
アンドシング株式会社
代表取締役
土肥 卓哉
どひ たくや
次世代リーダー育成の学校づくりに挑戦。あらゆる地域あらゆる職業の人が活躍する社会を目指して
1974年1月15日生まれ(52歳) 大阪府出身 大阪府在住
神戸大学 法律学部法律学科 卒業

01
キャリアサマリー
大原簿記専門学校会計士課にて、原価計算・管理会計の講師を担当。
監査法人トーマツ(現、有限責任監査法人トーマツ)に入社。法定監査業務、上場支援業務、財務調査業務等に従事。インチャージを務める。
トーマツコンサルティング株式会社(現、デロイトトーマツコンサルティング合同会社)に出向(2010年に転籍)。経営コンサルティング業務に従事。2012年からは、コンシューマービジネス業界に特化。シニアマネジャーを務める。
個人事業主として独立(DOHIXビジネスコンサルティング代表)。関西地域での次世代リーダー育成のため、企業研修、経営コンサルティングに加え、個人のキャリアコンサルティングに従事。
デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。M&A・再生支援業務に従事。シニアヴァイスプレジデントを務める。
“次世代リーダー輩出のための新たな学校づくり”に取り組むため、アンドシング株式会社(URL: <a href="http://and-sing.com" target="_blank">http://and-sing.com</a>)を設立。代表取締役に就任し、現在に至る。 著書に『ジブンノシゴトのつくり方 〜好きを諦めない働き方〜』(ギャラクシーブックス)がある。
02
監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
大学時代、就職活動に失敗したことから、卒業後に公認会計士試験を目指した。1回目の受験に失敗したのち、大原簿記専門学校にて非常勤講師と会計士受験生の二足のわらじを履いていた。2回目の受験で合格し、もう一年、大原簿記専門学校にて常勤講師を務めた。担当科目は原価計算・管理会計であった。
私は大阪出身であるが、一度は日本の真ん中で働いてみたいと思い、監査法人トーマツの東京事務所に入社した。国内監査部門に配属され、主に証券取引法監査(現在の金融商品取引法監査)、商法監査、学校法人監査などの法定監査業務に従事した。もともとIPO業務やFAS業務にも興味があったことから、上場支援業務や財務調査業務にも関与させてもらった。商法監査のインチャージも2社経験させてもらった。財務調査業務では、管財人である弁護士の方と一緒に仕事をしたり、対象会社の不正会計を目の当たりにするなど公認会計士ならではの貴重な経験もした。また、清算貸借対照表の作成では、“継続企業の前提がなくなった途端に、会社の資産価値は激減する”ということを実感した。
5年間、監査法人トーマツで監査業務を経験したのち、グループ会社であるトーマツコンサルティング株式会社に異動(出向後に転籍)した。私は、もともと経営コンサルタントになりたいと思っていたからだ。大学時代の就職活動でも、主に経営コンサルティング会社の面接を受けていたくらいである(トーマツコンサルティング株式会社を含め、全て不合格だったが)。また当時、家族の事情で実家のある大阪に戻る必要もあった。そこでこれをきっかけに、会社と地域の異動を願い出て受け入れてもらった。私の個人的な希望を快く受け入れていただいたトーマツグループの方々には、心より感謝している。

03
今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
2018年2月に、アンドシング株式会社を設立し、代表取締役を務めている。起業の目的は、次世代リーダーの輩出であり、目標は、そのための新たな学校(学びの場)づくりである。
私の祖父が会社創業者であり、父もその後継者として社長を務めていたことから、私自身も小学校の頃からいずれは自分の会社を創りたいと思っていた(父の会社を継ぐことはあまり考えていなかった)。
起業した現在から過去のキャリアを振り返ってみると、公認会計士になったのは、経営コンサルタントになるためであり、経営コンサルタントになったのは、起業家になるためであったと言える。
学校では、起業に必要な知識も経験もスキルも身につけることができない。会社員として就職したとしても、経営者に会ったり、経営に携われるようになるまでには時間がかかりそう。ならば、できるだけ若くして、経営者に会うことができ、経営に携われる機会を得られる職業に就きたい。また、かつて会社の設立には有限会社で300万円、株式会社で1000万円の最低資本金が必要だった。経営者に会い、経営に携わり、かつ起業に必要な最低資本金のお金を稼ぐことができそうな職業。その基準を満たす職業が、経営コンサルタントであり、公認会計士であった。
