
Tokyo Sushi-Making Tour 他
代表
森下 直也
もりした なおや
外国人向け寿司教室 Tokyo Sushi-Making Tour創業。監査と二足のわらじで理想とする働き方を実現
1987年12月13日生まれ(38歳) 東京都出身 東京都在住
慶應義塾大学 経済学部 卒業

01
キャリアサマリー
有限責任監査法人トーマツ入所。国内監査Aグループ配属
有限責任監査法人トーマツ退所。フィリピンのダバオ市に英語留学 外国人向け寿司教室 Tokyo Sushi-Making Tour創業
中小監査法人に入所し、再度会計監査に携わる
自らで創業したTokyo Sushi-Making Tourとは外国人向けの寿司作り体験教室である。文字通り、外国人の方にお寿司作りを教えるというもので、簡単に言えば料理教室の先生をしている。顧客の9割以上が外国人であり、その機会は、日本語学校へ通う留学生向けの文化体験授業や、訪日観光客向けのオプショナルツアー、企業向けのチームビルディング研修など多岐に渡っている。
現在は、Tokyo Sushi-Making Tourの経営と会計監査業務の二束のわらじを履き、自分の時間を自分で自由にコントロールしながら、働く時間は少なめに、家族と過ごす時間を最優先の生活を送っている。
ミニマリストとして、“Less is More”の概念をモットーに、自分自身が“自由”であることを大切にしている。金銭、物、情報、人間関係などへの執着を徹底的に手放すことで、自分を身軽にして、自分のワクワクセンサーに従って行動できる環境を作り上げている。
最近のマイブームは、子育てとヨガである。
02
監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
会計士試験合格後は、漠然と大手監査法人へ行って経験を積みたいという思いがあったが、会計士として何をしたいという考えは全くなかったため、とりあえず監査の基礎を学べそうな国内監査部門の配属を希望した。
配属後は、金商法監査1社と会社法5~6社の担当となった。平均的なクライアント数、かつ、金融、商社、小売、ソフトウェアなど満遍なく様々な業種を経験することができた。
1年目、2年目は、分からないことだらけで何もかもが新鮮で、監査業務を楽しむことができた。特に残業をしても苦ではなく、様々な業務に携わってみたかったので、積極的に勉強をした。
3年目になると、仕事の全体像が分かってきたということもあり、自分が誰の役に立っているかという視点で仕事を考えるようになった。当然、経済の循環を支えるために、監査の仕事が重要であるという認識はあったが、直接自分が関わっているクライアントにどれだけ貢献をできているのかという疑問がふつふつと湧いてきた。また、それと同時に、大量退職の影響で労働時間が長くなり、精神的、肉体的にも疲れがたまり、次第に監査法人で働く意義を見出せなくなってきた。
そんな時、東日本大震災の影響で、世間的に社会起業家が脚光を浴びるようになっており、自分の力を困っている人のために使いたいという気持ちが強く湧くようになった。そんな中、3年目の繁忙期後に休暇を使って、電気も水道も通っていないカンボジアの村の学校で先生をするというボランティアに参加することとした。1週間という短い期間ながら、その経験は、とにかく衝撃の連続だった。電気・水道もない、物もない、お金もない、そんな中でもたくましく幸せに暮らしているカンボジア人、また、そのボランティアに一緒に参加していた人達のユニークさ、今まで常識だと思っていたことが一瞬にしてひっくり返された。
ボランティアから帰ると、いよいよ外の世界では何が起こっているのか知りたいという気持ちが強くなり、監査法人の退職を本気で考えるようになった。ただ、3年しか会計士のキャリアを積んでいないのに退職してもいいのかという不安が押し寄せてきた。ただ何よりも、自分のやりたいことが明確に決まっているわけではなかったことが一番の不安となっていた。しかし、ここで行動を起こさなければ、後悔すると思ったため、勇気を出して退職を決意した。退職後は、転職活動を一切せず、いわゆる自分探しの旅をすることとした。その中で、自分が本当にやりたいことに出会えるのではないかと考えたからである。“Bucket List Project”という企画を自ら立ち上げ、死ぬまでにやりたいことリスト(Bucket List)を作成して、その実行記録をブログなどで発信する活動を一年間かけてやることとした。
