2監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
ショーシャンクのアンディに憧れ会計士を目指す
公認会計士を目指したきっかけは高校3年の秋に観た1本の映画。『ショーシャンクの空に』である。主人公は銀行の幹部。妻殺しという無実の罪を着せられながら、その能力を活かして自分の人生を取り戻すというストーリーだ。
従来型の筋骨隆々型のヒーローとは異なる姿に憧れ、周囲が心配する中、理系から文系に転向。思いは通じ、多くの公認会計士試験合格者を輩出している中央大学商学部会計学科に現役で合格することができた。
中央は学内に公認会計士試験の受験指導機関があり、ここで受験指導を受けた。在学中の合格を目指したが、残念ながら1回目は論文で不合格に。現在では短答式試験に合格すると、論文式で不合格になっても2年間は短答式試験の受験免除制度があるが、当時はそれがなく、また1からやりなおし。相当なプレッシャーもかかったが、何とか2回目の受験で合格することができた。
私が監査法人に就職した2005年は、世間では就職氷河期に突入していたが、公認会計士試験合格者に限って言えば多少売り手市場気味の時期だった。このため、4大監査法人の中から、最も自分の肌に合う、体育会的イメージが強いトーマツを選んだ。
入ってみると、聞いていた話とは大違い。アンディに憧れて公認会計士を目指したのは確かだが、さほど強い使命感を持って受験勉強に臨んでいたわけではない。大学の受験指導機関に教えに来ていた会計士から聞いていた、クライアントから豪華な接待を受けられるという話を真に受けていたのだ。
だが、現実はそんな状況にはなく、最初の1年は仕事を覚えるのに精一杯。だが、先輩や同僚に恵まれ、次第に業務に慣れてくると、おもしろくなっていった。何しろ20歳代半ばの若造が、上場会社の経理部長クラスと対等に話ができるのだ。
また、トーマツは伝統的に新規に株式公開する会社を積極的にクライアントとして開拓する監査法人だったので、IT系を中心に伸び盛りの新興企業を多数、クライアントとして抱えていた。このため、担当した会社数社が急成長を遂げるプロセスにも立ち会えた。
それでも入所から丸3年が経過し、公認会計士資格が取得できると、同じことをこれから何年、何十年とずっと続けていく、そこに夢や希望を見いだせない自分に気付き始めた。
新日本のリストラ機に独立を決意
そんな矢先の2010年秋、業界に激震が走った。監査法人最大手の新日本が、大規模なリストラを断行したのだ。新日本には当然何人も友人が就職していたのだが、そのうちの何人かは辞めるか、残るかの選択を迫られた。与えられた考える時間は1ヶ月たらず。
なんとなく監査法人は終身雇用だと思って入所している。入所から3年で公認会計士資格を取得し、そこから何年程度でパートナーになれて、何歳くらいで年収はいくらぐらいという、人生のシナリオをある程度描けていた。
だからこそ同じことを何十年も繰り返していくことに夢や希望が見いだせないなどと考えていられたのに、その前提が崩れてしまったのだ。業界は横並びの意識が強く、早晩、トーマツも大規模なリストラを断行するはずだ。その時に備え、自分自身は一体どうしたいのか、とことん考えてみたくなった。
そのタイミングで偶然、目にしたのが、NHKのドラマ『ウォーカーズ~迷子の大人たち』。登場人物たちが四国八十八カ所を回りながら、自分探しをする話だ。
すぐさま9日間の有給休暇を取得、お遍路の旅に出た。携帯電話の電源も切り、徹底的に考えるうちに、結論らしきものが見えてきた。結論は「自分の人生のイニシアティブは自分で握りたい」だった。
雇われる側でいる限り、自分の人生のイニシアティブを自分で握ることはできない。となれば、独立開業である。独立は本当にリスクなのか。
考えてみると独立にはリスクらしいリスクがないことに気付いた。パソコン1台あれば業務はできる。公認会計士協会の会費が年間10万円。自宅を事務所にすればランニングコストはしれている。在庫なし、イニシャルコストなし、ランイングコストもごくわずか。
独立した先輩会計士たちからもらえそうな、デューデリジェンスなどの下請け仕事は沢山ある。JICPAのHPで募集している下請け業務も多数あるので、基盤ができるまでの間、食いつなぐことは充分可能に思えた。
