
アライドアーキテクツ株式会社
経営企画室 経営企画室長兼コーポレート本部長
大野 聡子
おおの さとこ
自分の特性を生かして人や世の中に貢献するためにこの世で生かされている
1970年代生まれ 東京都出身 東京都在住
早稲田大学商学部 卒業

01
キャリアサマリー
朝日監査法人(現 有限責任あずさ監査法人)入社
公認会計士登録
長女出産
仕事復帰、品質管理部へ
金融事業部へ異動
ピクスタ株式会社常勤監査役就任
ピクスタ株式会社常勤監査役を任期満了で退任 アライドアーキテクツ株式会社経営企画室長就任
アライドアーキテクツ株式会社経営企画室長兼コーポレート本部長就任
育休や時短などの制度はかろうじてあったものの、育児をしながら働くことに対する世の中の理解も今よりずっと低かった時代にワーキングマザーとなり、加えてリーマンショックなどの時代の変化もあり、なかなか思うようなキャリアを築くことができず、監査法人時代は葛藤と諦めの日々でした。しかし、転職後は納得して選択してキャリアを歩んでいるという実感があり、大変なことがあっても自分で決めたことだからと仕事を前向きにとらえられるようになりました。
振り返ってみると、辛かった時代もそして今も、とにかく「人」に恵まれ、周囲の理解と協力、そして素晴らしいご縁に恵まれたことで、今は後悔のない人生を送ることができています。
02
監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
監査法人に入社してから、3年間は日本全国に拠点をもつ製造業のクライアントをメインで担当し、北海道から九州まで1年の1/3は出張する日々を過ごしていました。おかげでプライベートでは、新幹線と沖縄便以外の国内線の飛行機に乗ることはなくなりました。その後、当時の三次試験(今の修了考査)を受け、本当はM&Aの世界に行きたかったところ、合格発表とほぼ同時に妊娠が発覚したため、出産後は監査法人の品質管理部へ異動。監査法人に勤める会計士なのに、毎日同じところに通う「サラリーマン」となりました。その後も何度か転職を試みるも、子育て中で時間に制限があったことやリーマンショックなどの時代の変化により、転職も叶わないまま数年を過ごし、そうこうするうちに監査現場に戻れとの命令で、金融事業部へ異動。金融事業部ではそれまでまったく縁がなかった銀行や証券会社の方々と接するのが新鮮で、またマネジャーとしてある程度の責任と権限と自由が与えられ、そこそこ楽しく数年過ごしていたところ、先の昇進が見えたところでふと、「あと20年、この人たちとこのヒエラルキーのままで過ごすのか…」と気づいた途端に、「気力体力があるうちに、新しいチャレンジがしたい」という気持ちが強くなり、いよいよ本気で退職を決意しました。
退職を決意したところまでは良かったものの、転職なんて人生で初めてのことで、転職にあたって検討すべき要素も分かっていなければ、その中で自分が何を一番大事に思っているのかとエージェントの方に聞かれても、まったく答えられないという状況に陥りました。その挙句、エージェントの方に「今のままでいるというのが、一番いい選択肢なのでは?」とまで言われてしまう始末でした。それでもやはり、新しい環境に身を置いて違う人生を歩んでみたいという一心で動いていたところで、TAC時代からの親友の上司の方がIPOコンサルとして独立されており、IPO前のベンチャーの監査役というポジションをご紹介いただきました。
監査法人時代には、ベンチャー企業の監査に携わったこともなく、転職にあたって報酬が減ることは避けたい最大のポイントの一つであったにも関わらず、逆にあまりにも想定外だったせいか、なぜか気持ちを動かされてベンチャー企業の監査役というポジションに就きました。結果的にその判断は大正解、役員は監査法人以外の世界を知らなかった「蛙(かわず)」な私を、リスクを取って受け入れてくれた上に、入社後1年で東証の鐘を鳴らす機会に恵まれ、M&Aも当事者として検討段階からPMIまで経験、そして会社のマネジメントの楽しさと難しさを経験させていただき、充実した4年半を過ごさせていただきました。
そしてIPOから3年半が経ち、会社の体制も整ってきたところで、私自身の役目は果たしたと実感し、新たなチャレンジをすべく任期満了で退任することとしました。