結果としてみれば、私のキャリア選択は正しかったと思う。
しかしながら、現在では会社の設立に必要な最低資本金は1円で済む(ただし、会社設立には数十万円の費用はかかるが)。また一方で、個人事業主として独立するのであれば、会社を設立する必要はない。したがって、いずれは自分で起業してみたいと思っている方は、私のように回りくどいキャリアを辿らずとも、一直線に“自ら会社を設立して起業する”ことも可能であるし、公認会計士以外の職業を極めて“個人事業主として独立する”ことも十分に考えられる。ただし、公認会計士が、若くして、経営者と会うことができ、経営に携われる機会を得られる職業であることは間違いない。
起業を目指している方は、自分のキャリアゴールを明確にした上で、そこに至るためのマイルストーンの一つとして公認会計士という資格の要否やその仕事を通じて得られる経験の要否を判断してみて欲しい。
04
あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
私独自の強みは、“未来志向” “戦略性” “最上志向” “着想” “責任感”の5つである(ギャラップ社のストレングス・ファインダーによる診断結果を援用)。
これら5つの強みを噛み砕いて説明すると、私は、“未来へのビジョンを描き”“そこに至るための道を直観的に見つけ出し”“自分の能力を最大限に活かしながら”“既成概念をひっくり返して”“やると決めたことをやり遂げる”人である、ということになる。
いま私は、アンドシング株式会社の代表取締役として、“次世代リーダー輩出のための新たな学校(学びの場)づくり”を目指している。また、その前提として、私は、自分のことを『開学家』と称している。『開学』とは、『教育』の対立概念である。『教育』が“(外から)人に教えて育てること”だとすれば、『開学』は“(内から)人の学びを開くこと”である。
いま私は、『教育』という分野(学校での教育に限らず、企業における教育を含む)で、まさに既成概念をひっくり返すことに挑戦している。また、100年後の日本の社会と経済のあり方を想像した上で、一部の特別な人だけがリーダーとして日本を引っ張っていくのではなく、あらゆる地域のあらゆる職業の人たちがリーダーとして立ち上がり、相互に協力しあうことで、それぞれの地域の社会と経済を成り立たせている状態を目指すべき、とのビジョンを描いている。アンドシング(&sing)という社名には、“ともに歌う”“安心する”という2つの意味を込めており、将来ビジョンが実現した状態を社名としても結晶化させている。
私独自の強みの発現は、公認会計士という資格とその仕事を通じて得られた経験の賜物である。また、その強みを活かせる仕事への就任は、これまでのキャリアにおける数々の素晴らしき人たちとの出会いの賜物であると信じている。

05
仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
私は、ある特定の瞬間に心が動いた、というよりは、仕事をする中で大きな時代の流れを感じ、心を動かされ続けてきた、という印象を持っている。
監査法人時代は、クライアントに対して在庫の評価損や子会社株式の減損など決算修正処理の必要性を説きつつも、「すでに終わった結果に対して指摘するだけでいいのだろうか?」「むしろ、今後このような良くない結果が生じないようにするために、何をすべきかをクライアントと一緒に考えるべきではないのか?」という疑問がふつふつと湧いてきた。そこで、過去に対する指摘ではなく、クライアントと一緒により良い未来を創るための仕事をしたいと感じた。そのために、経営コンサルタントに転身した。
経営コンサルタントになってみると、社長はとても孤独だ、ということを感じた。あるクライアントの社長は、経営会議の席で、他の役員に対して、「なぜできないんだ!」「なぜ(私が)言っている通りに現場が改善されないんだ!」と非常に苛立っていた。それは、怒りではなく、“社長が頭の中に描いているビジョン”が他の役員や従業員に伝わっていない、共有されていないことに対する苛立ちのように感じられた。その時に私は、“社長に見えていることと、他の役員や従業員に見えていることとの間には、大きなギャップがあるのだ”ということに気づいた。それはそうだ。社長は、つねに会社全体、グループ全体、経営全体を中長期的な視点から見ている。一方で、他の役員や従業員は、それぞれの担当領域(例えば、開発・製造・販売・管理など)を短中期的な視点から見ている。それは、どちらが良い、悪いということではなく、立場の違いであり、担っている役割の違いなのだ。それに気づいた時、私は、経営コンサルタントとして、「社長と他の役員や従業員が(暗黙的に)持っているビジョンや現状認識のギャップを埋めるために、何ができるのだろうか?」ということをつねに考えるようになった。
