
株式会社日本ギャップ解決研究所
代表取締役/所長
塚越 学
つかごし まなぶ
ワークもライフもすべてをキャリアにする、この決意と覚悟が必要
1975年8月12日生まれ(51歳) 東京都出身 東京都在住
中央大学経済学部 卒業 2002年合格

01
キャリアサマリー
公認会計士試験合格、監査法人トーマツ入社、 多種多様な会社の監査業務に従事
日本公認会計士協会学校法人委員会専門委員、 NPO法人ファザーリング・ジャパン(FJ)入会 育児休業取得(長男時)、東日本ブロックのT-Winプロジェクトに初の男性で参画
FJ男性の育休促進事業「さんきゅーパパプロジェクト」リーダー 監査部門マネージャー
育児休業取得(次男時) 大田区男女平等参画推進区民会議委員、大田区両親学級講師 (株)東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス推進部に転職
NPO法人ファザーリング・ジャパン理事に就任、浦安市男女共同参画推進会議委員
育児休業取得(第三子)、FJ「イクボスプロジェクト」のコアメンバーとして、イクボス企業同盟(2026年3月末現在275社)を運営
国土交通省「女性が輝く社会づくりにつながるトイレ等の環境整備・利用のあり方に関する協議会」委員
東京都男女平等参画審議会委員
日本公認会計士協会東京会 女性会計士活躍推進プロジェクト構成員
認定NPO法人フローレンス監事就任(2020年5月任期満了により退任)
内閣府男女共同参画推進連携会議議員(2025年8月任期満了により退任)
<a href="https://gaprrjapan.com/"target="_blank">日本ギャップ解決研究所創設</a>
NPO法人ファザーリング・ジャパン副代表に就任
NPO法人ファザーリング・ジャパン監事に就任
日本ギャップ解決研究所 所長
NPO法人ファザーリング・ジャパン監事
2002年 公認会計士として監査法人トーマツ(有限責任監査法人トーマツ)に勤務し監査業務に携わる一方、人財育成セミナー講師を担当。
2011年 育児と介護を同時経験し、日本におけるワークライフバランス推進を本業にすることを決意し、東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス推進部に転職。
ワークライフバランスの体現者である佐々木常夫特別顧問の下で、佐々木常夫著書ベストセラー「働く君に贈る25の言葉」をテキストとした実践講座「佐々木常夫塾」を企画し、プログラム構築、講師を担当。その後、企業・労組・自治体などに対し、人財開発・働き方改革・管理職改革に関する講演・ワークショップ・コンサルティングを数多く実施。
また、長男の誕生を契機にNPO法人ファザーリング・ジャパン会員として、父親の育児・夫婦のパートナーシップなどのセミナー講師やイベント企画等を自治体、労組、企業などに対して行う。
FJ父子家庭応援ファンド「フレンチトースト基金」コアメンバーとして父子家庭支援の法改正に貢献、男性の育休促進事業「さんきゅーパパプロジェクト」リーダーとして、イクメンブームの一翼を担う。2012年 同法人の理事に就任。
2014年 次世代管理職養成事業「イクボスプロジェクト」のコアメンバーとして、イクボス企業同盟(2023年7月現在:263社)を運営し、各企業、自治体に対する管理職改革のセミナー講師やコンサルティングを行う。
2018年 6月より認定NPO法人フローレンス監事に就任(2020年5月任期満了により退任)
第一子で1カ月間、第二子で1カ月間、第三子で8カ月間の育児休業を取得。
内閣府男女共同参画推進連携会議委員、国土交通省「女性が輝く社会づくりにつながるトイレ等の環境整備・利用のあり方に関する協議会」委員、東京都男女平等参画審議会委員、大田区男女平等参画推進区民会議委員副会長、大田区両親学級講師、大田区母子保健推進協議会委員、浦安市男女共同参画推進会議委員副会長、富山県南砺市ジェンダーギャップ解消市民会議委員、日経DUAL共働き子育てしやすい企業ランキング審査員など。
「パパとママの育児戦略」(repicbook)2018年共著、「家族を笑顔にする パパ入門ガイド」(池田書店)2018年共著、「新しいパパの教科書」(2013年)「新しいパパの働き方」(2014年)(ともに学研教育出版)共著、「育児&介護を乗り切るダイバーシティ・マネジメント イクボスの教科書」(日経BPマーケティング)2017年監修、「家族・働き方・社会を変える父親への子育て支援」(ミネルヴァ書房)2017年共著
