会計士の履歴書
小笠原 直

監査法人アヴァンティア

法人代表 CEO マネージングパートナー

小笠原 直

おがさわら なおし

「日本企業のための、日本印の監査法人」として監査業界の盟主を目指す

1965年8月19日生まれ(61歳) 栃木県出身 神奈川県在住

一橋大学経済学部 卒業 1988年合格

小笠原 直

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キャリアサマリー

1988

公認会計士論文試験合格

1989

第一勧業銀行(現みずほ銀行) 大手町支店配属

1992

太陽監査法人(現太陽有限責任監査法人)入社

2007

代表社員に就任

2008

監査法人アヴァンティア 法人代表 就任

私は、父親の仕事の関係で山形、栃木と2度転校したこともあり、子供心に仕事で住まいが変わるのは大変だと思っていました。忘れもしない高校2年生の夏休み前のことです。深夜のスポーツニュース、そのころはプロ野球ニュースが全盛でしたが、ふとNHKで見たサッカーの試合にくぎ付けになりました。1982年ワールドカップスペイン大会です。おおよその予想を裏切り、本命のブラジルやドイツを破りイタリアが優勝したのですが、「オリンピックよりも熱狂する、こんなスポーツイベントがあるのか」と感動すると同時にこうしたイベントに近づくには勉強することが必要だ、英語と世界史は必ずやろうと思いました。その夏休みから猛勉強、そしてめでたく一橋大学経済学部に現役入学しました。入学してショックだったのは、得意と思った英語は、学友と比べると、むしろ苦手と言わざるを得ないほどの差を感じたことです。国際部に入部したのが間違いでした。それからは友人と遊び歩く日々。温泉サークルを創ったり、当時流行ったディスコに毎週行ったり。遊ぶ金がなくなれば、バイトをしなければならない、バイトをすれば授業に行けない、今考えれば悪循環の日々ですが、大学1,2年の2年間は、最高の時間でした。

大学3年になって、ゼミを選択するときに、高校時代に読んでいた旺文社の「スペシャリストへの道」の中に公認会計士があり、一番気になっていたこと、また大学1年後期に公認会計士を目指していたクラスの友人の不慮の死を思い出し、経済学部を飛び出し、商学部の会計ゼミに入ったことが大きな転機になり資格取得を目指しました。

1年留年して、大学5年で合格したのですが、合格発表前に就職活動があり、その当時は終身雇用下で、「一生に一度の就職活動」と言われた時期です。しかも折しもバブル真っ盛りで、金融機関への就職が過熱していました。先輩OBの巧みな話術と手練の会食ですっかりいい気分になり、会計士試験に合格したにもかかわらず、今でいうメガバンクに就職する覚悟になりました。

私の銀行員生活は、配属支店にも恵まれて順調でしたが、3年目でバブル崩壊、貸出金の回収に営業マンは苦慮する事態になりました。そこで原点回帰して初心に戻ろうと退職を決意しました。当時は銀行の諸先輩から「そんなところに下野してどうするんだ」と罵倒されましたが、円満退職しました。

ただこのことが、私にとって、

・下野したのではなく、かならず金融機関に勤務した場合よりも活躍してみせる

・雇われるのではなく、40歳までに必ず自立独立する

という固い決意が生まれ、そうであれば、大法人に行くのではなく、中堅でしっかりと実力を養成しようと思いました。

太陽監査法人では約16年勤続して、監査業務・コンサルティング業務を終電近くまでこなして、自宅に帰ってからも副業の仕事を行うという毎日で、その頃はきつかったですが、今日の基礎を精神的にも肉体的にも得ることができました。

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監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ

太陽監査法人に入社したのは1992年の初め。会計士受験仲間は普通に3年前から監査実務を大手法人で行っていますから、早く追いつかなければならないと必死でした。直近で公表された新しい会計基準はしっかりと読み込み、クライアント先では、部長、課長宛てに懇切丁寧に説明することを心がけました。当時は、監査チームといっても誰が主査であるか分からないような時代です。とても厚かましいのですが、もう入社した翌年度決算期末には主査然としていたと思います。またクライアントとの監査報酬交渉に必要な資料も入社3年目くらいで作成していました。当時の監査法人のCOOからも、仕事を認められて、どんどん依頼されました。コンサルティング業務、これは今でいうIPO業務、内部統制改善業務、DD業務などですが、とにかく来るもの拒まずやりました。

そうこうしているところ、2003年にカネボウ粉飾事件がありました。私はこの粉飾事案の裁判に繁忙期の合間を縫って傍聴したのですが、会計の見積もり(当事案は、実質子会社に対する貸倒引当金の設定)が手遅れだっただけで、会計監査人の重い責任が課されることを痛感しまして、これから大変な時代になるなと実感しました。この事件を端緒に四大監査法人の一角であるみすず監査法人が解散するころ、私はこの監査法人の特定チームの太陽監査法人への移籍受け入れでてんてこ舞いでした。

気が付いたらもう40歳を超えていました。2007年の頃です。しかも監査法人業界は混乱していて、「監査法人難民」というようなネガティブな言葉が横行していました。私は、これから成長する中堅の上場企業には適正規模の監査法人が必要ではないかと考えるようになりました。現任の監査法人では代表社員にも就任させていただき、恵まれたポジションではありましたが、これに安住している場合ではない、銀行を退職した際の誓いに忠実になろうと決め、2008年に太陽監査法人を円満退職、監査法人アヴァンティアを設立することになりました。

設立直後にリーマンショックもあり、苦難の連続でしたが、あのタイミングで起業したことに全く悔いはなく、創業メンバーとも話していますが、あれほどの絶好のタイミングはなかったと思います。これはお天道様が導いてくれた贈り物と本当に感謝しています。

小笠原 直さん

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今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス

現在は、中堅監査法人の法人代表として、人財の採用と開発、リテンションに注力しながら、組織が一体化するための方策を常に立案し、実行、検証しております。特に腐心しているのは、人財に関してです。2008年の法人設立以来、新規合格者採用については、陣頭指揮をとり、専門学校の法人説明会の参加から事務所内での説明会や合格発表前の懇親会、そして合格発表後の面談など活動の大半にコミットしております。また人財のリテンションについても、毎年常勤メンバーと1時間の面談を設けており、相談に寄り添っております。その際には、確立した人事評価制度から決定された年間の一人一人の評価結果内容も伝えており、次年度の目標設定や将来の抱負などを議論しております。
次世代に継承していくことは、法人の最大のサスティナビリティにつながりますが、特に当法人の場合には、メンバー個人のサスティナビリティを組織のサスティナリビリティに優先することが大事な価値観になっており、メンバーの将来の選択肢を確保するために、兼業・副業の容認、時短勤務制度やフレキシブル常勤制度などを採用しています。
また長期的な目標を定めて、ことあるたびにメンバー全体に伝える努力も継続して行っております。長期目標である「AVANTIA2030」には、「監査業務にプラスワンの付加価値を」「無理のないオーガニックな成長を」「IPO業務の業界の盟主へ」「在宅勤務を活用して、地方での拠点を通した地方創生へ」「健康経営の実践」といった野心的な目標を掲げて、事務所一丸となって邁進するムード作りに専心しております。
これらの経営管理業務のほか、個別の上場企業数社の業務執行社員として奮闘しております。やはり会計監査人であることを実感したいから継続している部分です。ほかに個人として上場企業2社の社外役員も2016年以降から行っております。取締役会で活発な議論に参加させていただくことで、コーポレートガバナンスを考える大きなヒントと刺激を受けております。

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あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性

