
株式会社サンウッド
管理本部 取締役 管理本部長
澤田 正憲
さわだ まさのり
決めたキャリアをどうやって極めていくか。そのためにどれだけ努力をして、後悔しない人生を送るか。そのために全力で突き進んでいく。
1971年5月31日生まれ(55歳) 東京都出身 東京都在住
慶應義塾大学経済学部 卒業 1992年合格

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キャリアサマリー
公認会計士二次試験合格
太田昭和監査法人(現:EY新日本有限責任監査法人) 監査第4部→監査第1部兼金融部
株式会社シンプレクス・テクノロジー(現:シンプレクス株式会社) 執行役員CFO
同社 IPO(JASDAQ上場)
同社 東証一部上場
同社MBOにより上場廃止。同時に退職
株式会社サンウッド 取締役管理本部長(現任)
高校が附属高校だったこともあり、大学進学時の学部選択において、公認会計士を目指すことを念頭に経済学部に進学。大学1年生の終わりからTACに通い、公認会計士の受験勉強をスタートする。
大学3年で会計士試験に合格し、大学卒業後、太田昭和監査法人(現:EY新日本有限責任監査法人)に入社。
監査法人では、上場企業の監査を担当するとともに、IPOの仕事を経験。クライアント数社を上場に導く。
その後、部門ローテーション制度で金融部に移動するが、金融ビックバンの波に飲まれ、最大のクライアントを合併で失う。このタイミングで、これまでの仕事の中で一番面白かったことを次のキャリアにしようと考え、「それはIPOにかかわる仕事だ!」と結論付け、IPO準備のベンチャー企業(金融システム開発のシンプレクス・テクノロジー)に転職した。
シンプレクス・テクノロジーでは、執行役員CFOとしてIPOを実現し、その後東証一部に上場。13年間にわたって上場企業のCFOを務めた。在籍13年間で、売上高/営業利益ともに10倍以上(売上14億円→166億円、営業利益2億円→25億円)に成長させた。
2013年に同社がMBOにより上場廃止することとなり、同社を退職、半年間ニートとして充電期間。
2014年からは、経営再建中だったジャスダック上場のマンションデベロッパーであるサンウッド(8903JQ)の取締役管理本部長として、CFO業務を中心に、経営に携わっている。
サンウッドでは約6年で、入社時点で売上80億円前後、営業利益2億円前後の企業が、現在では売上110億円を超え、営業利益5億円前後を計上できるようになってきており、企業再建に手ごたえを感じている。
02
監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
1994年~1998年 EY新日本有限責任監査法人 監査第4部
最初の5年はいわゆる国内監査部門にいました。大手製造業の上場企業の会計監査が仕事の中心でしたが、当時は部門が業種別や機能別にわかれていない時代だったこともあって、中小企業や公益法人なども含めて幅広い仕事を経験させてもらいました。
たまたま当時の上司が、IPOの仕事をよく取ってきていました。新しい仕事を取ってくると、自分のチームから人を出して進めていくのですが、直属の上司ということもあって、ショートレビューやその後のIPO準備の仕事などにかかわる機会に恵まれました。
IPOの仕事はとても楽しかったです。監査の仕事は、「最終的には監査証明をつけて財務諸表の適正性を証明するという社会的な意義のある仕事」ではあるのですが、個別の作業はどうしても粗探し的な面があり、「これ間違ってますよね!」というような仕事になりがちです。審判的な要素が強くて、思いっきり仕事をすればするほどクライアントからは煙たい存在になってしまうというもどかしさがあり、気持ちの中では少し引っかかりがありました。
一方で、IPOの仕事は、成果を出せばクライアントであるお客様が素直に喜んでくださいます。また、クライアントがどんどん成長していくという過程を見ることもあります。この点でとてもやりがいを感じられる仕事でした。
IPOの仕事は、決してルーティン業務ではないし、いろいろなことも勉強しなければならない。会社によっては、中がぐちゃぐちゃで残高が常に合わないといった尋常でない苦労も経験します。会計士としての馬力を試される局面が多くてしんどいことも多いのですが、クライアントに喜んで頂ける楽しみは他では得られない満足感がありました。
1998年~2000年 EY新日本有限責任監査法人 監査第1部(兼金融部)