「会計・監査ジャーナル」において「会計プロフェッショナルファームの働き方改革実現に向けて」2018年~2019年連載10回、東京都パパズスタイル2018年2019年監修など共著、監修、メディア取材多数。
02
監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
2002年~2011年、私の会計士ライフを取り巻く環境は、激動の時代でした。
世界では、エンロン(米)やワールドコム(米)が粉飾で破たんし、エンロンを担当していた世界最大手会計事務所アーサーアンダーセンが解散。ITバブルが崩壊し、世界の会計事務所の一角が崩壊しました。
日本国内においても、カネボウは粉飾にて上場廃止、ライブドアの証券取引法違反など、様々な企業の不正が明るみになり、2007年7月、カネボウ・日興コーディアルを担当していた日本4大監査法人の1つ「みすず(旧中央青山)監査法人」が解散しました。
私自身は、公認会計士としての社会的使命に燃え日々の仕事に邁進しました。
半導体商社、大手貴金属会社、建設会社、小売会社、出版会社、保険会社、カード・信販会社、製造業会社、エンターテインメント・映画、学校法人など多種多様な業種の会計監査などに携わると同時に、「人材育成」に関心があった私は、トーマツ社内でDeloitte人材育成講師プログラムをクリアし、新人全国研修教材の開発、各ランクの教材開発、研修講師を複数担当していきます。
「CPA×人材開発講師」も確立していきました。
一方、実務経験を重ねていくと資本主義社会の空虚感を感じ始めていきました。
そんなとき目に留まったのが、「社会起業家」「特定非営利活動法人(NPO)」そして「プロボノ(プロフェッショナル・ボランティア)」です。
激務の合間に、NPOに関わる講座を受けたり、調べていく中で、欧米では高学歴人材が上場企業を勝る規模のNPOで活躍をしている事実を知ります。そして、日本においてもその息吹が出始めていました。
そこで知った1人が駒崎弘樹さん。元ITベンチャー社長から転身し、当時、病児保育を専門に展開しているNPO法人フローレンスの代表。数々のメディアで称賛される活躍ぶりながら、私よりも4つも年下で、当時20代の若者でした。
「『社会を変える』を仕事にする」という著書を読み、これだ!と思いました。
私の中で「CPA×NPO(プロボノ)」が芽生えた瞬間でした。
プライベートでは5年付き合った彼女と結婚。そして妻が妊娠。子育てに関する情報に敏感になっていきます。
2007年「子育てパパ力(ヂカラ)検定」が世間を賑わせていました。
仕掛けたのは、NPO法人ファザーリング・ジャパン代表の安藤哲也さん。ちょうど地元に安藤哲也の講演会があり妊婦の妻を連れて会いに行きました。安藤さんは、茶髪でロン毛の風貌ながら、
「良い父親ではなく笑っている父親を増やそう」
見た目とは裏腹に訴えている内容は共感でき刺激的でした。
このNPOでプロボノするのはどうだろう、パパ友もできるかもしれない。
軽い気持ちで入会したのは出産予定日の10日ほど前でした。
出産の前日、出産予定日を過ぎた妻と二人で水族館にいました。
「今どこにいる?」「大丈夫?」というメールが次々と届いたのです。
何事かと調べると秋葉原で大きな事件が起きていました。
2008年6月8日秋葉原無差別殺傷事件です。
私は当時メインクライアントが秋葉原にありました。その事件はクライアントの目の前で起こっていた事件でした。つい先月の繁忙期は土日もクライアントを訪問しており、そのことを知っていた仲間から私に心配のメールが届いていたのでした。
翌日、秋葉原駅前はマスコミでごった返していました。その人をかきわけ、事件現場の横を通り過ぎ、クライアントの監査室に到着。すぐに妻から連絡がありました。
「破水した、今から病院に行く。」出産に立ち会うために、数分で引継ぎ、急いで監査室を後にします。
再び事件現場を横切るとき私は思いました。
今から妻は命がけで一つの命を数時間かけて産むというのに、この容疑者は5分で7人も殺したのか。
マスコミで一杯の殺傷現場を横目に底知れない怒りを感じながら病院へ急ぎました。
長男が誕生し、産まれた息子を初めて抱いたとき、思いました。
どんなにこの子を大切に育てて、どんなにこの子を幸せにしようとしても、この子は誰かに殺されるかもしれない。この子だけを幸せにしようとしてもダメだ。この子を取り巻く社会環境を少しでも良くしないと同じことが起こる。無差別殺傷事件を起こした彼のような人間ができるだけ発生しない社会を作っていかないといけない。