Bucket List Projectは、ある種の賭けであったが、振り返ってみると大成功に終わった。Bucket Listには、出来るか出来ないかという基準を設けず、興味本位でやってみたいことをただひたすら書き殴った。
結論としては、そのリストに書いた“英語を学ぶ”“寿司の作り方を学ぶ”“起業する”という3つ要素が、最終的にはTokyo Sushi-Making Tourの創業のきっかけになった。
特に、寿司の作り方を学んだ時の感覚は今でも忘れない。何年も修行をした寿司職人でないと寿司を作ることなんてできないと思っていたものが、数時間のレッスンで、想像以上に完成度の高い寿司(もちろん店で出せるような代物ではないが)ができたのである。「これは面白い!」この時に胸の奥から湧き出てくるワクワクしたものを私は逃さなかった。外国人に英語で寿司を教えてみようと考えた私は、次の日からホームページをもくもくと作り始めていた。これが、Tokyo Sushi-Making Tour創業の出発点である。

03
今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
Tokyo Sushi-Making Tourの仕事は非常にシンプルであり、外国人の方にお寿司作りを教えるというもので、簡単に言えば料理教室の先生である。アルバイトはいるが、1人で経営している会社であるため、寿司作りを教えるだけでなく、営業や広報だけでなく、人事、経理、総務など、その業務は多岐に渡る。営業や広報など監査法人時代に経験することのできなかった業務も多く、一から自分で調べてやっているので、勉強になることが多く、個人のスキルがかなり高まったと感じる。
顧客の9割以上が外国人であるが、その機会は、日本語学校へ通う留学生向けの文化体験授業や、訪日観光客向けのオプショナルツアー、企業向けのチームビルディング研修など多岐に渡っている。事業内容に興味がある方は、是非弊社のホームページを訪ねてみて欲しい。(日本人であっても外国人の方々と一緒に参加することも可能なので興味がある方はお気軽にお問い合わせください。)
https://www.tokyo-sushi-making-tour.com
Tokyo Sushi-Making Tourでは、自分のクリエイティビティがそのまま商品へ反映され、それが顧客の喜びに変わり、その様子を目の前で感じることができるため、非常にやりがいを感じられる仕事である。時期による忙しさの違いは出るが、平均すると月に10~15日程度の稼働となる。
一方で、現在関与している中小監査法人(https://www.kansa-takano.com)では、パートナーという立場で監査法人の経営にも携わりながら、現場責任者も同時に担っている。小規模な監査法人であるからこそ、全体をよく見ることができ、非常にやりがいを感じながら、会計監査に携わることができている。
私としては、この2つの仕事の性質が全く違うものであるからこそ、肉体及び精神のバランスが保たれているのだと強く感じる。寿司教室の仕事は確かに楽しいが、肉体的な疲れがあるので、これが毎日だと正直しんどいし、監査も毎日やれば精神的に疲れてしまうかもしれない。また、何よりも2つの仕事をすることで自分の時間を自由にコントロールできるので、休みたいときには休めるし、精神衛生上、理想的な働き方を実現できている。
04
あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
昔から人に何かを教えることが得意だったし、好きだったように感じる。小さいときは小学校の先生になりたかったし、会計士試験合格後にやっていて専門学校講師のバイトも自分に向いていると感じていた。また、自分の考えたことを形に起こす作業が得意で、ロゴデザイン、ホームページ制作、教材作成など、Tokyo Sushi-Making Tourの仕事に活きている。また、監査の領域においても、監査戦略の立案や調書をゼロから作る作業、勉強会の資料作りなど、どちらかというと0から1にする仕事が得意であると感じる。

05
仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
