2監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
監査法人無経験の独立会計士
私は現在、独立して個人事務所を構えている公認会計士だが、実は監査法人に属したことは一度もない。
独立したばかりで仕事がないとき、ある監査法人に非常勤でお仕事をいただいており、今も少しだけ関与させていただいているが、その程度。私のキャリアの中では、監査というものはカレーの福神漬けのようなものだ。業界においては変人の部類だろう。私からすれば、あんな珍奇な商売をしている監査屋諸氏こそ変人だと思っているが、それはいい。
私が公認会計士試験の論文式試験(二次試験)に合格したのが2010年。リーマンショックの煽りを受け、前年から監査法人の採用が激減していたときだ。試験受験前に社会人を経験していたため20代後半だったし、そもそも監査がしたくて受験していたわけでもないので、当然のように採用されなかった。ここで景気がよかったら採用されていたのかもしれないが、振り返れば運がよかったと思っている。
その理由は2つ。ひとつは、監査法人に入れなかった結果、汐留パートナーズ会計事務所(現・汐留パートナーズ税理士法人)にお世話になり、所長の前川研吾先生や、後にセブンリッチ会計事務所を作られる服部峻介先生といった優秀な先輩方からご指導をいただけたこと。もしこの記事をご覧になられていたら、感謝の気持ちを伝えたい。あとミスばっかりしてすみませんでした。
もうひとつは、この年から実務補修所(会計士試験の合格者が通う養成学校)に、一般事業会社勤務者向けの土曜クラスができ、非監査法人就職者が集められた結果、かなりコアな方々と同期になれたことだ。財務担当取締役、国税調査官、M&Aアドバイザー、証券マン、弁護士といった専門業から、叩き上げの元営業マンやシステムエンジニア、経営企画など、多種多様なタレントがそろっていた。この人々は何を思って公認会計士なんて目指したのだろうか。変人とはこういう人たちを言うのだ。彼らとは今も仲良くお付き合いさせていただいており、紆余曲折しながらそれぞれの出世街道を歩んでいる話を聞くのは楽しい。毎回飲み会を開いてくれた、同期のリーダー格である瀬戸学先生には深く感謝している。
経理屋としてのキャリアと経理高速化への挑戦
さて、私のキャリアには続きがある。汐留パートナーズ在職中から連結決算やキャッシュフロー計算書に興味が沸き始め、ある小売業を営む東証一部上場会社の経理部に転職した。年商数千億の一部上場企業、さぞ素晴らしい経理体制と期待していたが、甘かった。連結決算もキャッシュフローもほとんど内製できていない状態で、とりあえず監査法人に提出して修正箇所を教えてもらうという実務が定着していた。連結パッケージなど存在せず、連結担当者である課長がひとりで、サーバー上の帳簿を見て入力していた。このまま課長になったらなんか面倒くさいなと思った。
そこで、私は連結決算の仕組みを作り直し、連結パッケージを整備し、キャッシュフロー計算までのExcelシートを全面的に再作成した。情報を交通整理するだけで驚くほどスピードが上がるものだ。また、税務の別表調整もExcelでできる仕組みも整えたり(いきなり申告ソフトに入力するよりExcelを使ったほうが圧倒的に速くなるものだ)、膨大なデータを貼付けだけで集計するシートを作ったりと、アイデアの限りを尽くして業務効率を上げてきた。
月次や四半期決算のたびに改善点が見つかり、それをクリアすることで目に見えて高速化するというPDCAサイクルは、うまくいき始めると病みつきになるほど面白い。このような創意工夫(私はトヨタ自動車をまねて『カイゼン』と呼んでいる)のノウハウは、税務経理協会より刊行の『経理高速化のための7つのITツール活用戦略』という本にまとめており、またブログサイト『ここが噂の経理道場』でも紹介しているので、興味のある方は是非読んでみてほしい。
経営企画への異動とM&A、そして“経営”への肉薄
さて、元々資格を持っていたことに加え、一連の連結業務のカイゼンによって、私は経理部では十分にエースになっていた(と思う)。社長の覚えもめでたかったので、このままいけば結構出世できる自信もあったが、その一方でどことなく物足りなさも感じていた。経理は好きだったが、事業会社においてはまったくのバックヤード部門。もっとスリリングなことがしたくなったのだ。
そんな折、会社が企業買収に力を入れようという方針を打ち出し、私にその責任者としての白羽の矢が立った。すぐに経営企画室に異動し、新しく生まれたM&A・組織再編チームを率いることになった。もともとオーガニックで成長してきた会社だったので、M&Aにはノウハウも人脈も存在しない。逆に言えば手探りで好きにやっていいという状態で、まさに願ったりの条件。単に資格を持っていただけではこんな経験はそうそうできない。ここでも実に運がよかった。