この原体験がこのあとの社会活動を加速化させていきます。
社会のためにとか、正義のためにとか、そういうことではなく、「自分の子どもを守りたい」、ただそれだけの、とても個人的な理由でした。

03
今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
2011年、東レ経営研究所に転職してすぐに、佐々木常夫塾を企画・創設し、35万部を売り上げてベストセラーになっていた「働く君に贈る25の言葉」を教材に実践を繰り返す連続講座を6期まで運営しました。
賛助会員として活動していたNPO法人ファザーリング・ジャパンでは理事に就任し、父親支援の社会活動に本腰を入れていきます。
FJ次世代管理職養成事業「イクボスプロジェクト」のコアメンバーとして推進し、大企業を中心とした「イクボス企業同盟」を創設し事務局として運営。2014年12月、11社で共同記者会見をしてから、229社(2020年2月末時点)となりました。
また、2016年、一億総活躍国民会議委員の白河桃子さんのブレーンとして、イクボス企業同盟と小室淑恵さんのワークライフバランス社がコンサルした会社に対して、「労働時間アンケート」を実施。フォーラムを開催し、このアンケートとフォーラムの様子を白河さんが安倍首相にプレゼン。安倍首相が初めて労働時間の上限見直しに言及したことで大きく流れを変えることができました。
そして、働き方改革関連法が成立し、大企業では2019年4月より、中小企業では2020年4月より施行となりました。
私自身は、講演回数が増えていき、2019年までの数年間は150回以上。
テーマは、管理職改革イクボスやワークライフマネジメント、働き方改革、男性の育児家事参画や育休推進、仕事と子育ての両立支援、女性活躍推進などです。テレビ、新聞、雑誌などメディアでも多数出演する機会をいただいています。
東レ経営研究所での職位は、コンサルタントからシニアコンサルタント⇒上席シニアコンサルタント⇒チーフコンサルタントになりました。さらに2023年7月から独立し、株式会社日本ギャップ解決研究所を立ち上げ、所長として活動。東レ経営研究所においては、ダイバーシティ&ワークライフバンス特別研究員(2024年に任期満了)となりました。
家族は、私が会計士時代、専業主婦だった妻は派遣社員、契約社員、そして今は正社員として働いています。子どもは三人。共働き体制になったことで世帯収入は会計士時代を超えました。
私にプロボノのきっかけをくれた駒崎さん。この間に、駒崎さんが代表を務めるフローレンスは、スタッフ500人を超え、収益規模は20億円を超え、欧米のNPOに引けを取らないNPOに成長していました。
わたしたち夫婦に子どもが三人いながら共働きが続けられたのは、フローレンスの病児保育を7年以上利用できたからでした。
その駒崎さんから、監事を依頼されました。その理由は、私が、財務が見れる公認会計士、働き方改革の専門家、NPOの経営が分かる理事経験、フローレンス利用者であるからということで、恩返しの気持ちで引き受けました(2020年5月任期満了により退任)。
ファザーリング・ジャパンはこれまでの活動が評価され、2018年度の内閣総理大臣賞を受賞しました。
04
あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
同じ事実もポジティブに捉える思考(もともとの自身の特性)
人に惚れやすい、人を肯定的に捉える性善説(もともとの自身の特性)
証拠やデータに基づく行動思考(会計士時代に身に付けた強み)
組織のトップや上位者にも物怖じせず、決定の質が上がるなら厳しい指摘もする批判的態度(会計士時代に身に付けた強み)
上記の強みが現在の仕事に活きているし、これからもプロフェッショナルとして、時間と成果と報酬にこだわって仕事をしていきます。

05
仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
(1)CPAの社会的使命
スタッフ時代、J-SOX導入準備で繁忙になっていたときに、大きな会計不正案件の緊急監査チームが立ち上がり、そのメンバーになりました。
日中は担当クライアントで仕事をこなし、定時後に不正案件の監査チームと合流し、夜遅くまで仕事をすることも珍しくない生活。
でも毎日ワクワクする日々でした。
