2監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
監査法人の選択は正直言って深く考えなかった。当時あった会計士2次試験の最中に祖父が亡くなったこともあり、就職活動の初動が遅くなった。幸いにも地元で縁あってあずさ監査法人の大阪事務所に入社することができた。
これは後から知ったことだが、東京よりはるかに小回りの利く組織だったようだ。4年強の在籍中に監査、財務デューデリジェンス、IPO支援を幅広く経験することができた。また業種も、製造業、商社、百貨店、小売り、ホテル、金融機関、建設業、サービス業に海運会社と、手広く関与させてもらった。
自分は一つのことだけを究めるというより、色々な経験を積むことが向いていたと思う。何をやっても楽しめるし面白かった。その中でも監査はすごく得意で、前期に見つけられなかった誤謬を見つけては、監査ってこんなに面白いのかと思った。税効果の税率差異分析資料だったり、連結の一式だったり、連結のキャッシュフローのワークシートだったり、それまで会社になかった仕組みを自分でゼロから作るのも得意だった。監査差異を修正してもらいながら決算がどんどん正確になっていくのは気持ちが良かった。
デューデリジェンスでは、我々の算定する数字と会社の運命が直結している。会社の売却価額や、銀行が支援を続けるかが、はじき出される数字で決まる。数字を出す人がすごく偉いような感じになる。自分はまだ22、23歳だったが、数字を出したときに、「なるほど、すごい」と会社の人に言われるのが嬉しかった。監査法人の仕事はどれもこれも楽しめていたと思う。
ところがある日、クライアントの経理処理を巡り、上司と意見が対立した。その処理は私個人としては監査人としてこだわるべきポイントだった。恐らくプロフェッショナルであることを大切にしていたのだと思う。多少の間違いは許せても、いざ何かあったときにまで妥協するのは当時の私は許せなかった。今から振り返ると相当生意気だったとは思うが。これが26歳のときの出来事で、キャリアを考えるきっかけになった。
当時は短絡的に、資格に頼るとプロフェッショナルとしてこれ以上成長できないと考えたのだと思う。“思う”というのはそこまで当時言語化はできてなかったが、今振り返ってみると資格に頼りたくないと考えたのだろう。
そこで再び短絡的に思いついたのがコンサルタントだった。コンサルティング会社の面接を幾つか受けていく中で、とあるコンサルティング会社2社から「うちに来てほしい。でもうちに来ないならBCGさん(ボストン・コンサルティング・グループのこと、以下BCG)に行きなよと」と言われた。もともとBCGのことは知っていたのだが、同業者にも認められるのだったらそこはすごいなと思った。それで、たまたまBCGの関西説明会が大阪であると知り、採用面接を受けると内定がもらえた。今もこの時内定をもらえたのは不思議でならないが、猪突猛進にプロフェッショナルになりたい、という想いが評価されたのかもしれない。
これは余談だが、BCGの説明会を受けにいくとき、ちょうど当時のクライアントの監査役さんとビルの前で会った。土曜日だったので「こんなところでスーツ着て何をしているの?」と言われて、「実は今日も仕事なのですよ」と返答。緊張していたが、あれで我に返れたような気がするし、隠れた恩人だと今も思っている。
BCGでは8年弱お世話になった。それは壮絶な職場だった。プロフェッショナルを追求したい、とカッコいいことを言いながら何度心が折れかけたことか分からない。とにかく周囲の思考速度が早い。そして必要なことだけ口に出す。そのため、最初は全く会話もできない有様だった。
また、監査人がコンサルタントに変貌するための落とし穴はほぼ全て踏んだと思う。答えがあるはずという前提で闇雲にタスクにとりかかる、単視眼的にしか物事を見ない(コンサルティング用語で「立体的に」考えられない)、現地現場で現物や状況を自分で見て事実把握しない、など。
転職した時に前職の経験が役に立つか?という質問を若手の会計士さんから受けるが、シンプルに言うと数年程度の経験を役立たせたいなら現職に留まるのが最良だと考えている。転職というのはゼロからのチャレンジだと考えられる人が成功するというのが私の経験だ。
3今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
freee株式会社でパートナーカンパニーCEOを担っている。カンパニーなので、マーケティング、セールス、サポート、エンジニアもいるし、企画部門もあって、一つの会社組織のようになっている。それぞれの部門のマネージャーがいて、私はそういう人たちと一緒に事業を経営している。事業経営の中で最も重要で苦労するのがピープルマネジメントだ。特に監査法人やコンサルティング出身だと周囲は皆会計士やコンサルタントで、思考パターンが似通っているケースが多い。事業経営をしていると全く言語や業務内容の異なる多様な職種に向き合わなければならない。
freeeにはCFOとして入社し、最初の仕事が資金調達だった。コンサルティング会社時代はもちろん、監査法人でも監査ばかりしており、資金調達の経験がなくて何をしていいのか分からなかった。会社自体は何回か資金調達をしてきた実績があったが、自分としては、周囲の期待がある中で入社しているので、何をして良いのか分からない状況は相当プレッシャーで、元来鈍感ではあるが辛かった。それで代表の佐々木に「資金調達を経験したことがある人の話を聞かせてほしい」と相談して、メルカリ、スマートニュース、ラクスルなど大型資金調達をしているメガベンチャーを紹介してもらった。皆さん親切なので、教えてくださいと言うと、「いいですよ、いつ来ますか」とご快諾いただいた。資金調達や財務のノウハウを教えていただけたおかげで、33億円というラウンドを成功させることができた。
CFOからパートナー事業の責任者になったのは、コンサルティング会社出身であると同時に、CFOとしてある程度成果を出したからだとは思う。佐々木も安心して、「では次にこれをやってみて」と言えたのだろう。
これについて「CFOとしてキャリア積んだほうがいいのでは?」「もったいない」と言われることもあった。元来、どんな仕事でも楽しめると思っているし、縁がある仕事は何でもやってみる、というスタンスでいる。結果として良かったのかどうか、それはまだ分からないが。