャーをかけていたらしい。予定の時刻を大幅に過ぎ30分ほど話し議論したのち,理事長は「この子の損失を4法人で負担してあげなさい」とおっしゃり,立ち去った。その後すぐに100万円が振り込まれ,全会連は大手4法人の全面協力をいただけることになった。

理事長のあの一言がなければ今の全会連も今の自分もない。あの瞬間は心が震えたし,頑張っていればきっと誰かが見ていてくれるから,“自分を信じて頑張ろう”と心に決めた瞬間だった。

06

公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか

私が今までのキャリアで深く悩んだことは,やはりスタートアップのCFOだと思う。通常,会計士が行うCFO業務と言えば,資金調達や管理体制の構築・強化,上場準備,経理統括,予実管理,資金管理などといったものが思いつくかもしれないが,私が行った業務はそのどれでもなかった。創業期というのはお金もないが人もいない。なので,バックオフィス系の業務は一番分かってそうな“雰囲気”を持っている私のところに全てまわってきた。

経理,税務系の業務なら多少は分かるが,法務や契約書チェック,労務系のこととなってくると,もはやさっぱり分からなかった。ただ,なんとなく「分かりません!」と流して返すのも嫌なので,「考えます!」と持ち帰って,どうしようかとウンウン唸る日々が続いた。今までの受験勉強や資格学校の講師業の中で,「知らないからできない」「分からなかったら,人に聞いて教えてもらう」ということが当たり前となっていた自分にとって,これはなかなか大変だった。もちろん最終的には誰かに聞かなければいけないのだが,質問するためにもそれなりの事前調べが必要だし,誰が答えを知っているかも分からないし,最悪の場合答えがなかったり,複数あってどれが正解なのか分からない・・・ということさえある。

この点については,今なお“乗り越えた”という感覚はない。1つ問題を解決しても,すぐに次の課題やチャレンジは発生してくるし,分からないことはまだまだたくさんあるし,乗り越えたなんて感覚は当面持てそうもない。入社初期と同様,今だってウンウン唸って考えていることは多いが,もはやそのことには“慣れた”という意味では,ある種乗り越えたのかもしれない。

07

人生の目的と公認会計士という資格

私はしばしば,自分が会計士としてどのように生きたいかということについて考えることがある。これは,公認会計士として何をするか,どんな仕事をするかということではなく,どう生きたいか,という生き方の選択である。この生き方という視点で考えた時,私が大切にしたいのは、「自分がいる世界といない世界を比べた時に、いる世界の方が幸せな人の数が多く、その度合いが深いこと」ということである。人生の目的などまだ分からないし,何をしたいかも明確には決まっていない。ただ,この自分の中での価値観については,なかなか変わることはないだろうし,それに従ってこれからも生きていきたいと思う。

よく言われることだが,私にとって公認会計士という資格はチャレンジして失敗したときに最後に自分を救ってくれるセーフティーネットだと思っている。今までもそしてこれからも,色々と新しいことにチャレンジしていくと思うが,それができるのは,自分に公認会計士という後ろ盾があるからだと思う。そしてこの後ろ盾となってくれているこの資格に心の底から感謝しているし,これからも公認会計士業界のために色々と行っていきたいと思っている。

山本 健太郎さん

08

これから成し遂げたい事、将来の夢

これから成し遂げたいことや夢に関しては,今はあまりに多く絞ることができない。教育分野であれば,日本一分かりやすく,楽しく会計を教えられる存在になりたいというのがあるし,スタートアップ分野であれば,経営者の良き参謀としてバックオフィスはもちろんのこと,経営戦略や事業戦略を共に考えられる存在になりたいというのもあるし,小さい頃からの夢であるように,海外で活躍したいというのもある。今は,自分の中にある夢を一つずつ達成していったら,何回人生を送らないといけないんだろう・・・という状態であり,現時点では,1つの大きな目標は置いていない。その代わり,前述のように教育やスタートアップといった形で分野毎のテーマは持っていて,そのテーマを基に意思決定などは行うようにしている。そして,また時間軸という面でも,毎年年初にその年のテーマは決めている。この分野別とその年ごとのテーマを複合させながら,私は将来の道筋を決めている。

山本 健太郎さん

09

キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス

監査業務すらろくにやっていない私のような若造が,上から目線に他の会計士の方々にアドバイスできるようなことはほとんどないのだが,1つ言えるとしたら「なぜ会計士になったのか」という問に立ち返ってみて欲しいということだ。会計士になるには,短答式と論文式という非常に難しい試験を突破せねばならず,ほとんどの人は何年も予備校に通い,努力をしたのだと思う。きっと,その時には,「会計士になったらこれをしよう!」という熱い想いがあったのではないだろうか。

私が会計士になった理由は,会計士になればある程度の年収は担保されるし,私の合格当時は売り手市場だったため,いざとなれば働き口はあるんだから好き勝手チャレンジできると思ったからだった。私は21歳の時に論文式試験に合格したが,当時の合格者平均年齢は26歳だった。それを知り,とりあえずは26歳まで思うようにチャレンジしよう!後先や損得,限界なんてことは考えず,好きなようにやろう!そして,もし26歳になった時に何もできておらず何も残らなかったら,頭を下げて監査法人にいこう,それでも平均年齢なのだからと考えていた。これからどうなるか全く分からないが,とりあえずあと2年は夢中で走って行こうと思う。

あと,1つ思うのは会計士の方々は「頭が良すぎる」ということだ。自分が実務としてCFOをやってみたい!と思って,そのことを周りの会計士の方々に話したとき,多くの方は「CFOなんて経験豊富な人にしか務まらない」と言われた。しかし,私は自分が本当にCFOをやりたいんだったら,とりあえずやってみればいいと思う。いくら事前勉強と称して,本を読んだり,事業会社のスタッフとして経験を積んだりしたって,それは実際にCFOをしている人が得られる経験にはとうに及ばない。スキルなんていうのは,その気になれば,本やネットからもたくさん得られるし,本当に分からなかったら詳しそうな人に聞けばいい。自分がやりたい!挑戦したい!というものがあるなら,「そのための準備・・・」なんて頭の良いことはせず,とりあえず飛び込んでみるがいいと思う。

時間は有限なのだから,周りの人が言う言葉に流されている暇はない。自分の信じる道を突き進んで欲しい。