当時下っ端だった私からするとこの監査チームはドリームチームで、部署内で「デキる!」と高い評価を得られていた上司や先輩たちが各方面から寄せ集められていて、平時の仕事をしていたら一緒に仕事することがほとんどないような人たちばかり。
さらに、世間的にもこの不正案件は注目されていたので、公認会計士としての社会的使命感を大きく感じていました。
大手監査法人だからこそ経験できる仕事だ、と思いましたし、デキる上司や先輩たちの「これが会計プロフェッショナルだ!」という力の発揮を間近に見ながら、自分の力不足を痛感し、もっともっと自分の実力を上げなくては!と心が大きく動き、成長したいと思った瞬間でした。
(2)「CPA×プロボノ」の成功体験
2008年、FJ理事会が公開されていて賛助会員である私も傍聴していたとき、ちょうど理事会ではファザーリングファンドの立ち上げを議論していました。
そこで、安藤代表から声をかけられます。
「塚ちゃん、会計士だから、ファンド立ち上げのコアメンバーに入ってくれる?」
こうして、当時、三井物産で不動産ファンド事業の管理職だった、川島高之氏、さわかみ投信の役員だった仲木威雄氏、そして私の3人がコアメンバーとして立ち上げ議論を開始することになりました。NPO活動の1つは、国の制度の欠陥からこぼれ落ちる人をNPOが支えながら、政策提言の実現によって制度の欠陥を補修していくこと。FJのミッション「笑っている父親を増やす」を考えたとき、笑っていない父親の1つにシングルファザーがいました。国の経済的支援「児童扶養手当」が対象としているのはシングルマザーのみ。父親は稼げるから困窮しない、そういう立て付けで50年間成立していた制度の欠陥でした。世はリーマンショックのあおりをうけ、シングルファザーは困窮していました。国は、経済対策として国民ひとりひとりに1万2千円をばらまく「定額給付金」を検討していました。そこでファザーリングファンド第一弾を父子家庭応援基金とし、定額給付金を困窮している父子家庭に寄付しようというスキームを組みました。キックオフから2カ月ほどで記者会見まで漕ぎつけます。たくさんの得意技を持った父親たちと連携し、他の専門家や団体の協力を仰ぐことでこのスピードを可能にしました。メディアに大きく取り上げられました。定額給付金を寄付へという大きな流れを作り上げることができました。
同時に、父子家庭支援団体は全国に散らばっていました。これを1つにまとめて「全国父子家庭連絡会」を創設、FJがバックアップする形を取り記者会見を行いました。当事者たちが動き始めたことによって、政策提言、ロビー活動が力を増します。国会を動かし「児童扶養手当」が50年ぶりに改正。シングルファザーもその支給対象者となりました。父親が本気になれば、国を変えられる。笑っている父親が社会を変える。
FJが遊び系団体から社会課題解決団体への深化し、私にとって「CPA×プロボノ」が実を結んだ瞬間でした。
06
公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
1.「CPA×父親・ワークライフマネジメント」への挑戦
第一子出産後、2週間の有休で妻と一緒に子育てをしました。
新生児育児は仕事と大変さの質が違うことを体感。これは妻だけでは無理だ、子育ての苦楽は夫婦でシェアしたいと思いました。
ファザーリング・ジャパンに入会すると、父親のロールモデルがたくさんいました。
有名企業で成果を上げながら、育休も取得し、仕事も子育ても楽しんでいる父親たちと接していくうちに、仕事と子育ては父親でも両立できると確信するようになりました。FJパパたちからたくさんのアドバイスをもらい、1カ月間の育児休業を取ろうと決意しました。ただ、トーマツでは、私が所属していた400名いる組織の中で男性の育休取得は私が初めてでした。私は、1カ月の育児休業を取得しました。
復帰後も、仕事は相変わらず多忙の中、株式会社ワークライフバランス代表の小室淑恵さんを知ります。
資生堂で活躍後、私と同い年ながら複数の本を出版し、ワークライフバランスコンサルで実績を上げ始めていました。
私もワークライフバランスを実現したいと、仕事と子育ての両立で格闘するなかで、仲間はいないかと思ったときに、ワーキングマザーの会計士たちを思い浮かべました。トーマツでは、ワークライフバランス系のプロジェクト「T-winプロジェクト」が立ち上がっていました。当時のメンバーは女性ばかりで、思い切って男性でも参画させてもらえないかとプロジェクトリーダー林恵子さんに直談判してメンバーに参画させてもらうことにしました。