当時は、ある一定程度の年次になると部門ローテーションがあり、1998年に金融系の部門(翌年に金融部として分離)に移りました。当時のメインのクライアントはメガバンクだったのですが、ちょうど金融ビックバンの波で、合併によってメインのクライアントを失うことがほぼ確実な状況になりました。担当していた最大のクライアントを失うと、短期的には社内失業のような状況になるし、将来にも不安が生じてきました。そんなこともあり将来の方向性を考えるきっかけとなりました。
実は、会計士試験の勉強をスタートした時からこの頃まで、将来のキャリアをちゃんと考えたことがなく、監査法人でずっとやっていくんだろうくらいに思っていました。
改めて自分の将来のキャリアパスを見直した時、自分は何をやりたいのだろうと真剣に悩みました。その結果、これまでの仕事の中で一番面白かったこと「それはIPOにかかわる仕事だ!」という結論に行きつきました。
会計監査の仕事は、野球で言えば「審判」のような立場の仕事です。また、IPOの仕事は面白かったのですが、コンサルタントとして外部の立場から関わるのでは「応援団」であり、「プレイヤー」ではないのです。だんだんと「プレイヤーとして自社のIPOを実現し、会社のメンバーと一緒にあの感動を共有したい」という夢を持つようになりました。その結果、IPOを目指す事業会社へ転職しようという決意を固めました。
2000年~2013年 株式会社シンプレクス・テクノロジー(現:シンプレクス。以下「シンプレクス」)
転職先は、シンプレクス・テクノロジーという社員40名ほどの金融系システムのベンチャー企業です。私の組織内会計士としてのキャリアはここから始まりました。
日経新聞の広告で、「IPO準備責任者を募集」とシンプレクスが募集広告を出しているのを見て、(一応WEBサイトも見て)何となくこの会社面白そうだなと思い応募し、採用されました。友人からは今でも奇跡だと言われています(笑)。
当時はベンチャー企業に公認会計士が転職した事例はほぼ無くて、周囲からも随分と心配されましたが、3年やってダメなら監査法人に戻れば良いかと考え、思い切って転職をしました。
入社後、最初の仕事はIPOの実現です。利益は上場基準に達していたものの、内部管理体制はほとんど構築されていない状況でした。監査法人時代の経験でなんとかできるのではないかと思っていましたが、外部からアドバイスするのと、実際に中に入って仕事をするのでは大きく異なっていました。
なにが異なるのか。例えば、監査法人時代のクライアントは、内部管理体制が弱いものの、データは社内にあることが前提で、アウトプットされたデータをどう加工するかの問題でした。
しかし実際に自分で組織内会計士としてIPOを目指すと、そもそものデータが無いのです。まずこのデータをどうやって収集するかという仕組みの点から考えていかなければなりません。自分自身の勉強不足を痛感しました。が、必死にキャッチアップし、1年半後には無事にIPOを実現することができました。
シンプレクスは入社後大きく成長し、2002年にIPOを実現してジャスダックに上場、2005年には東証一部に上場することができました。シンプレクスには、約13年間お世話になりましたが、この間に売上高は14億円から166億円、営業利益は2億円から25億円と10倍以上に成長し、東証一部上場企業のCFOとして本当に貴重な経験をさせてもらいました。
企業が成長すると様々な問題に直面します。またIR、M&A、海外進出、人事制度改革、新規事業など新しい知見を得るチャンスも増えます。
僕は30代前半で、上場企業のCFOとして、そして経営陣の一員として多くの経験ができたことは本当にありがたい経験をさせてもらえたと感謝しています。そしてこの体験が現在の大きな礎となっています。
2013年、同社はMBOをして上場廃止することとなり、このタイミングで私は退職しました。
2014年~ 株式会社サンウッド
半年ほどの充電期間の後、再就職したのはサンウッドというジャスダックに上場するマンションデベロッパーでした。
サンウッドは、都内を中心に高級新築マンションを開発販売している会社ですが、リーマンショックにより、会社の業績は大きなダメージを受けていました。
シンプレクスではIPOを経験し、その後の企業の急成長に立ち会うことができたので、サンウッドでは、業種もIT→不動産業と大きく異なり、急成長企業→企業再建という全く異なるステージの企業でチャレンジしてみたいと考えました。
サンウッドでは約6年仕事をして、入社時点で売上80億円前後、営業利益2億円前後の企業が、現在では売上110億円を超え、営業利益5億円前後を計上できる体質になり、企業としてのステージが一段上がってきており、企業再建に手ごたえを感じているところです。