私の強みは、自分のことを頼りにして依頼してくださっている方への謙虚な気持ちを常に失わないことです。太陽監査法人時代も監査にせよ、コンサルティングにせよ、1社獲得するのは本当に大変でした。最初に上場顧客を獲得した時は感激したくらいです。監査法人を設立してからは、当たり前ですが、なおさら大変でした。あまりに新規顧客の獲得に苦しんで、DMを上場企業2000社に発送したこともあるくらいです。セミナーも何度も試みましたし、出版もよくやりました。最近でこそ、多方面から有難いお話をいただいておりますが、謙虚に対応させていただくこと、そうした出会いに感謝すること、自分の実力ではなく、運でしかなく、決して驕らないことは、今もこれからもきっと変わらない姿勢であると思います。
あと自分の強みをもう一つ申し上げるとすれば、スピードですね。ある依頼事項に対して、時が経過すればするほど、記憶もあいまいになったり、その時感じた心証がおぼろげになるので、素早く対応することを心がけています。また回答に少し時間がかかる場合には、小刻みに連絡をすることで、相手への関心を常に持ち続けていることを認知していただいています。監査法人アヴァンティアは、自分も驚くほど圧倒的なスピード感のある組織になっています。

小笠原 直さん

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仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間

何度もあります(笑)。まずこの業界に入って3年目くらいの時に、上場企業の監査所見で、内部統制上の問題点を指摘した結果、当該部署の責任者の方が異動になったことがありました。こちらは自分のことで精いっぱいで有効な指摘をしたつもりですが、そのインパクトが企業の人事にも影響することを肌で感じました。これは、この仕事の重要性を思い知るとともに多くの教訓を得ました。

次の例は、2005年ころにあるIPO予定企業が上場審査で承認を受ける寸前に担当していた監査法人で大きなアクシデントが発生して、上場承認が棚上げになり、自分の監査法人に依頼があったときです。普通にやれば、もう一度やり直しで、IPOには最低2年間の延期が求められるところですが、今では考えられない遡及監査をするためその監査法人の調書をフルコピーし、これをなぞると同時に証拠力の強い手続きを自らが行い、東証を説得して、無事半年程度の延期で上場を実現させたことです。これは当該企業の皆さんには大変感謝されましたし、パートナーとして一人前になった自信がついた事案です。

もう一つは、リーマンショック後のころですが、ある業界の非上場ではあるもののリーディングカンパニーが、政治スキャンダルに巻き込まれて、メインバンクはじめ金融機関からコンプライアンスを問われ、倒産の危機に瀕していた際に、たった2日間で財務専門家としてのペーパーをメインバンク宛に発行して、窮地を救ったことです。もちろんこの2日間は徹夜でしたし、文書を作成しながら、胸騒ぎが止まらなかった記憶があります。

ほかにもたくさんありますが、基本的にクライアントの役員、従業員そしてその家族の方々の生活に直結するリアリティを感じるときが、心が大きく動く瞬間です。

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公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか

公認会計士の仕事、特に監査業務に関していえば、私は自ら考え、判断し、導出した結論をクライアントに納得してもらうというシンプルな流れで実施できれば、とても爽やかな仕事であると思います。そうした思考・行動を貫徹した限りは、重要業務の一つ一つが完結して、ストレスで眠りに就けない、食欲が出ないなどということはありませんでした。
しかし通常監査業務は、独りの人間では成し得ません。監査チームがあって、チームでは主査がプロジェクトマネージメントをしています。私がやっとの思いでクライアント獲得できたことを知って主査が従事すると、時にクライアントの無理な会計処理の要請に対して、私に忖度して、クライアントを失ってはいけないので、意見対立をしないように動いたり、どうしてもその報告が遅延することが起こります。部下の慮った気持ちには尊重しつつも、本来あるべき処理はどうかを考えて、主査の行っている方向性と逆のかじ取りをおこない、クライアントに説明しなければならないことになります。これは、あとでクライアントの関係者や自分を慮った監査チームの主査やメンバーを傷つけない最良の方法だと考えて、正道で業務を遂行しなければなりません。このように、考え抜いたうえで、正しいと思う会計判断について、周りの誰もが反対した場合でも貫き通すことが必要だと考えております。この境地に入り、常に議論する覚悟があるかぎり、眠りに就けないストレスになることはありません。