こうした社内外のプロボノ活動は、多忙な会計士の仕事の合間に行っていました。
仕事、子育て、社会活動と時間が足りず、苦しんでいたとき、FJで父子家庭応援基金のシンポジウムで登壇をお願いし、東レ経営研究所社長の佐々木常夫氏と出会いました。佐々木さんは、自閉症の子どもを含む三人の子育てと、うつ病に苦しむ妻を看ながら、仕事では成果を出し続け、東レで取締役、東レ経営研究所では社長をしていました。彼はワークライフバランスなんて生易しいものではないとして、ワークライフマネジメントという言葉で講演を行っていました。トーマツのTwinプロジェクトで、佐々木常夫氏の講演会を企画。私は、その講演会で、FJ子育てパパヂカラ検定をトーマツ版に焼き直して「パパママ力検定」を実施。トーマツの関東ブロック責任者と佐々木常夫さんが検定を受けながら対談するイベントも実現しました。
「ワークライフバランス」から「ワークライフマネジメント」へと進化させ、自分の仕事と子育ての両立だけでなく、職場環境の改善活動に努力を重ねる日々でした。
2.「CPA×父親の育児休業推進」
2009年8月8日、一本の電話が入りました。
「(FJ代表)安藤だけど、そろそろファザーリングファンド第二弾を考えたいんだよね。男性の育休応援ファンドどうかな?今、つるの剛士が育休取るってメディアで盛り上がってるでしょ?彼とタイアップしたりさ。育休法も改正される予定だし、タイミング今だと思うんだよね。
で、塚ちゃん、この前、育休取ったし、次のリーダーよろしくね~」
軽いノリで重いリーダ職が丸投げされた瞬間です。
当時、男性の育休希望者は30%を超えていながら、実際の育休取得率は1.23%でした。
その取得しない原因は様々な先行研究によると大黒柱を担っている父親の経済的負担だと指摘されていました。であるなら、経済的負担を軽減するファンドを立ち上げようという発想です。
FJの育休取得経験パパを集結して、議論を重ね、ママのすべてが産後ケアの必要な産後8週間にターゲットを絞り、「さんきゅーパパプロジェクト」と名付けました。パパ育休の募集枠を限定するスキームを構築し、プレスリリースしました。つるの剛士氏の事務所と交渉し、応援を取り付け、動画撮影。フローレンス駒崎さん、ワークライフバランス小室さんからも応援メッセージをもらいました。
安藤代表はパパ友だった成澤文京区長に育休取得を促し、文京区長はサイボウズ青野社長をツイッターでたきつけて、自治体トップや企業のトップが育休を取る流れを作りました。
男性の育児参画の特集番組が多く組まれ、同時期にFJで事業展開していたファザーリングスクールに取材が殺到し、どのテレビ局の育休パパの密着取材も私のプロジェクトから紹介したパパたちばかりという状態になりました。翌年、流行語に「イクメン」がノミネートされ、つるの剛士さんが授与。イクメンブームの一翼を担うことに成功しました。
私は、「CPA×男性の育休推進」という稀有な実績を上げることができました。
5年後、この「さんきゅーパパプロジェクト」をもとに、内閣府は「さんきゅうパパプロジェクト」を立ち上げ、国家プロジェクトとして推進されていくことになります。
3.「CPA×介護」
トーマツではマネージャーに昇格しました。同時に二人目の子供が誕生したので、管理職ながら、産前1カ月の有休、産後1カ月の育休を取得しました。復帰後、仕事中に連絡をしない妻から電話がありました。胸騒ぎがしました。
妻の父を7年間介護していた義兄が亡くなりました。義兄すら救えない私が父親支援なんて、どの口が言っているんだ。
もうファザーリング・ジャパンを辞めよう、と思いました。その夜、義兄が残した日記を手に、妻から義兄の思い出話を聞きました。
義兄は、小さいころから厳しい父との関係が悪かったにもかかわらず、唯一の理解者だった母がガンで他界した後は、献身的に父の介護をしていました。義兄の父は笑っている父親ではありませんでした。
もし笑っている父親だったら、義兄の人生は幸せだっただろうか。私の父は笑っていました。
私が大学受験に失敗したとき「これからは手に職をつけて生きる時代だ」という父のアドバイスで私は、公認会計士という資格を見つけました。
ダメだ、ファザーリング・ジャパンの活動を辞めては。これからも笑っている父親を増やそうと強く思いました。
私は義兄の時計を身に付け、義兄の時間を引き継ごうと決意しました。義兄の日記には「介護施設を探してほしい」と書いてありました。
