加瀬直樹(かせなおき) | 会計士の履歴書 | 活躍する会計士たちの仕事やキャリアを紹介

海外会計事務所から一転、家業の不動産業へとキャリアチェンジ。財務×国際経験×不動産で新たな事業を目指す!

加瀬 直樹

かせ なおき

生年月日
1978年6月1日(40歳)
所属企業
加瀬合同会社 他
所属部署
役職
代表社員
最終学歴
慶應義塾大学 理工学部 卒業
出身地
神奈川県
現住所
神奈川県
1キャリアサマリー
2000年
海岸の近くで働けることを夢見て会計士試験を受験し合格。
2001年
太田昭和センチュリー監査法人国際部金融グループに入社。
主として金融機関の会計監査、財務DD、内部統制整備支援のプロジェクトに、チームのスタッフとして従事。
2004年
KPMG のグローバルモビリティープログラムでホノルル事務所に転勤。
1か月のニュージャージーにおける集合研修を経たのちホノルルに赴任。主として現地銀行のSOX導入プロジェクト、会計監査、観光業関連会社、不動産会社等の財務諸表作成業務にシニアアナリストとして従事。
2006年
東京事務所に帰任。
2007年
EYシドニー事務所に現地採用で入所。
現地企業及び日本企業の子会社の会計監査、財務DD、上場準備会社のIPO準備、SOX監査、内部統制整備支援、国際会計基準のプロジェクト等に最初の一年間はシニアとして、翌年度以後はマネジャー、シニアマネジャーとして従事。後半は、セミナーの開催、東京事務所の品質管理レビュー、社内研修講師等も行う。
2015年
日本に帰国、シービーアールイー株式会社に入社。
外資系不動産事業会社の財務経理部長として会計、税務業務、APAC本部とのリエゾン及び財務経理部のマネジメント業務に従事。会社として初めて受けた税務調査の対応を行う。営業部門に対する研修等も担当。
2016年
大和不動産鑑定株式会社に入社。
不動産鑑定士及び宅地建物取引士試験合格をきっかけとして不動産鑑定実務に従事。J-REIT物件の不動産鑑定評価、不動産DD業務に従事。
2017年
実家の不動産業を継ぎ、株式会社加瀬商店・加瀬合同会社・日本底地開発合同会社の代表に就任。
2018年
会計士としても独立することを目指し現在奮闘中!今に至る。

性格診断テストで発見!
この会計士のタイプは?

リーダータイプ
内向的
臨機応変型
大局タイプ
個人主義
伝統型
外向的
計画管理型
こだわりタイプ
集団主義
革新型
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人とコミュニケーションをとることが好きで、新しい価値観や知識の吸収に貪欲である。
協調性も高く、相手に対して思いやりを持って接することができるため周囲から頼りにされやすい。
自身の仕事に対しても責任感を持って誠実に取り組むことができるが、予想外のトラブルや問題が起こった時には動揺したりイライラしたりすることもある。
上昇志向があるため内にこもらず積極的に物事に挑戦していく傾向にある。
このタイプの会計士は回答者全体で、
6.9%います。
2監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ

在学時に試験に合格したので、監査法人に非常勤として入所した。会計士2次試験に無事合格したという安心感とまだ学生でモラトリアム期間ということで、楽しく監査に従事した。入所した太田昭和センチュリーの中でKPMGの日本事務所にあたる部署を希望し、国際金融チームに配属された。当時の金融チームは確か100人以下の組織だったと思う。大学生から見た監査法人は、皆生き生きと仕事をしているのがいまでも印象的だ。社会人になって仕事をするという実感と、会計士になったという実感が湧いてきて、将来に対してワクワク感をもって日々日比谷国際ビルに通っていたのをよく覚えている。

4月からは非常勤から正社員となった。初めてアサインされたプロジェクトは、仙台での某信用金庫での財務調査だった。新人たるもの準備万端で心して初仕事に向かうべきところを、なんと寝坊をし、羽田空港の階段を必死で駆け上がるもあえなく飛行機に間に合わず……。上司に電話をして、平謝りで乗り遅れた旨を報告した。幸い午後便があったため、夜には仙台入りする方向で再手配した。

夜になり監査チームの先輩陣と合流し、当時金融グループのパートナーに、私がやってしまった大失態を笑いのネタにしてもらって何とか乗り切った。翌日、今世界をにぎわせている某主席の絵画が飾られている某信用金庫で会計士としての現場デビューを飾る。その他資産、その他負債勘定の帳簿残高の明細を入手して、初めての監査調書を作成!いろいろあったが、仕事はちゃんとできたという感触を得て出張を終え、社会人人生のスタートを切った。