03
今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
現在は、取締役管理本部長というポジションですが、いわゆる上場企業のCFOの仕事が中心業務です。担当部門は、経理・財務・経営企画・広報IR・人事総務・システム・WEBマーケティング・内部監査です。しかしそれだけではなく、経営メンバーの一人として、マンションデベロッパーの本業である営業/建築/開発(仕入)といった業務にも精通しなければなりません。
管理部門を中心に、企業経営全般を担当しているというイメージです。
04
あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
「運と体力?」といってしまったら元も子もないですね(笑)。
人よりも秀でているのは、「瞬発力」だと考えています。
瞬発力は、初見の業務に対する理解が早いという点で優位性を発揮しています。前職はIT企業、現在は不動産業と真逆な業界にいるわけで、いろんな人に驚かれるのですが、業務面での理解はあまり心配していませんでした。業種特有の業務は半年もあれば十分にキャッチアップできると思っていたからです。
瞬発力は、その他にも早期にリスクを察知する能力なんかにも生かされています。
もちろん、ここ一番での運を感じる場面も多いです。また、体力もあって、何時間でも働けて遊べることも強みではあります。強い体に産んでくれた両親に感謝しています。

05
仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
ヤフー掲示板等で、「澤田さんがいる限りこの会社を信頼し、投資し続ける」といってくれる個人投資家がいたことですかね。
非上場企業ではステークホルダーはお客様と従業員がその大半を占めますが、上場後は弊社に投資してくださる多くの一般株主の方がステークホルダーに加わります。ステークホルダーの数が100人規模から、一気に1万人規模にアップし、社会的な責任も大きなものとなります。株主の大半はお会いしたこともない方なのですが、そういった方に信頼して投資して頂けるのは経営者として本当にうれしいことです。
従業員、お客様、株主といった広いステークホルダーに満足していただけることに喜びを感じて仕事を続けています。
(もう一段企業が成長すると、社会とか環境とかが重要なステークホルダーに加わるのですが、残念ながらそのステージに到達できていません。今後の課題です)
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公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
元々、自分の会社のIPOを実現したいという思いで転職し、組織内会計士(CFO)になったという経緯もあり、シンプレクスにおいて、実際にIPOを実現した後、しばらく目標を見失って悩んでいた時期がありました。
考えられるキャリアプランは、「退職してまた別の企業でIPOを実現する」、または「シンプレクスという企業で骨を埋める」という選択でした。
この思いはあるきっかけで吹っ切れました。
上場するとIR(投資家向け広報業務)という仕事がCFOの中心的な業務の一つになるのですが、そこでミーティングをする相手は機関投資家です。機関投資家は、財務諸表を見て投資判断をするわけですが、財務諸表の利用者を初めて目の当たりにしたのです。監査法人時代は、財務諸表を監査(チェック)するという仕事をしていたにも関わらず、どういう人が利用しているのかという点に思いが至らず、規則や事例を守るという点に縛られてしまい、利用者の視点が欠けていました。
IRを通じて、実際の財務諸表の利用者であるリアルな機関投資家と直接対峙して、監査法人時代の仕事は財務諸表利用者が利用したいものを提供するという目的意識をもって仕事ができていなかったと反省しました。
また、事業会社での組織内会計士は財務諸表を作る立場です。
(作る)事業会社での組織内会計士、(チェックする)監査法人、(利用する)機関投資家。すべての目線を持つことによって、公認会計士の資本市場における存在価値がもっと高められるのではないかと感じ、IRの仕事を極めていきたい気持ちが高まりました。
また、IPOを実現した時点で僕は30歳だったのですが、30歳で上場企業の経営に携われるのは大きなチャンスだと思えたし、会計知識+経営力を高めることで、自分自身の付加価値が高められるのではないかと考えました。
こんな経緯もあって、上場企業のCFOを極めるところまでやってみようという気持ちに切り替えることができたのです。
なお、IRにおいては、IR優良企業奨励賞(新人大賞に該当)を受賞し、IR協議会で講演する機会にも恵まれ、一定の成果は出せたと自負しています。
07
人生の目的と公認会計士という資格
人生の目的というほど大げさに考えたことがないのですが、僕の人生のモットーは 「全力で、自由に、楽しく。」です。
実現可能なことは常に全力で取り組み、目の前のことに結果を出し続けること。また、自由を得るためには、実力と結果が求められます。
一方で、30歳から上場企業のCFOとしてのチャンスをもらえたのは、公認会計士という資格があったからこそであり、スタート地点で有利に立てたという点で公認会計士資格に感謝しています。ただ、スタート地点が有利だからといって、結果が得られるというものではなく、公認会計士資格は、あくまでも入場券のようなものだと思っています。

08
これから成し遂げたい事、将来の夢
まずはいま携わっているサンウッドの経営再建を確実なものにしたいと思います。
そしてそのうえで、「澤田が経営に携わる企業は全て良い企業になる」そんなブランドが作れたら最高の栄誉ですね。そしてそのブランドは澤田個人だけではなく、公認会計士でCFOのメンバーたちと作り上げていって、ここの“澤田”という部分が“公認会計士”に置き換えていければ、それはもっとうれしいことです。
「公認会計士が経営に携わる企業は全て良い企業になる」
この目標のためにCFOの同志とともに頑張っていきたいですね。

09
キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス:キャリアはひとつしか選べない。決めたキャリアを全力で突き進もう!
この年齢になって改めて思うことは、キャリアは一つしか選べないということです。
公認会計士のキャリアパスは複数あるし、正解は永遠にわかりません。
僕はシンプレクスをIPOさせたあと、会計専門家の道を諦めて、企業経営を極めるという選択をしたわけですが、この選択が正しい選択だったのかどうかはいまでもわからないし、永遠に答えは出ないのでしょう。
公認会計士試験合格が全てのパスポートという時代は既に終わりに近づいていて、最終的には資格だけでなく本人の実力が問われる時代になってきています。会計士の能力は高い。特に計数能力は圧倒的に高く、これをビジネスに使えばチャンスはたくさんあるでしょう。
決めたキャリアをどうやって極めていくか。そのためにどれだけ努力をして、後悔しない人生を送るか。
そのために全力で突き進んでいく。ただそれだけです。


