会計士の履歴書
三木 孝則

株式会社ビズサプリ

代表取締役社長

三木 孝則

みき たかのり

ベテラン会計士でタッグを組みクライアントのあらゆる経営課題に全方位で応える

1975年11月27日生まれ(50歳) 神奈川県出身 神奈川県在住

東京大学 経済学部 卒業 1997年合格

三木 孝則

01

キャリアサマリー

1997

青山監査法人(現あらた監査法人)入所 →会計監査、IT監査の経験を積む

2003

監査法人トーマツに転職 →内部統制や業務改善のコンサルティングに従事

2010

監査法人トーマツを退職し現職へ

1997年に公認会計士2次試験に合格し、まずはたくさん経験を積める会計事務所に行こうと考えました。そこで選んだのが、当時の大手監査法人の中では唯一の外資系と言われていた青山監査法人でした。従事した仕事はオーソドックスな会計監査が中心でしたが、2年目から主査業務を任される噂にたがわぬスパルタぶりで、英語を使う仕事も多く、在籍した4年半で倍以上の経験値を叩き込まれました。

監査法人トーマツでは監査以外のコンサルティング業務に携わりました。トーマツに転職した時期はちょうどUS-SOXの法制化が検討されている時期で、先兵として対応方法の試行錯誤をすることができました。今は対応方法が確立されているSOX対応も、誰もやったことがない状態からの生みの苦しみや喜びを味わうことができました。また、SOX対応を機にクライアントの業務改善の相談を受けることも増えてきて、総合的なコンサルティング力を身につけていきました。

その後、2010年の秋に独立し株式会社ビズサプリを立ち上げました。当初は1人で業務をしていましたが、大組織と違う身軽さを感じる一方で、大きな仕事や苦手分野の対応が難しい場面も出てくるようになりました。そこで今は6名の会計士でゆるいグループを組み、事務所を共有して、顧客の様々な経営課題に全方位で応えることができる体制を取っています。

02

監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ

会計士合格から30代前半の時期は経験を積むことを重視し、どんどん若手に仕事を任せてくれるところを選びました。
そこで青山監査法人で会計監査を4年半経験し、徐々に会計監査以外の経験(IT関係やコンサルティングなど)も経験を積みたいと考えるようになりました。ところがタイミングが悪く、青山監査法人が別の大手監査法人と合併し、身動きがとりにくい社内事情となってしまいました。そこで思い切って監査法人トーマツのERS(Enterprise Risk Services)という部門に転職を決めました。

監査法人トーマツでは殆ど監査はせず、非監査先へのSOX対応支援、内部監査のコソーシング、システム導入時の管理機能の構築支援などコンサルティング業務ばかりやっていました。会計監査は作業内容がだいたい決まっており、監査先がそこに口を出すことはありませんが、コンサルティング業務では何をやるかが明確でないことも多く、ゴールを顧客と調整しなければなりません。顧客自身にアイデアが無いこともあります。そうした中で、企画力や分かりやすいプレゼンテーション技術、顧客目線での思考、大きな組織を動かす力学といった総合的なコンサルティング経験を積むことができました。

監査法人トーマツでの仕事は性にあっていたのですが、私の活躍もあって(??)ERS部門が拡大を続け、数百人規模となると窮屈さを感じるようになり、私自身もポジションが上がるにつれて現場より管理業務の比重が増えてきました。30代半ばに差しかかっていた私は、自分がやりたいのは何なのか悩んだ末、窮屈な思いをしてパートナーを目指ことではないと開き直り、2010年に独立を決意しました。

三木 孝則さん

03

今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス

今は大きく分けて3つの立場を持っています。
まず株式会社ビズサプリという会計コンサルティング会社の代表として、IPO支援、IFRS導入支援、内部統制構築支援など様々な業務を受けています。