03
今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
今は、マザーズ上場会社で経営企画室長兼コーポレート本部長をしています。管理会計と財務会計の両方の責任者というポジションです。正直なところ、管理会計と財務会計の両方を見るのはなかなか大変ですが、「中の人」になって、会社を数字の面からは全部見え、経営陣の一番近くで会社を見ているので、ものすごくやりがいは感じます。「会社は生き物」というのを心底実感しています。
今のところ、カバー範囲はだいぶ広くなり
経理:伝票入力(!)、月次決算、四半期期末決算、開示一通り(開示資料の修正も含む 笑)、J-SOX
経営企画:月次の数値報告資料作成、各部子会社との連携、予算策定
その他:取締役会運営、監査役会事務局、株主総会の議案作成、招集通知作成、想定問答作成から総会当日の運営、事務局対応、内部監査、IR資料作成と株主対応
他にも名もなき仕事がたくさんありつつ、あと足りないのは資金調達だけかなという感じです。
この経験が次のステップでどう生かせるのかは分かりませんが、とりあえずValue Upはしているものと信じて、日々仕事に邁進しています。
04
あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
独自の強みといえるかわかりませんが、「人」に恵まれているということの中に、他の会計士の皆さんとの繋がりがあると思います。監査法人から出てみたら、むしろたくさんの会計士(もちろん会計士以外の人達も)と出会う機会が多く、驚くほど狭い世界にいるのだと実感するくらいでしたが、ネットワークを広く持てることは幸せだなと思っています。
私は、監査役に就任して間もなく、「女性」「監査役」「IPO準備中のベンチャー」「会計士」という共通点を持つメンバーと勉強会を立ち上げました。監査役になって女性監査役の会に参加した際、周りは有名大企業の方々ばかりで、会社の体制も整っていない、取締役会の運営も手探り、監査役監査は何をどこまでやっていいか分からない状態の私は場違いな感じでした。しかし、その会で名刺交換をさせていただいた人の中に、同じくIPOを目指す会社の監査役で会計士という方が何人かおり、すぐに意気投合し、勉強会(という名のお悩み相談)でCPEを稼ぎつつランチを食べるというおいしい企画を打ち立てました。
よく「社長は孤独だ」といいますが、監査役も孤独です。言いたいことをすべて言えるわけではなく、かといって手出しをすることはできず、また会社法や金商法といった観点で経営を監視できるのは自分だけ。取締役同士は創業時からの仲間なのに、自分は外様で取締役の輪には入りきれない。でも会社で相談する相手はいない。そんな状態だったところ、守秘義務という概念をもった同じ立場の会計士との話で盛り上がらないわけはありません。
勉強会は当初5-6人で始めたのですが、友達が友達を連れてきて、1年後には15人にもなりました。人数が増えた分、いろいろな事象が話題に出て多くの事例を知って本当に勉強になりましたし、困った時には誰かがヒントをくれるか助けてくれるという関係性ができ、私の職務を全うできたのもその仲間があってこそだったと、今でも心から感謝しています。その基盤こそが、私自身の強みになっていると信じています。
今、その勉強会の人数はさらに増え続け、初期メンバーから数えると4-50人にまで達しています。私自身は監査役を辞したのでOGというポジションですが、自分が作った場が、会計士同士の交流と相互に高め合う場になっているのであれば、少しは業界の活性化に役に立っているのかなと思うと、本当に幸せです。

