塩幡勝典(しおはたかつのり) | ページ 2 | 会計士の履歴書 | 活躍する会計士たちの仕事やキャリアを紹介

塩幡公認会計士事務所

代表

塩幡 勝典 しおはた かつのり

会計税務を主体として本流を突き進む昔ながらの会計士!
リーダータイプ
リーダータイプ

1980年3月21日生まれ(40歳)
茨城県出身 ・ 東京都在住
慶應義塾大学 経済学部 卒業

4あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性

会計士や税理士という専門職のスキルの中で考えると、独自の強みというのは残念ながら無い。会計士として考えれば、高度な評価業務ができるわけではない。税理士として考えても、高度な連結納税、組織再編税制、資産税等が得意なわけでもない。

しかしあえて言うとすれば、世の中にたくさん業務がある、会計監査と税務ができるというオールラウンダーとしての強みを感じている。監査法人から即独立すると、実務としての税務業務の一連の手続の理解や慣れには時間がかかる。中小企業の税務をやる場合、自分の手を動かすことが多く、監査という出来上がったものを見るのとは全くの別世界である。そんなに多くの期間でなかったが、一から積み上げる税務を税理士法人で経験したことで、監査のみの会計士とちょっとだけ色が変わったように思う。税理士登録をしておらず評価業務を中心に独立している友人から、対象会社の税務顧問や申告業務を紹介して頂くこともある。友人の弁護士からも、顧問会社の税務顧問のお話も頂くこともある。

また、最初に勤務した監査法人では、会社のみでなく非営利分野の監査も経験したことから、どんな分野でも臆せず対応できる。税理士の方から「非営利分野の監査ができる会計士が知り合いにいないので」と言われて紹介を頂いたり、会計士の方からも、「経験したことがない分野なので、一緒にやらないか」とお誘いを受けることもある。

簡単に言えば、個人で引き受けることが可能な会計税務に関する仕事は、「一緒にやろう」と言われたときすべて「Yes」と言えることが強みである。独立してからそこまで期間が経ったわけではないが、スケジュールが原因でない限り、紹介やお誘いを「No」と言ったことは一度もない。「No」となる理由がないのである。よく、これからの会計事務所は特化型でないと生き残れないなど、特異性を強調する話を聞くが、現段階ではまだそこのステージに至っておらず、究極のオールラウンダーとして強みを発揮しているように思う。私の本当の強みはどういった分野か、特化すべきかどうかというのは今後の課題である。

5仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間

繰り返しになるが、私の仕事は地味である。会社の上場に関わっているとか、M&Aをしているなどの派手な話は今のところない。なので、何か大きなディールを達成したということはないが、日々心は動かされている。

独立してしみじみ思ったことがひとつあって、一人で独立したつもりでも、本当にたくさんの人に助けられて、生かされているということだ。「独立して自分で稼ぐ」なんてかっこいいことを言っていたが、いざ始まってみると仕事を紹介してもらうのも、難しい仕事に向き合ったときに相談することも、一人ではできない。今は感謝の気持ちを忘れないように仕事をするよう心掛けている。

監査法人時代に監査先で懇意にしていた経理課長がいて、私が独立してからしばらくして突然電話をくれた。「会社の社員の親が亡くなって、相続税を申告する必要があるので、誰かいい税理士さん紹介してもらえないかと相談がきた。独立したら仕事を直接お願いしようとずっと思っていた。塩幡さん相続税やってるの?」とのことだった。もちろん「Yes」である。一般的な相続税の申告なのだが、当時の仕事への取組みを非常に評価していてくれたようで電話をいただけた。亡くなった直後に相続税の申告というのは相続人にとっては非常に気が重たい話で、他人が葬式直後に土足で自宅に上がり込むのもなかなか大変なことである。相続人の方は悲壮感漂うなかであったが、何度か顔を合わせるうちに、お互いの空気感のようなものを感じとることができ、滞りなく申告は終了した。申告書を持参した最終日にお礼の品とお手紙を頂いたのだが、ご主人を亡くした悲しみの中、誠実に対応してくれたことへの感謝の文であった。立ち居振る舞いを含めて自分の仕事をダイレクトに評価してもらった瞬間であり、私も感激したのをはっきりと覚えている。

6公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか

私は会計士試験をスタートさせたのが遅く、また合格するまでにやや時間がかかったことから、同世代の人たちに比べて、会計士としてのスタートが遅かった。会計士試験の受験を決めたのは、よくある話かもしれないが、就職活動中に某会社に内定を頂いた際だ。その会社はコンサル会社で監査法人出身の会計士も多く、語学堪能な方など特色ある人材が豊富だったが、当時新卒でかつ無資格の私には個性がなかった。そういった中で強みが欲しく会計士を目指したわけだが、模試の成績が良くても不合格が続き、大量合格も重なり一緒に勉強をしていた仲間はみんな合格していった。遂に受験を続けたのは一人になり、精神的にきつい数年間があった。会計士として活躍する同世代や、大企業で働く友人達が輝いてみえた。なんとか試験に合格しても、「なんでこんなに時間がかかったのか?」といった見方が多く、「苦労して頑張ったね」とはならず、社会が冷たく感じた。

就職後も「名だたる大企業の監査がしたい」「丸の内で働きたい」といったミーハー色全開な自分の思いとは真逆に、目の前には地味な仕事しかなく苦悩の日々が続いた。ようやく合格した試験だったのに、目の前にあるのは“地味な仕事”“よくわからない監査業務”“ウマがあわない先輩たち”などいつも愚痴が多く、自分の大事なエネルギーは、自分自身にではなく、すべて変わらないものに向かっていた勤務時代だった。

しかし、無資格状態で採用してくれた先生とはおじいちゃんと孫のような年齢差であったが、非常にかわいがってもらった。大手監査法人で働く人達とは完全に状況が異なり、昔の徒弟関係のような感じで、地味ではあったが、独立するのに必要なたくさんのスキルを学ばせて頂き、当時就職できなかった人たちもたくさんいたことを考えると、運が良かったと思う。

時間は流れ受験期間も含めれば、理想と現実のギャップに苦悩する日々が10年ぐらい続いていた。10年ひと昔と言うが10年前に辛かったことも悩んだことも今では懐かしい。独立すると収入や時間の配分などすべて自分次第である。以前のように、他人頼みでは人生が拓いていかないのは当然で、逃げる場所はなかった。同時に仕事の評価はすべて直接自分に跳ね返ってくる。それが収入や言葉など、状況によって異なるのだが、うまくいったときは非常にうれしいものである。  

もうすぐ40代に突入するが、たまに会う友人たちは職場でのポストやパラレルキャリア、人事、新人のネタが多く、おじさん街道まっしぐらである。若い時に試験にも受からず、かわいそうに思われた私が、今は身を立てているのを見て羨ましがられる。なんだかちょっと誇らしい瞬間である。私には出世もないし、生涯現役目標なので、セカンドキャリアもない。自分を信じて頑張る以外に人生を拓く道がないと腹を括ってから、ようやく前向きになったように思う。

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