次に合同会社ビズサプリグループの代表社員という立場があります。これは6名の会計士で事務所を共有し、ネットワークを組むための共同出資会社です。この密につながる6名のネットワークがあるからこそ株式会社ビズサプリの業務が上手く回るようになっています。例えば最近も、ブロックチェーン技術に詳しい人が必要なことがあり、自力では探すことができなかったのですが、6名のネットワークの中から専門家を紹介いただくことができました。

最後に個人事業で会計監査の手伝いをしています。この会計監査は、最低限の安定収入の確保と、最新の会計・監査の制度から取り残されないための勉強になっています。

04

あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性

他の人からはロジカルと褒められ、なぜか妻からは理屈っぽいと文句を言われます。学生時代の得意科目は数学でしたが、数学ができる文系はニッチなので受験で有利に違いないという大胆な(?)発想で大学受験では文系を選びました。

ロジカルな面は仕事で役立ちますが、数学が得意だから文系という発想も、案外自分のキャリアに影響しているなと感じます。
例えば、私が独立開業した時期はリーマンショック後で景気が悪く、こんな時に独立しても仕事がないと反対意見もいただきました。一方で私は、いま独立してやっていけるならその後も大丈夫だろうとか、競争相手が少ないだろうとか、いま営業活動を仕込めば景気が良くなる頃にダッシュできるだろうとか考えていました。

そんな裏読みの結果として今の仕事に落ち着いています。当たることも当たらないこともありますが、お陰で面白い仕事人生を歩めてきています。うまくキャリアを積んでいけば公認会計士は失業をそこまで恐れなくても良いですし、独立すればなおさら自由です。

会計士でなかったら研究者になっていたかなと思うこともあります。自分なりの理屈や考え方を実践できる自由な環境を求めて今の仕事に落ち着いていると言えるかもしれません。

三木 孝則さん

05

仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間

最初の仕事経験が一番印象深いです。
大学4年生の時に会計士試験に通ることができ、卒業まで非常勤で勤務していました。短い研修期間を終えて初めて向かう監査現場は工場の棚卸立会で、そこに新人ながら一人で監査に行かなければなりませんでした。

いくら会計を勉強したとはいえ、名刺交換も初めてだし、何を聞いていいかも分からない学生です。その時の監査の主査に相談したところランチ会を企画してくれ、作業の順番から立ち振る舞いまで細かく教えてもらいました。不安一蹴まではいきませんでしたが、現場経験ゼロの若者が1人で棚卸の立会をし、工場長を前に講評まで実施することができました。

この主任には感謝しかありません。仕事を教えてくれたこと以上に、仕事のスタイルを方向付けてくれた恩人です。今も私の理想の仕事スタイルは、きっちり説明をして、思い切って任せること。20年たった今でも折に触れ思い出すし、忘れてはならない最初の一歩でした。

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公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか

多くの会計士の方が経験することかもしれませんが、目の前の顧客と良心のどちらを優先するかで悩むことがあります。会計監査でいえば、監査先が粉飾ギリギリの会計処理をしてきたとき、それをアウトとするかセーフとするかといったケースです。はっきり粉飾ならアウトと言えば済みますが、そこまでではない場合は監査先も「なんでダメなのか」を詰めよってきます。

私自身も何度かこうしたケースにぶつかり、悩みながら対応してきましたが、対応を重ねるうち、自分なりに”先”が見えるようになってきた気がします。最初のうちは、目の前の担当者しか見えていませんでした。経験を積むうちに、担当者は良くても会社としてはどうなのかに目が行くようになりました。これからは、社会の中でどうなのかも知見を深めていきたいと考えています。結果論ですが、遠くを見ることで近くの問題を乗り越えてきたと言えるかもしれません。

07

人生の目的と公認会計士という資格

私が中学生の時にバブル経済が崩壊しました。公認会計士2次試験に合格した年に山一證券が破綻しています。経済がイマイチな中でキャリア形成を考えたため、経済が低迷していても戦える武器として公認会計士を目指しました。要は食いっぱぐれない手段として選んだだけで、受験の時にたいそうな目的があったわけではありません。
むしろ目的は合格後にわいてきました。受験勉強中は「経済社会の発展に資す!」なんてお題目と感じていましたが、実際に仕事をし、特に独立開業してからは、公益性の高い仕事という印象が強くなりました。

