2監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
公認会計士二次試験合格後、監査法人トーマツ(現:有限責任監査法人トーマツ)東京事務所に入所した。これから成長していく企業を支援したいという想いから、最も多くのIPO実績があった同法人に迷いなく入所を決めたが、配属においては成長企業を多く担当する部門ではなく、同法人のコア事業部である監査部門を希望した。
会計士試験の合格は単にスタートラインに立ったに過ぎず、成長していく企業を支援したいといっても社会人経験のない自分では引き出しがないので話にならない。そこで、大手企業の内情を知ることができるばかりか、最先端の監査実務を優秀な先輩方から学ぶことができる監査部門で、しっかりと知見や経験を得て、成長企業に還元していけるようになるべきと考えたのである。
最初の半年は非常勤職員としての勤務であったが、幸いにも新興企業向け市場に上場した直後のIT企業にアサインされた。9月決算で当時から四半期決算が求められていたため、ほぼ毎日深夜までクライアントの幹部たちとともに数字のチェック、修正、経理を含む管理体制の改善に明け暮れ、決算発表前には徹夜してギリギリのタイミングで監査を終え、その足で別の現場に往査したこともあった。社会人になりたて(正確には社会人になる前)に、まるで新入社員のように迎え入れていただき、公私ともに今では考えられないような色々な経験をし、また新社会人としてクライアントからも指導を受けられたことは本当に幸運であった。
また、紙幅の関係で一人一人を挙げることはできないが、所属した部署には人格としても能力的にも優れた方ばかりで、特にインチャージとして共に仕事をさせていただいたパートナーは、地区事務所長、監査部門長、審査部長の他、監査法人本部の経営企画室、マニュアル室、品質管理など、全てにおいて、一段どころか二段も三段も上の方ばかりであった。本来、若手パートナーが務めることの多い監査報告書の最下段にサインするパートナーですらそうであったから、自らの強運には驚くばかりである。
そんな状況であったからだろう。ITの知見を身に付けたいと言えば兼務が許され、いわゆるJ-SOXの知見を身に付けたいといえば、金融庁に赴き企業会計審議会での議論を内部に持ち帰りツールに落とし込む業務を与えてもらえ、Deloitteのグローバルカンファレンスに出たいと言えば日本における監査高度化効率化の取り組みを紹介するという大役をいただくなど、思えば好き勝手させていただいた。
ちょうど10年たったころ、東日本大震災が発生した。震災直後の1週間は出社禁止、それ以降も例年のような手続ができない状況であったが、それでも無事監査意見を出すことができた。この事実と、震災の深刻な被害を目の当たりにしたことは、人生について考えるきっかけとなった。そして、代替可能性という軸で考えた時に、家族を超えるものはなく、今の仕事は法人があれば私である必要はないこと、それより早いうちに別の仕事を経験した方が専門家としての幹が太くなるだろうことに改めて気づいた。
早速、家族の地縁のある大阪に移住し、今までの経験の中で最も関与が薄かったFAS業務を経験するため、同法人のFAS会社に移籍した。当初はM&Aや組織再編などをやってみようかと考えていたが、ちょうど大阪でも不正関連事業を立ち上げるということであったことから、その担当となった。徐々に環境に慣れていく中で、どうやら需要にマッチした供給が少なく、実は困っている組織が少なくなさそうだ、ということもわかってきた。そこで、当初目途としていた3年を過ぎた時に、同僚とともに現在の会社を設立し、独立に至った。
3今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
MYKアドバイザリー株式会社は、大阪と福岡の2拠点に加え、グループ内に税理士法人を擁し、近畿以西と東京を中心に、M&A事業と不祥事予防や早期発見を含む広義のインシデントレスポンス事業の2本柱で事業を行っている。M&A事業では、独立した専門家としての立場を堅持している。専門家としてのサービスに注力する弊社のポリシーから、ともすれば取引の成立を促すインセンティブにつながるようなマッチングサービス等の業務を自らは行わず、財務税務DDやバリュエーション、ディールアドバイザリー業務などを中心に行っている。
私は、インシデントレスポンス事業の責任者として、現在は不正調査やその支援を中心に業務提供を行っている。具体的には、不正事案における社内調査に対するアドバイスや社外委員としての調査の実行、デジタル・フォレンジック調査など会計士としての総合力を活かした業務がこれに当たる。また、このようなデリバリーだけではなく、原則都道府県ごとにある弁護士協同組合との特約店契約やデジタル・フォレンジックツールベンダーとのアライアンスなどの渉外業務や、インシデントの予防や早期発見を実現するという観点からの内部統制関連業務の開発も担っている。
このように、公認会計士としての専門性をコアとしつつも、上述の経験から得た会計士や弁護士などの専門家人脈とITや内部統制のスキルを活かしてニッチな業務を行っていたり、それと並行して、会社としての渉外業務なども行っていたりするのは、需要にマッチした供給がないたために実は困っている組織を支援したいという想いがベースにある。加えて、昨今の環境を踏まえた私見として、情報技術の進歩のスピードは既に人間の成長スピードを大きく超えている。来るべき仕事内容の変化や多様化に対応するには、何か一つを極めることも大事だが、多くの者がそうなることはできないし、必ずしも必要ではないだろうという考えがある。特に、私のような非才の身にとっては、コアな能力を持ちつつも幅広く連携できる能力、情報をキャッチし組み合わせることができる能力を磨くことがより重要であろうと思われるため、数年先も予測しづらい現在ではあるが、どうなってもある程度対応できるように、ある軸に沿ってキャリアを組み立てているつもりである。