その後、幾多の個性豊かなシニアの方のもと、真面目に、時としてのびのびと、監査や当時多量にあった財務DDの仕事をこなしながら忙しくも充実した日々を過ごす。入社して三年目ぐらいから多少仕事に飽きがきたのか(今思えばまだまだペーペーだが当時はけっこう分かったつもりになっていた)、ほかにももっと面白い仕事はあるのではないかと考えるようになる。当時は外資系金融機関やコンサルティング会社が夜の街で勢力をふるっており、僕もあやかれないものかと転職も考え、某外資系証券会社の面接を受ける。

面接してくださったコントローラーの方は、しごくまっとうでばりばり仕事をされている女性の方で、その方から「君はこの会社に入って何をしたいのですか?」と聞かれ、思わず「海のあるところで仕事がしたい」と答えてしまった。その反応は、「弊社はシンガポールには拠点がありますが、東京で入社されると基本的にはなかなか海外転勤もないので難しいかもしれませんね」と言われてしまった。もちろん次の面接に呼ばれなかったのは言うまでもない。

そうこうしているうちに絶好の機会が訪れた。KPMG社内でアメリカに行けるプログラムがあることを知り、それに飛びついた。何とか英語の試験や面接をクリアし、所属する事務所の場所も選べることになった。もともとマリンスポーツにはまってハワイで暮らしたいと思っていたので、どこでも働ける(かもしれない)という理由で目指した会計士。もちろん第1希望はホノルル、第2希望はロサンゼルス、第3希望はサンフランシスコを選び、そして偶然ホノルル事務所で空きがあったことと、幸いにも東京事務所の事務ミス等が重なり、念願のホノルル事務所に転勤が決まった。その後の監査法人におけるキャリアはそこで実質的には決まったことになる。もう東京で夜遅くまで監査するのは無理だった。海外で海の近くでサーフィンやセイリングをしながら楽しく生活をし、仕事と残業はほどほどにこなす楽しい会計士キャリアを目指して旅立った。

3今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス

2014年12月にEYシドニーで、徹夜しながら退職前に何とかまとめた某教育関係ビジネスのグループの会計監査を最後に、いわゆる会計士の仕事はつい最近までしていない。3年前のことで今でも非常に残念なのだが、父親が体調を壊し、経営者不在となった実家の不動産業の留守番をすることになったのだ。今まで何だかんだいって国際会計事務所、大企業環境でしか仕事をしてこなかった人間だったので、パソコンもない+不動産の不の字も知らない+とにかくよく分からん=初心に戻ってTACに行くしかないという結論に達し、帰国して一週間後の2015年1月10日にとりあえず不動産鑑定士講座と宅地建物取引士講座に申し込む。そこからは不動産事業というものを理解できるように、不動産事業会社に転職した。財務経理に所属したものの、営業部署でどういうビジネスをしているかのほうが興味があった。

TACの優秀な講師陣のおかげで、幸いにも一年で晴れて不動産鑑定士試験に合格した(30台後半で国家試験を受けるのはけっこうつらかった!)。未経験+当時38歳という自分を、証券化不動産鑑定の大手である大和不動産鑑定が迎え入れてくれて、念願だった不動産実務に従事することができた。不動産鑑定業は、会計士とは違う意味で非常に面白い経験だった。日中は物件を見に行ってビルや高層マンションの屋上にはしごで登ったり(高所恐怖症のためかなりビビる)、道路の写真を撮ったりと、新人鑑定士として日々新しい知識を吸収し、仕事を学んでいった。新人というには年をとっているが、まるで新卒で会計事務所に入所したときのような感覚だった。

何とか物件の評価も数十件経験し、鑑定会社の同僚とも仲良くなって楽しく働いていたのだが、実家の不動産業と両立をしていくことがいよいよ物理的に難しくなってきた。上司の理解もあり快く送り出してもらい、2017年の11月をもって16年間どこかの企業に所属してきたという身分を卒業し、いよいよ自営業者としてのスタートを正式に切ることになった。

今は、不動産業を主としていかに会社の経営内容をよくしていき、成長をさせていくのか、一個人事業主として組織の中にいた頃とは違うチャレンジに取り組むことを楽しみながらも、前向きに、でもあせらずに進んでいこうと思っている。

不動産業は、まだこれから経験値をつけてがんばっていかなければならないが、会計士の知識やスキルと意外と共通項が多いことも分かってきた。実際、建築計画を比較するにしても不動産収支を査定するにしても数字に対する感性が役立ってくる。また、監査業務で頭を痛めていたクライアントとの監査報酬の交渉は、不動産の売買価格・賃料の交渉と共通することが多い。また、税金が高い日本では、税金を考慮して適切なスキームで運営することは、キャッシュフローを管理するうえで死活問題である。いろいろと分かってきて、最初は不安しかなかった大きなキャリアの転換だったが、この3年間を経て何とかなりそうな気がしてきた今日この頃である。

そしてやっと、しばらくは放置していた、いわゆる会計士としてのキャリア、これもまた新たな独立会計士としての観点で一から取り組もうと思っている。

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