私のクライアントで、会計基準で定めるセールアンドリースバックにぎりぎり抵触しない契約条件を作って相談してきた会社がありました。セールアンドリースバックなら金融取引として負債、そうでなければ売上になるので大違いです。業績が苦しかった会社は、一発逆転のカンフル剤としてこの商品企画をし、会計監査でNGとされないための知恵袋を私に求めてきたというわけです。
このケースでは、そもそもそうした企画自体を止めるように働きかけました。うまく行けば売上を大幅アップできますが、それはほぼ確実に後日返金しなければならない隠れ借金です。私が監査をパスするための知恵袋になれば社長は喜んだかもしれません。しかしそれは株主や社員に対しては背信ですし、長期の隠れ借金を背負うことは何より会社のためにならないと考えました。

このように、単純に目の前の人を喜ばせるだけでなく、会社を正しい方向に向かわせること、それを積み重ねて微力ながら経済を正しい状態に保つこと。それが仕事人生の目的であり、そういう動きができるのが公認会計士の強みだと思っています。

三木 孝則さん

08

これから成し遂げたい事、将来の夢

悠々自適な生活を夢見ていますが、いまだに現場で動き回っていないと落ち着かない性分で、のんびり暮らすのはまだまだ先になりそうです。
職業人としては、日本企業を数字に強くしたいと願っています。ゴールのない戦いですから、成し遂げるというよりいつまでやるかだけが問題ですが、少なくとも子供が社会人になるまでは、職業人としての背中を見せたいと思っています。

日本は経済規模に比べて会計士の数が少ない国です。企業内会計士も増えてきたとはいえ少なく、数字に強いビジネスパーソンが足りていません。企業の数字力が低いと、例えばM&Aなどの取引で交渉力が不足したり、数字に基づく管理ができないなど、知らず知らずのうちに損をすることも増えます。
一方で、実力はあっても営業機会に出会えなかったり、プレゼンテーションが上手でなく損をしていたり、女性で出産・育児後にプロフェッショナル職に戻るきっかけを得られない会計士もいます。

この両者をマッチングさせることで、日本企業が数字に強くなる手助けができます。
ビズサプリという会社では、プロフェッショナルを必要とする会社と、まだ埋もれているプロフェッショナルをどんどん結び付けたいと思っています。今はこの活動をできる限り推進していきたいと思っています。

三木 孝則さん

09

キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス:何を目指すにせよ自分のスタイルを知ろう

会計処理に正解がないように、キャリアの選択も正解はありません。

計画的・着実な性格であれば受験勉強もスケジュール立ててやるのが良いでしょうし、その後のキャリアもギャンブル性の高いものは向かないでしょう。ヤマっ気が強く火事場のクソ力があるなら自分を追い込む受験勉強が良いでしょうし、繁閑の差が大きい仕事が向いているかもしれません。

一般的には年齢が上がるほどキャリア選択の幅は狭まっていきます。ところが会計士は合格後もキャリア選択の幅が案外広く、軌道修正ができます。これはつぶしがきくので有難いのですが、脈絡のない転職を頻繁に繰り返しキャリアが迷走してしまう人もいます。食事のメニューが多すぎて選べないまま時間が過ぎていくようなものです。

是非とも、自分の性格やスタイルをつかんでキャリアを考えていただきたいと思います。幸い今は様々な性格診断や自己分析の場もあります。場当たり的でも何とかなってしまうのは会計士の良いところですが、キャリアも場当たり的に選ぶだけでは、あとで苦い思いが残る気がします。

生きるためにはお金は必要で、ビジネスの成果はお金で図られます。でも、お金があれば満足なキャリアとも限りません。喜劇王のチャップリンは、人生で大切なのは「愛と勇気とちょっとのお金」と言いました。お金だけの尺度ではなく、自分の性分にあったキャリアを是非目指していただきたいと思います。