ところが関東近辺、介護施設はどこも満床、待機は長蛇の列でした。父のいる病院からは退院を促されていました。
一体どうしたら・・と、途方に暮れていました。
その直後、東日本大震災が起こりました。
職場では、監査手続きの見直し、スケジュールの調整。家庭では、子ども二人の育児と父の介護。
家庭も職場も大混乱に陥りました。そのとき私を支えたのは、FJのパパ友たちであり、佐々木常夫氏の著書でした。
彼の著書「働く君に贈る25の言葉」にはこうありました。
「それでもなお」という精神があなたを磨き上げていく
君は人生の主人公だ、何者にもその座を譲ってはならない
多忙な業務、育児と介護。この経験を生かした仕事が本業でできたらとそう思い始めていました。繁忙期を超えたころ、トーマツでは早期退職募集を発表しました。私にとって、渡りに船でした。
私は、日本における子育てと介護という大きな課題と対峙すべく、ワークライフマネジメントの実現を本業にすることを決意し、佐々木常夫氏がいる東レ経営研究所に、転職することに決めました。
07
人生の目的と公認会計士という資格
トーマツでの会計士ライフは専門的知識を日々吸収し、過酷な中でも実務経験を積みながら、素晴らしい上司や先輩や仲間にも恵まれて、会計プロフェッショナルとして様々なスキルや知見を身に付けました。その基本的所作や知見は、様々なプロボノの場でも活きました。
例えば、煩雑な情報に振り回されず、情報や法規制の源泉まで突き止め、自分の頭で考え判断する力、
外観的客観的立場の発想で、データや証拠に基づく冷静な現状分析と改善提案力、
批判的機能も発揮させながらも、相手の立場や社会的意義も考えた視座の高い助言力、などでしょうか。
私のこれまでの前半のキャリアは、本業の会計プロフェッショナルと付属のプロボノ活動であり、その後のキャリアはこれが逆転し、本業がプロボノ的な活動、付属が会計プロフェッショナルとなりました。つまり、公認会計士の塚越学ではなく、塚越学には公認会計士もついているという状態です。
ただ、私の人生においてこれまでもこれからも、公認会計士という資格は私の大きな要素の1つであることに変わりはないと思っています。なぜならビジネスパーソンとしての基礎は、公認会計士の仕事の中で形成されていったからです。

08
これから成し遂げたい事、将来の夢
もともと、自分の子どもを守るための活動から始まった今の仕事です。
とくに、父親支援といった、いわゆる「イクメン」推進は、「イクメン」という言葉がなくなる社会の実現を目指したものでもあります。
子どもたちに引き継ぎたいバトンは、「イクメン」という言葉がなくなり、一人ひとりが自分の選択で自分の人生を実現できるダイバーシティ社会です。
AIやITCの進展で、より人と人が幸せに協業していけるため、仕組みを作り、それを妨げる課題に立ち向かう事業や仕事を今後もしていくのだと思います。
その課題への突破には、会計プロフェッショナルの知見が活きてくると思っています。

09
キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス
ここまでの私の生きざまを振り返ると、ワークもライフもすべてがキャリアになっていきました。
私は、キャリアにはアップもダウンもないと思っています。キャリアは私自身が命を燃やしてやってきたすべてであり、それが強みとなって次につながっていくからです。
そして、そのキャリアには、大切な人との出会いがあります。
私のこれまでのキャリアでも私に大きく影響した人が何人もいます。
もしかしたら、その人は、テレビの向こう側にいたり、本を読むことで知ったり、セミナーや勉強会に参加したときに講師として壇上にいる人かもしれません。
臆することはありません。その人のビジョンに共感したら、自分自身もビジョン達成に立ちはだかる課題解決に取り組む活動を真剣に始めてみてください。その活動の中で、その人にはない自分の知見を活かすことに集中しましょう。
気づいたら、その人は遠い憧れの人ではなく、同志やチームの仲間になっているかもしれません。そして振り返ると、そこには道ができていて、人はそれをキャリアと呼ぶようになるのです。
目の前の課題に真剣に取り組むこと、
自分の強みを磨きあげ実務で活かしていくこと、
出会いを大切にし、飲み会や勉強会だけでなく、同じ課題に一緒に取り組むことでその出会いを育むこと。
ワークもライフもすべてをキャリアにする、この決意と覚悟が必要なのだと私は思っています。