独立して何をするのか。トーマツで過ごした5年間で、最も達成感を味わったのは、上場前監査を担当したベンチャー企業のIPOだった。今では誰もがその名を知っている大企業に急成長したが、IPO前に担当した当時は、まだ事務所が小さな雑居ビルにあり、そこで創業者たちが雑魚寝をしながら寝食を忘れて仕事に没頭していた。その会社がみるみる成長し、IPOを果たし、その後も成長が続いている。
監査はあくまで黒子だが、会社とともに自分も成長できた達成感は格別だった。成長意欲のあるベンチャー企業のサポートをし、自分も成長できる事務所にしたい。ここまで考えがまとまり、お遍路から戻った9か月後にトーマツがリストラを発表、迷わず辞表を提出した。
3今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
やや回り道をして一から顧問先構築
それでもまだ、最初は安直な道を選びかけた。所長が高齢になり、後継者を求める会計事務所の求人広告を目にしたのだ。中小企業をサポートするのは、税務の経験は必要不可欠なので、税務中心の会計事務所で経験を積もうと思っていた矢先だった。
自ら所長になれるのであれば、他人が作った地盤を起点にしても良いかと思ったのだが、やはり世の中にうまい話はない。詳細は控えさせてほしいが、少なくない負の遺産を背負ってのスタートになることがわかり、這々の体でこの事務所を逃げ出した。
改めて覚悟を決め、一から顧問先の開拓を始めた。最初に利用したのは顧問税理士を必要としている中小企業に税理士をつなぐ紹介会社だ。顧問契約が決まったら、その年の顧問料の6割を成功報酬として支払わなければならなかったが、一見高そうに見えて長い目で見れば割安だった。
紹介会社に報酬を支払うのは最初の年だけで、その顧問先からの紹介でクライアントが広がったからだ。最初の顧問先約50社はこの紹介会社のあっせんで確保した。現在では顧問先は約370社に増えた。
士業専門のコンサルタントを付け、営業方法を指導してもらったことも大きい。士業の需要は常にあるものではないが、必要な時に思い出してもらうことがポイント。このため、このコンサルタントの指導で、渋谷区内の行政書士、司法書士、弁護士に業務提携しませんかというメールを出しまくった。
10通出して3件当たるという、かなりの高確率には正直驚いたが、餅は餅屋なので、クライアントから相談を受けた際に、紹介できる専門家にツテがあることは互いにメリットになるのだ。
週一回ペースの無料のメルマガも始めた。「メールが来ている」ことを認識してもらえれば、読まずに捨てられて構わないのだ。このコンサルには今もお世話になっていて、ツイッターやユーチューブを薦められている。
使いたい人にクラウド会計ソフト導入を支援
事務所設立から6年。今最も力を入れているのが、クライアントへのクラウド会計の導入支援だ。クラウド会計ソフトはfreeeとマネーフォワードの2社が2大勢力で、当事務所はfreeeを使っているので、クライアントにもfreeeを薦めており、freeeの導入実績では全国1位だ。
実は、クラウド会計の普及を妨げている最大勢力は高齢の税理士。若い経営者はクラウド会計のメリットを理解し、使ってみたいと考えているのに、顧問税理士が反対して導入できないというケースはけっこう多い。
反対の理由は情報漏洩などなのだが、やり方を変えたくないというのが本音だろう。高齢の税理士の中には、国税があれだけ導入を呼びかけているe-taxにすら抵抗している人が少なくない。未だにパソコン管理すら拒絶している人もいるほどだ。
クラウド会計サービスの提供会社のセキュリティレベルは、中小企業や中堅以下の規模の会計事務所が導入できるセキュリティレベルを遙かに凌ぐ。
また、記帳を自社でやっているにせよ、会計事務所に外出ししているにせよ、1台のパソコンを使い、特定のスタッフが管理しているケースが大半で、そのスタッフがいないとデータを取り出せない、パソコンが壊れてデータが全て飛んでしまった、といったリスクは情報漏洩の比ではない。
今のところ、大手の会計事務所がクラウド会計ソフトの導入あっせん事業に参入していないので、弊所は全国1位を維持しているが、大手の会計事務所が参入したらひとたまりもない。その時は別のニーズを開拓したいと思う。