また、グローバル化を推進しているクライアントの仕事をしている時に、「このままグローバル化(海外進出)を推進していくと、日本国内の雇用や地域の雇用はどうなっていくのだろうか?」という疑問を持つようになった。生産拠点を海外に移す。販売拠点を海外に移す。そして開発拠点を海外に移す企業が増加していた。足元の日本国内においても、私が住み、働いている大阪(あるいは関西)から本社機能(経営企画やIRなど)を東京に移す企業が増加していた。地域から東京へ、東京から海外へ。経済合理性を追求しながら、企業活動はより外へ外へと広がっていく。と同時に、日本国内において中央集権化(東京集中化)が進んでいく。「このまま行くと、日本国内の雇用や地域の雇用は失われていくのではないか?」「私の子どもたちは、(希望するとすれば)地元で働くことができるのだろうか?」「もしかしたら日本国内で働くこともままならない状態になるのではないか?」と思うようになった。
・過去を指摘するのではなく、より良い未来を創る
・立場の異なる人たちが(暗黙的に)持っているビジョンや現状認識のギャップを埋める
・日本国内の雇用や地域の雇用を維持、創出する
これら3つの基本的な方向性を踏まえた上で、「私にできることは何だろうか?」と考え続けてきた結果として、いまのアンドシング株式会社の事業活動がある。
・それぞれの地域にいる、それぞれの職業の人たち、一人一人が“ジブンノシゴトをつくる”
・一人一人が次世代リーダーとして立ち上がり、地域の社会や経済を支え、創造していく
・そのための一つの基盤として、新たな学校(学びの場)が機能している
非常に漠然としたイメージではあるが、これがいま、私がアンドシング株式会社での事業活動を通じて実現していきたいことである。
06
公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
公認会計士という仕事は、他者に説明しづらい職業である。そのため、公認会計士であることに誇りを持てなくなる時期があった。
ある時、祖父の家に、親戚一同が集まった時があった。看護師である従姉妹は、病院で患者さんの看護をすることの大変さと面白さを、すごくわかりやすい実体験を挙げながら説明していた。その後、「卓哉くんはどんな仕事をしているの?」と誰かに聞かれた。私は、「企業の決算書が正しく作られているかどうかをチェックする仕事」と説明した。その時、多くの親戚がポカンという反応をしていた。私も全然伝わっていなくて残念というか、なんとも言えないなという気持ちになった。
また、2011年に起こった東日本大震災の時にも、公認会計士であることの意味を考えさせられた。当時、私は日本全国に店舗を持つ小売業の経営コンサルティングプロジェクトに関わっていたのだが、1ヶ月間ほどプロジェクトが中断した。クライアントの方々が、東北地方の従業員と店舗の復旧に全力を尽くすためである。この間、私たちに、できることはなかった。その時、「大災害時において、公認会計士である自分には何ができるのか?」と悩んだ。
このような経験をしたのちの2012年頃、私は公認会計士であることに誇りを持てなくなった。“私には何もない”という気持ちになった。
その頃から、私は、社外の人と積極的に会うようになった。会社員だけでなく、個人事業主の方々、NPOで活動している方々、起業家の方々、あるいは主婦の方々など。とにかく、公認会計士でもなく、経営コンサルタントでもない方々と出会いまくった。その結果、私が公認会計士という仕事を通じて見てきた世界、そこで私が関わってきた人たちは、非常に偏っているということに気づいた。この社会には、とても多くの職業があり、とても多彩な人々がいるのだ。そして、多様な職業、多彩な人々の側から自分の職業を捉え直してみると、公認会計士という職業は、様々な人たちのお役に立てる職業であるということに気づいた。
公認会計士の使命は、公認会計士法第1条に記載されている通りである。
“公認会計士は、監査及び会計の専門家として、独立した立場において、財務書類その他の財務に関する情報の信頼性を確保することにより、会社等の公正な事業活動、投資者及び債権者の保護等を図り、もつて国民経済の健全な発展に寄与することを使命とする。”
公認会計士が貢献する相手は、直接的には“会社等”“投資者”“債権者”であるが、最終的には“国民”一人一人が関わる経済の健全な発展に寄与することを使命としている。
いまでは、そのことが良くわかるようになった。
公認会計士という仕事に関連して深く悩んだ時には、社外にいる多様な職業の多彩な人々に出会うことが大切である。またその前提として、『公認会計士』という資格を持っていると、多くの人に無条件で信用してもらえる(少なくとも怪しい奴じゃないと思ってもらえる)。なので、自分から動く気になりさえすれば、すごく沢山の人と出会うことができるし、さらに様々な人を紹介してもらえる。それは公認会計士であることの大きな強みであると思う。