結果として、この期間に学んだことは計り知れない。ナマのM&Aは決して公認会計士試験の経営学で学ぶようなシロモノではなかった。実際の競争入札ではバリュエーションレポートなど何の役にも立たないし、買い手である我々がデュー・デリジェンスに求めるのは“過去の妥当性”ではなく“将来の分析”だ。退職給付債務の額は価格の交渉材料としては知りたかったが、そんなことよりも主要従業員をどうやって辞めさせないかのほうが遥かに重大だった。
振り返ると、この業務を通じて“経営”の本質について、少しだけ学ばせていただいたように思う。それは何かと訊かれても、うまく答えることは難しい。ただ、会計という限定された分野の延長には、それがないということを感じていた。どんなに企業価値を合理的に見積もっても、入札額を決めるのは経営者の胆力なのだ。私にとって、次にやりたいことが定まってきた。それはコンサルタントではなく、経営者そのものだった。
そして独立、会社設立
2016年、私はサラリーマン生活を終了させ、古旗淳一会計事務所を立ち上げた。触れ込みは“組織再編・M&A・グループ企業会計税務専門”。これまでやってきたことを武器に、“経営”という新たなフィールドに打って出た。
一応、勝算はあった。それは組織再編(合併・会社分割・株式交換など)の税務。組織再編税制は非常に複雑難解だが、時に大きな節税をもたらす。M&A担当者時代に、少しでも入札可能額を引き上げようと必死に研究しており、またきちんと取り扱える税理士が極端に少ないことに気付いていた。この分野なら勝てると確信していた。
2016年7月に、独立前からずっと温めていたWebサイト『組織再編税制とらの巻』を公開する。Webを主戦場に選んだ理由は、ネット社会の現在、誰もが本屋に行くより先に検索エンジンにかけるからだ。その傾向はますます強くなる。安い投資で潜在顧客にリーチできる販促手段を使わない手はない。実際、このサイトは非常に好評で、定期的に組織再編のご相談をいただく他、セミナーに呼んでいただくなどして、同じく組織再編に携わる専門家の方々とのネットワークづくりに役立ち、現在弊社の収益を支えてくれている。
ただ、商売とは難しいものだ。2017年、経理の実務経験を持つ独立会計士が意外と少ないことに気付いたため、経理の業務コンサルティングを行う株式会社経理救援隊を設立し、前述のブログサイト『ここが噂の経理道場』を立ち上げた。ブログのアクセスは伸びてもマネタイズにはつながっていない。最近は一応広告収入で黒字化しているが、ブログは手間がかかるためコンスタントな新規投稿もできず、これ以上なかなか伸ばすことができていないのが実情だ。
昨年さらにもう1社、組織再編の企画・管理を行う株式会社STRコンサルティングを設立し、税務以外の組織再編のご相談はこちらで受ける仕組みにしている。こちらは個人事業との連携もあって一気に収益を上げることができた。そして、はじめて社員を1名採用するところまで漕ぎつけることができた。
3今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
役割としての経営者
現在の仕事は何ですか?と訊かれるなら、当社のような零細企業としてはやや恥ずかしいが、やはり「経営者」と答えるべきだろう。実際には兼プレーヤーだが、本業はどちらかと訊かれたら、経営者と答えるしかない。経営者がいない事業組織など存在しないからだ。
具体的には、新しいビジネスがないかを考えて、面白いと思ったら予算と時間をざっくり決めてやってみる。司法書士や税理士、社労士といった方々とネットワークを作り、当社で行えない仕事は代行していただける関係を維持する。人手が足りないから求人をしたが、その想定年収と求人予算を設定するのも私の仕事。お陰様で様々なお仕事の引き合いをいただくが、その報酬設定や、そもそもお受けするか否かを決めるのも経営者ならではの業務だ。そして何より、会社の将来を描いてどんな組織を作っていきたいかを考えるのも、経営者として絶対に手を抜いてはいけない大事な仕事だ。
こんな小さな、吹けば飛ぶような事業であるが、それでも経営とは難しいものだと強く感じる日々を送っている。
中小企業経営者の相談に乗る
現在の当社の主な業務として、M&Aを考え、真剣に悩まれている中小企業経営者の相談に乗り、売り手の側に立ってM&Aの「成功」を一緒に目指すことを行っている。
中小企業のM&Aは、売り手と買い手の間に立つ「仲介業者」が仕切ることが多い。彼らはあくまで「中立の立場」なので、売り手の期待に100%答えることができない立場だ。
しかも、M&A仲介は「ラクして儲かるボロい商売」というイメージが広がってしまったせいか、ペテン師のような業者が非常に多いアコギな業界である。情報弱者である売り手が、損をしたことに気付かないまま大損をさせられているケースは少なくない。
多くの売り手経営者が、M&Aを進めているうちにこのような現状に気付き、大きな不安を感じることになる。そのような方の相談に乗り、どうすればM&Aの「成功」(単なる「成立」ではなく、将来にわたって満足できるM&Aの実現)を掴めるかのアドバイスをさせていただいている。