やはり仕事で心が大きく動く瞬間というのは、寿司教室の最後に「Fabulous!」「Fantastic!」「Amazing!」などの言葉をかけてもらった時である。自分の作った商品が顧客の喜びに変わった瞬間を直接感謝の気持ちとして伝えてもらえるというのは、経営者として冥利につきる。
その中でも、ある日本語学校から値上げを打診されたことは強く覚えている。「森下さんの講義は素晴らしいし、生徒もいつも楽しそうにしている。何よりも森下さんがとっても信頼できて安心して授業をお任せできるので、もう少しお支払いさせて欲しい」と、顧客側から値上げの打診が来たのである。それまでやってきたことが報われた気がして、これからも、お支払いいただく対価をはるかに超えるサービスを提供し続けようと改めて心に決めた瞬間であった。
トーマツにいた時には“トーマツの森下直也”と会社の看板を背負うことで信用を得ていたところが少なからずあったが、フリーで仕事をする以上“森下直也”という個人の看板を磨いていくことがいかに重要かを改めて感じた瞬間でもあった。
06
公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
公認会計士といっても独占業務の会計監査だけでなく、経理、税務、コンサルティングなど、その関連領域の広さ、また、活動拠点として、国内でやるのか、海外でやるのか、その仕事の選択肢が多岐に渡るが故に、何を自分の専門領域にしていくのか悩んだ時期があった。
そんな中で、まずは、自分をよりよく知ってみることで、会計士としてのキャリアをどう歩むべきか見えてくると考えた。具体的には、学生生活を通じて、学業やスポーツにおいて、どのように自分が得意領域を定めてきたのか過去を振り返ってみることとした。
すると、自分がスペシャリストタイプではなく、ジェネラリストタイプであることが分かってきた。今まで何か一つのものを究極的に極めた経験はなく、全てのことを満遍なくできる状態にしてきたことを思い出したのである。その方が、自分としては居心地がいいのだと改めて気付いた。
そのため、会計士の領域においても、何か一つの分野のスペシャリストを目指すことは向いていないのだろうとの結論に至り、各分野について、満遍なく知識を持っておこうと考えた。不明点が出る都度、調べて考えればいいし、どうしても自分の知識や経験でカバーしきれないときは、それを専門としている人にお願いすればいいのだと開き直ることにした。
全ての領域を極めることは不可能であるし、何よりも自分の特性に合っていないことをすることは、精神衛生上、好ましくない事だと思う。周りの力を上手く使う力も、専門家としては重要なスキルの一つと考えることとした。過去の自分を振り返り、自分の特性を知ることで、会計士としてどうあるべきか悩んだ経験を乗り越えた。
07
人生の目的と公認会計士という資格
私は人生において“自由”であることを大切にしている。私の中での“自由”とは限りある時間を“自分で”コントロールできる状態である。すなわち、やりたいことをやって、やりたくないことをやらないという選択を自らができる状態のことを指す。トーマツにいた時は少なくとも“自由”ではなかった。平日は行きたくなくても仕事に行かなければならなかったし、上司に飲みに誘われれば嫌でも行かざるを得なかった。自分の限りある時間が“他人(会社や上司など)に”コントロールされている状況であった。
一方で、現在は2つの仕事を同時に並行することにより、自分で働きたい時間をコントロールできている。家族と過ごしたい、肉体的に疲れた、旅行に行きたい、そんな時は仕事を入れないことができるし、フリーで仕事をしていれば、付き合いの飲み会なんかもなくなり、本当に仲良くしたい人とのみ関係を続けられるようになった。この“自由”な状態を作る上で、公認会計士の資格が重要な役割を果たしてくれたのは言うまでもない。
まず、専門職であるが故に、非常勤で働くという機会に恵まれていること。常勤の正社員として、一つの会社へのコミットが高くなるほど、時間を他人にコントロールされてしまう可能性が高くなるため、非常勤という働き方をすることで“自由”を実現しやすい環境を整えることができた。