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人生の目的と公認会計士という資格
私の人生の目的は、“ともに歌う”ことと“安心する”ことに尽きる。ともに歌うことで安心でき、安心することでともに歌うことができる。つねに、挑戦するがゆえに安心でき、安心するがゆえに挑戦できる状態を自分の仲間とともに実現していたい。そして自分の仲間の輪の大きさは、ほんの数人でいい。一方で、自分の仲間の輪をしっかりと中心に置きながらも、“結果として”その輪の大きさが同心円状に広がっていったなら、とても嬉しく思う。
このような私の人生の目的において、公認会計士という資格は、一つの安心の基盤である。と同時に、挑戦の基盤でもある。
私個人の印象としては、公認会計士の資格を持つ人は、つねに挑戦する人たちである。精神的独立性と経済的独立性を両立させながら、批判的機能と指導的機能を発揮することで、現状を無条件に肯定することなく、かといって無条件に否定するのでもなく、つねにより良い社会と経済の実現に向けて、自らを研鑽し、周りを巻き込みながら、挑戦し続ける人たちである。
私自身が、つねに安心と挑戦を両立し続けられているのは、自らが公認会計士の資格を持つがゆえであり、またそれゆえに同じ資格を持つ素晴らしい仲間に支えられているからである、と信じている。

08
これから成し遂げたい事、将来の夢
アンドシング株式会社の代表取締役としては、次世代リーダーを100万人輩出したい。日本の人口が1億人強として、その約1%にあたる人数である。そのために次の時代に遺るような新たな学校(学びの場)を日本のそこかしこに創っていきたい。
いま取り組んでいるアンドシングスクール事業は、それを具現化するための一つの形であるが、はたしてどこまでの広がりを持てる事業にしていけるかは、まだ定かではない。その一方で私は、あらゆる地域のあらゆる職業の人たちがリーダーとして立ち上がり、相互に協力しあうことで、それぞれの地域の社会と経済を成り立たせている状態をビジョンとして描いている。
なので、自分の人生の中で、ほんの一つの地域(例えば、大阪)、ほんの一部の職業(例えば、公認会計士や経営コンサルタント)だけでもいいので、一つの目に見える成果を上げたい。また、その基盤となりうる新たな学校(学びの場)の原型(プロトタイプ)を創り出したい、と思っている。
そしてゆくゆくは、そのような小さくとも未来に繋がりうる基盤と成果が、地域を超え、職業を超えて、広がっていくことを夢見ている。
一方、私個人としては、シンガーソングライターとして食っていけるようになりたいと思っている。2025年には、武道館単独ライブの実現を夢見ている。そのために、いま(2018年)から毎年3曲ずつ、自作の曲を創り、ライブで発表していくことを目標としている。
アンドシング 株式会社の代表取締役としての活動と、私個人としての活動が、どのように繋がっていくのかについては、まったくの未知ではあるが、未知であるがゆえに、非常に大きな楽しみである。
ちなみに、現時点(2018年時点)では、アンドシングスクール事業において、『シンガーソングライター教室』を開講している。テーマは何であれ、教える人も、学ぶ人も、それぞれの人がそれぞれの立ち位置で、つねに“やってみたかったことをやってみる”ことに挑戦し、一歩でも二歩でも自分の道を切り開いてくれることを切望している。そして、私自身もつねにそうありたいと願っている。

09
キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス
いま監査法人や事業会社等に勤めている方で、「このままこの会社にいていいんだろうか?」という不安や悩みを抱えている方がいらっしゃれば、ぜひ拙著『ジブンノシゴトのつくり方 〜好きを諦めない働き方〜』(ギャラクシーブックス)を読んでみて欲しい。独立・起業を目指している方はもちろん、他の会社への転職や副業づくりを考えている方にとっても、参考になると思う(思いっきり宣伝です^^)。
一方、いずれは独立・起業したいと思って、いままさに会計士受験に挑んでおられる方、あるいはこれから会計士受験を目指そうとされている方は、前述の通り、自分のキャリアゴールを明確にした上で、そこに至るためのマイルストーンの一つとして公認会計士という資格の要否やその仕事を通じて得られる経験の要否をよく検討してみて欲しい。“何を得るために公認会計士になるのか?”がはっきりすれば、会計士受験に挑む意味が明確になり、やる気がみなぎってくるのではないかと思う。
公認会計士という職業を選ぶにせよ、他の職業を選ぶにせよ、一人でも多くの人たちが、他の誰でもない“自分自身の”夢を実現するために相応しい職業をつねに選択し続けていけることを心から願っている。
誰もがみな
“ともに歌い、安心できる”
そんな毎日が訪れますように♪