05
仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
原体験として大きかったのは、スタッフの頃に自分がクライアントに提案したことを受け入れていただき、その結果、経理部長さんに「おかげで仕事がしやすくなったよ」と言われたのがものすごく嬉しかったことです。当時は本社と支店、本社と子会社で異なるフォーマットで報告書を作っていることが多かったのですが、支店と本社の経理担当者が苦労されているのを見て、「本社のこのフォーマットで統一されたらいかがですか」と提案したのです。今となっては当たり前のことですが、なかなか支店にまで目が届かない経理部長さんには驚きだったようで、逆に私としてはスタッフの話を素直に受け入れてくださった経理部長さんの対応に感激しました。会計士としてというよりは、社会人として、関わる人の助けになれたことこそ喜びだと実感した瞬間です。
会社の中の人になった今、その原体験があること、そして担当してくださる監査人の皆さんとは広い意味で先輩・後輩の関係にあることから、監査人の皆さんのご指摘は真摯に受け止める一方でこちらからの情報提供も丁寧に行うことを心掛け、適度な緊張感を持ちつつ良好な関係を築くように心がけています。
06
公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
監査役退任後のキャリアの選択、それこそが会計士人生の中で一番悩みました。
まずやったことは、先入観や自分の希望は一旦置いておいて、考えられるたくさんの業種、立場の方々に話を聞き、選択肢を増やすだけ増やしました。そこから、自分が転職にあたって重視したいポイントを縦軸に、考えられる仕事を横軸にして比較表を作り、そこから絞っていきました。その結果、「会社の中の人になりたい」という思いが強いことに気付き、CFOか経営企画的なポジションで探し始めました。というのも、監査役の経験を通じて会社経営(特にベンチャーであれば安定性と成長性のバランスを取りながらチャレンジしていくこと)の大変さと面白さを知った一方で、監査役では口や手を出せる範囲が限られていることのもどかしさが残ったことが大きな要因でした。
そうして方向性が決まったのは良かったのですが、そのポジションで探し始めると一番大切な要因は「その会社のマネジメントとの相性」の1点。やはり「仕事の内容」より「人」の要因は本当に難しいと感じました。ベンチャー企業を中心にいくつか会社を当たりましたが、経営陣との年代の差や会社のステージと私が果たせる/果たすべき役割が合っていないことなどで、なかなか先方と私の両者が「一緒にやっていきましょう」に思える会社を見つけることができませんでした。
結果として、今の会社は、TAC時代からの友人の紹介だったのですが、マネジメントの方々と話をするテンポが一致し、一番スムーズに話が進んだことで決めました。中に入ってからは、先述のとおり、なかなか大変ではあるものの、この年齢なのにまだいろいろ教えていただいたりチャレンジさせていただける環境があり、やりがいを感じられる日々を過ごせることは幸せだなと思っています。
07
人生の目的と公認会計士という資格
人生の目的というか、生きている意味というと大げさかも知れませんが、中学高校とカトリックの学校にいたせいか、「自分の特性を生かして人や世の中に貢献するためにこの世で生かされている」と思っています。その意味で、公認会計士の資格は「専門性をもって資本主義社会の経済活動に貢献する」という点で、何となく使命を果たしている気になっています。
とはいえ、公認会計士という資格を知ったのは大学生になってからですし、そもそも資格を取ったのは、大学生の頃に自分に一番向いていないのは専業主婦という職業だと悟り、バブルも崩壊していたことから、資格を取れば何とか専業主婦にならずに生きていけるかも知れないという、非常に打算的な発想によるものだったので、偉そうなことは言えません(笑)。
今は、公認会計士というタイトルを超えて、タイトルがなくても「この人と仕事がしたい」「この人ならやってくれそう」と思ってもらえる人間になることを目標としています。「個」としての価値を高めていきたいなと思っていますが、そこまで行くにはまだまだたくさんの経験が必要ですし、人間的にも成長していかないといけないと思っています。

08
これから成し遂げたい事、将来の夢
もうひとつ、自分が「大好きなもの」も特性の一つと思っているので、自分の好きなことと会計や会社経営を掛け合わせた仕事ができればと思っています。例えば、2018年12月に唎酒師の資格を取ったので、大好きな日本酒に関わる仕事がしたいですね。会社経営や数値を見ることができるという特性を生かして、酒蔵の経営なんかにも携われたらいいなと夢見ています。貴重な日本のカルチャーを維持発展させ、世界に発信できたら本望です。また、テニスが大好きで、テニスやスポーツと会計・経営を掛け合わせた仕事に就くのも興味があります。最近では様々なプロスポーツのマネジメントに関わる会計士の方もいらっしゃるようで、先駆者がいてくださるのは心強いなと思っています。

09
キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス
私自身の直接の知り合いである会計士のみならず、「会計士の履歴書」に登場される先輩の方々のご経歴を拝見すると、今後の人生は実に多くの選択肢があるなと気づかされます。会計士という枠にとらわれずに活躍されている方も多くいらっしゃいます。
私はキャリアを形成するうえで、一番肝になってくるのはやはり「人」ではないかと思っています。特に会計士業界は非常に狭く、1人挟むと大抵共通の知り合いにつながる状態ですので、それを生かして様々なキャリアを持つ会計士に会い、話を聞きに行き、相談してみることをお勧めします。同じバックグランドを持ち、同じ言語で話せて、守秘義務を守ることができ、しかも客観的にアドバイスをもらえることが多いとすると、これを活用しない手はないと思います。転職に際してエージェントを活用するのもいいとは思いますが、私自身、ここまでずっと会計士の先輩・同僚の紹介とアドバイスでキャリアを重ねてきて、幸せだなと思います。
人生100年時代において80歳くらいまでは働くことを想定すると、私自身もまだまだキャリアを模索し続けると思いますが、自分の性格や特性を生かしてその時々で最良と思える選択をし、後輩のロールモデルとなり、そして最終的には、会計士が監査法人に留まらず、一般企業や政府機関、NPOなど幅広い分野で活躍し続けられるエコシステムを作れたらいいなと思っています。