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人生の目的と公認会計士という資格

人生は大義がないと続かないと思っています。公認会計士の資格を通じ会計プロフェッショナルとして、人生の目的は、人の役に立つことに尽きると思います。特に監査業務は、医者でいえば患者、法律家でいえば依頼人というように直接接触するクライアントの向こう側にいる投資家のために適切な情報を発信することに寄与する業務ですから、より一層の利他の心でたずさわる必要があります。クライアントが承服しえない会計論点も粘り強く、納得いただくまでとことん説明することが可能なのは、この利他の精神によるものです。
50代後半にさしかかった現在では、人生のもう一つの目的は、次の世代への継承です。プロフェッショナルの流儀を伝承することもありますが、私は設立した監査法人アヴァンティアで創り上げたよきDNAを次世代が継承して、会計プロフェッショナルの有為な人財をより多く輩出してもらいたいと考えています。そのために必要なことは、今後も心血を注いで取り組んでいきたいと思っています。

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これから成し遂げたい事、将来の夢

自分は人が思うほど貪欲な人間ではありません。正直、子供のころからやりたかったことは、すでにもう成し遂げたと思っています。後悔もありませんし、あの頃に戻りたいと思う社会人時代は、まったくありません。現在、監査法人の代表で仕事をしたり、上場企業の社外役員、公的機関の役員として活動したり、大学のOB会の会長職を拝命してこれに従事したりと、楽しいと思って仕事をしているものばかりです。
そうしたなかで成し遂げたいことは、設立した監査法人アヴァンティアを「日本企業のための、日本印の監査法人」のトップの監査法人にすることです。SDGsなどの新たな国際標準がビジネスの大きな影響を与える今だからこそ、日本の監査法人業界で、ガラパゴス化を恐れることなく、日本の公益資本主義をスタンダートとしたうえで、日本企業のために社会的責任を果たす監査法人のトップを目指す、すなわち業界の盟主になるように頑張りたいと思います。
とはいえ、老害になってはいけませんので、後輩たちに継承すべく、法人代表としては2030年まで、法人への関与も2035年と社内の規程に明記し、節度を設けました。そのあとは、大好きなイタリア芸術を満喫すべく、イタリアに拠点を移した生活がしてみたいです(とはいっても冬は寒いので、「夏イタリア、冬台湾」を理想に個人としてのリモートワークを続け、楽しみたいです)。

小笠原 直さん

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キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス

公認会計士の資格があれば、どこにでも挑戦できます。キャリアを模索して、所属した組織が自分に合わないと思ったら、キャリアチェンジすればいいのです。いくら良い会社でも人間関係で躓くこともありますし、部署が適性に合わないこともあるでしょう。「Society5.0」の超スマートなユビキタス社会を迎えて、人間固有の仕事が求められる変革の時代において、必要なことは、膨大な情報の中から必要な情報をつかみ取って、勇猛果敢に行動することではないかと思います。これからは、より好奇心と情熱が必要になりますから、その覚悟を持って取り組んでみてください。

これから会計士を目指そうという方、まずは一心不乱に受験に集中すること、そしてめでたく合格した際は、これは単なるスタートでしかないという自覚をもって、一人前になるために、3〜5年間は必死にプロフェッショナルとしての知識の習得と自分なりの生活習慣(ルーティーン)を確立すること。この時期での同期とのわずかな差が、その後の数十年間に圧倒的な差をもたらします。この時期に優位性を持てば、どんどん法人内や個人としても仕事のオファーがくると思います。よほどのことがなければ、それらのオファーを断らずやりきることで、自分にストレッチがかかって、成長します。成長すれば自分で業務と時間のコントロールができます。ぜひそうした好循環になるよう心掛けてみてください。成功をお祈りいたします。