次に、公認会計士の成果に対する経済的な価値の高さである。非常勤といえども、経済的な対価としては、平均的なサラリーマンを大きく上回る。経済的な独立性を会計士の仕事で確保できるため、寿司の仕事において、自分が関与したくない案件については、積極的に断ることができる。そういった意味でも、仕事を取るためにクライアントを接待する、異業種交会にむやみに参加するなど“自由”を奪われるようなことをしなくても済む。
私は、公認会計士という資格を“義務”として考えている人が多いように思える。公認会計士だから、監査、経理、税務などに携わらなければならないと型にはまっている人があまりにも多い。この資格は“権利”なのだから、この権利を武器に様々な異領域にチャレンジする人がもっと増えてもいいと思う。

08
これから成し遂げたい事、将来の夢
よく周りから「今後、寿司教室のビジネスをどういう方向に持っていきたいですか?」と聞かれるが、いつも「そんなことを考えていない」と答えている。なぜなら、トーマツ時代に「今度、どのようなキャリアを歩みたいですか?」と聞かれた時に、「将来的には寿司教室を開きたいですね」なんて答えは出てこなかったからである。トーマツに入社した時から5年後に全く予想もしていなかった仕事をしているのだから、この先だって、どこでどのように自分のワクワクを刺激するものが現れて、それが仕事になっていくかわからないし、寿司の仕事だって、ワクワクしなくなれば、他人に譲るなどして退くことも考えられる。
ただ一つ言えることは、これからも“自由”であり続けること。ワクワクする感覚に身をゆだねて、行動を重ねていくだけだと心に決めている。数年後の目標を定めて、そこから逆算して、目標を達成するために行動を積み重ねていくという考えも素晴らしいが、その目標へのコミットが強すぎれば、発想の柔軟性がなくなり、精神的に疲れてしまうのではないかと思う。少し肩の力を抜いて刹那的な生き方をしてもいいのではないかと思っている。

09
キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス
“じゃない”会計士とは、会計士だけど、会計士の領域“じゃない”仕事に携わっている会計士のことである。
個人的には、人生一度きりなのだから、好きなこと、ワクワクすることを仕事にすべきだと思う。「会計士だから、会計の仕事やっています」ではなく、「会計士だけど、好きが高じて会計とは全く関係のない〇〇の仕事をやっています」と言える“じゃない会計士”がもっと増えて欲しいと思う。
では、“じゃない”会計士になるためには、何が必要になるのか?個人的に一番重要なことは“行動を起こす覚悟”だと思う。自分を変えるために行動を起こすことが重要であることを頭で分かっていても、実際に行動を起こすことは非常に難しい。大人になると不思議なもので、社会的な地位、経済的独立性、世間体、色々なものが邪魔をして、行動を起こさず、現状維持をさせようと脳が指令を出す。様々なネガティブな理由をつけて行動を起こさないことを自らで正当化するのである。
年齢を重ねるほど、守るべきものが多くなるほど、相当な覚悟を持たないと行動を起こすことが難しくなってくる。
私自身は、トーマツを退職して、無職のまま自分探しの旅をしようと考えた時、年齢は若かったが、婚約をしていた。トーマツという大企業に守られている環境、安定した収入、様々なノイズが私の行動を邪魔した。退職をしてチャレンジをするために相当な覚悟が必要だった。そんな時に、私が覚悟を決める支えとなったのが会計士の資格と監査の経験であった。たかだか3年の監査経験であったが、一通りの手続きは理解していたつもりであったし、監査業界は慢性的な人不足であったので、最悪、チャレンジが上手くいかなくても、会計士として仕事に困ることはないと考えていた。また、周りを説得させるためにも、会計士の資格があるから大丈夫と、納得させる材料の一つになってくれた。最低限の生活の保障があるという安心は覚悟を決める上でとても大きな役割をもってくれた。
そのため、“じゃない”会計士を目指す方には、会計士の資格を取ったのであれば、公認会計士として名乗っても恥ずかしくないだけの監査・税務の知識及び経験をつけて欲しいと思う。会計は経済の共通言語であるので、“じゃない”会計士として会計の領域以外の仕事をしたとしても、必ず会計や税務の知識と経験が活きてくる。もちろん会計士の2次試験を通ってすぐ“じゃない”会計士の道へ行く人という選択肢もあるが、折角、会計士になったのであるから、1年でも2年でも会計の仕事の経験はしておいた方がいいのではないかと思う。


