4あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
行政で働いた経験は行政でしか活かせないのでは?と当初考えていたが、実は民間での仕事にも活かせるのだと日々実感。これも活躍分野が幅広い公認会計士という資格だからこそ。
・複数の価値観で物事を捉える力。
入庁当初、地方自治体を監査するために、まずは地方自治体のことを理解するぞと臨んだが、実際には、全く別の国に来てしまったようなカルチャーショックの連続であった。行政の専門用語は日本語であるにも関わらずよくわからないし、例えば“予算”という言葉も民間企業と行政とではその意味が異なる。なかなか慣れずにいたが、ある時、カルチャーショックと思う自分が間違っていたと気づいた。そもそも、行政と民間企業では存在目的が違う、ルールが違う、顧客が違う、文化が違う……。なのに、民間企業しか知らなかった私は、民間だったらこういうものだ、というフィルターが頭のどこかに残ったままで自治体やその事業を捉えようとしていたのだ。
そこで、地方自治体のルールや文化をゼロから学ぶことにした。馴染むのに2年位かかったのではないか。しかしおかげで、仕事では常に様々な角度から物事を捉え、検証する行為が身についた。さらに、監査においても事業の理解度が進み、担当者(=公務員)との意思疎通がスムーズになった。今は民間人に戻ったが、時々行政の仕事をしてその感覚を忘れないようにしている。
・コンプライアンス、危機管理に対して、24時間意識する経験の重み。
入庁初日に、上司から「これからは24時間365日公務員であることを忘れずに過ごすこと」との指示を受けた。民間時代には職業柄インサイダー取引等には注意を払っていたが、日常生活も含めコンプライアンスに細部に渡り気を配る生活はなかなか大変だった。
また、震度5強以上の地震が発生したら区役所へ出動する役割(直近参集)に任命されたり、災害対策本部訓練として無線機器で災害発生情報を収集したり、サイバーテロやミサイル対策なども含め多分野にわたる訓練に参加して、危機管理の多様さにも気づかされた。
今はコンプライアンスや危機管理がますます重視される時代となり、「コンプライアンスとは?」「危機管理とは?」を複数の観点からごく自然に考えられるようになったのは、私の場合は公務員経験のおかげと思っている。
・毎回、多種多様かつ複雑な事業を業務監査することで醸成してきたストレス耐性
私の場合、地方自治体では毎回異なる事業を対象に業務監査していた。例えば、道路行政、生活保護、保育料、介護保険、学校事務、地方債、研修センター、地方住民税、港湾埋立事業、その他。いずれも根拠法が違う。それだけ自治体の事業範囲が広いということでもある。これだけ様々な業務監査をしていると、自分が従事したことがない事業であっても不安を感じない耐性が身についた。さらに、業務監査であぶり出された問題点は、事実確認と改善策について文章化し、監査対象部署と同意に至るまで意見交換する手順となっている。実務ではこの段階が最もハードな局面で、粘り強い交渉と客観的な思考という真逆の行為を行きつ戻りつ繰り返すのだが、会計監査よりも複雑なところが面白くもあり、この経験も仕事に役立っている。
5仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
独立開業の前から将来のための種まき。必要な人には、出会うのに良いタイミングで会えるようになっている。
・監査法人退職で得たのは“時間”
担当事業によって残業時間に差があるのが地方自治体の特徴の一つ。私の所属する監査部は繁忙期以外は定時で退庁できた。そこで監査法人時代にはできなかった仕事以外の活動を始めた。社会人大学院、協会活動、地域のイベント参加。どれも将来のための種まきと思っていたら、独立した今、少しずつ芽が出ている。例えば、社会人大学院でのカンファレンス企画運営委員の経験が女性会計士委員会委員長就任に役立ち、女性会計士委員会での活動実績を知って応援してくださる方々が増え、地域のイベントに何度も出かけて友人ができ仕事を依頼され、その仕事を社会人大学院の同期が手伝ってくれて、などなど……。
特に、女性会計士委員会ではイベント企画運営を自ら担当しているので、自分ではお会いできないような著名な専門家、企業経営者ともご一緒できた。野田聖子大臣と意見交換会でお話できたのも、最初のきっかけは女性会計士委員会。ご縁をいただいた方々から、今後のためのエネルギーをいただいた。
後から考えれば、監査法人を退職して得たのは、“時間”だった。その使い方次第で、将来花開くものがあるとつくづく思う。今も、将来花が咲くのをワクワクしながら、次の種をまいている。
6公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
監査対象部署との間の情報格差は変えられない。情報が少ない不利な立場で、相手側の問題点をあぶり出す難しさ。
・組織をよくするための業務監査。監査対象部署は“敵”ではない。自分が真摯に行動すれば協力者は現れる。
監査委員監査で業務監査に従事していた時、私の担当は毎回異なる部署、異なる事業だった。そのため、毎回初度監査状態で、監査対象となる事業をゼロベースで勉強するのが基本スタンスだった。
これは別の見方をすれば「監査する側の方が監査対象事業をよく知らない。監査される側の方がよく知っている」ということ。監査委員は首長と対等な存在とされているので、どの部署も丁寧に対応してくださる。とはいえ、明らかに、監査メンバーの方が情報少なく不利な立場にありながら、監査対象部署の重要な問題点を監査委員に説明できるようにし、改善策も含め内容を詰めて合意に至る業務は、毎回骨が折れる仕事である。ではそれをどのように克服できたのか。
①まず自治体の仕組みやルールを理解し、共通言語で会話できるようになる:監査と同じ組織の一員であることを認めてもらう。
②「民間では……」を言わない:自治体は利害関係者もルールも民間と異なるため、民間のルールを(そのまま)導入すれば良いと発言しても多くはイシューずれとなり「それは自治体では役立たないです」で議論が終わってしまう。
③法令やマニュアルは覚える。覚えられない場合は○○まで理解していると前向き態度を伝えて素直に教えを乞う:まずは自分で調べ覚える。そして、相手の方がよく知っていることを認めて、教えていただくの姿勢で臨む。お互い様の精神が通じることは、私にはよくあった。
④わからないことはとことん丁寧に確認して、認識相違を残さない:認識相違を残したまま先へ進め、後から揉めると信用を落とし、あとあと協力が得られなくなる。
⑤「あなたが所属する組織を良くしたい」と本気で考え、そのことを何度も丁寧に伝える:個人的な動機で監査していないことを態度で示す。監査する目的がブレると、監査対象部署にすぐ伝わるもの。
事業を正確に捉えるために努力を重ね、丁寧にじっくり監査対象部署と向き合い、こちらの理解を伝え先方の説明とすり合わせを重ねていると、組織を良くするために監査を行っている真意を理解してもらえるときがある。もしそのときがやってきたら、そこからその人は組織をよくするために行動する人になってくれる。これは、なあなあの関係になるのとは違う。両者で協力のもと、双方が納得する結論に至り、無事監査が終了した時には、良い組織作りを目指す協力者を得られた気持ちになる。
何度かその気持ちが生まれて思うのは、テクニックだけでは人を納得させられないということ。結局監査という仕事を通して私という“人”を問われていた気がする。それだけ奥が深いのが監査という仕事だと思う。(もちろん、中には徹底して非協力的な部署も存在したし、その場合には別の対応で臨んでいる。)