
株式会社HiLOソーシャルクリエイト
代表取締役
宮内 謙一
みやうち けんいち
”非営利組織におけるCFO”の必要性を痛感。難病を乗り越え、ソーシャルベンチャーの持続的成長を支援する会計士
1983年10月24日生まれ(42歳) 鹿児島県出身 東京都在住
神村学園専修学校 理学療法学科 卒業

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キャリアサマリー
介護保険施設で働く父の影響から、高齢者や障害者と触れ合うことが自然であった学生時代を過ごす。その後リハビリテーションに興味を持ち、高校卒業後は、専門学校に入学。卒業後、理学療法士として、病院や介護保険施設にてリハビリテーション業務に従事する。業務の傍ら、紙で業務日誌を管理していた部署においてAccessを使用してデータベースを構築、情報の共有化と紙の使用量削減を実現するなど数々の業務改善を経験。同時に、現場経験や医療業界の変化の中で「非営利組織におけるCFO」の必要性を痛感。そんな中、難病であるクローン病を発症。厳しい食事制限や体調管理というハンディを背負いながらも「一度しかない人生を後悔なく生きたい」との想いから、公認会計士を志す。
公認会計士試験合格後は、ベンチャー企業に入社し経理責任者として経理業務をはじめ、証券会社・監査法人対応等を担当。その後、EY新日本有限責任監査法人に入所し、ヘルスケア部門に配属、独立行政法人や医療法人の会計監査を経験する。その後、河野公認会計士事務所に入社。会計・税務業務の他にもクラウドサービスを使い社内のデータベース化を推進。2018年5月、河野公認会計士事務所のグループ会社としてソーシャルベンチャーの持続的成長を支援するコンサルティング会社である「株式会社HiLOソーシャルクリエイト」(以下、SC)を設立。代表取締役に就任。
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監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
公認会計士試験後は、ベンチャー企業に入社し経理責任者を経験しました。多くの人は公認会計士試験合格後は監査法人に就職して会計監査を経験します。ただ、私はクライアントの立場も理解した上でサービスを提供したいと思い、まずは「監査される側」の立場を経験する必要があると考えていました。
会社での業務内容にも慣れた頃に監査法人への転職を考え、EY新日本有限責任監査法人に入所しました。その時の面接官がたまたまヘルスケア部門のパートナーだったため、そのままヘルスケア部門への配属となりました。全国への出張が多い生活でしたが、希望していた部署で働けるという念願が叶った喜びもあり刺激的な毎日でした。
元々ITに関心があり出張の移動時間を使って自己学習を継続し、情報セキュリティスペシャリストの資格を取得しました。そのおかげで、IT統制を学ぶ機会にも恵まれました。
私が理学療法士から公認会計士に転職した大きな理由の一つに「病院を“経営”という観点から俯瞰して見たい」ということがありました。医療介護現場で働いている頃から、医療従事者が働きやすい病院とは何か、患者さんが過ごしやすい病院とは何かということを考えた結果、「非営利組織におけるCFOの重要性」とその人材が不足しているという結論に至りました。
監査法人での経験を経てその想いはさらに強くなりましたが、その一方で近年は病院の経営にも効率化が求められるようになり、昔のように患者さんが長期間入院することはできなくなりました。私はそれまで、病院という枠組みで物事を考えていましたが、これから病院を退院した人たちは自宅もしくは介護保険施設で生活することになります。
それは、これまでの「病院で医療行為を供給される」という受動的な考えではなく、「自分の生き方を自分で決める」という主体的な時代になったと言えます。私は次第に一人ひとりが生きたい人生を歩めるような支援したいと考えるようになりました。
そう考えるとスケールがどんどん大きくなってきます。高齢者に限らず、子どもにとって優しい社会は何だろう。ITの発達により「距離」という概念がゼロに近づく中で私の地元である鹿児島を筆頭に「地域」に出来ることはなんだろう、と考えるようになりました。
そんな中、知人から現在の会計事務所を紹介されました。所長はとても情熱に溢れており「会計事務所の可能性を追求する」という理念に惹かれ、転職を決意しました。その後、グループ会社であるSCを設立し、代表取締役に就任することになります。

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今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
現在は、公認会計士事務所とSCの仕事を並行して行っています。公認会計士事務所の業務内容は、大きく税務アドバイス業務と経営アドバイス業務に分けられます。
皆さんもご存知の通り税務アドバイス業務は税務申告書の作成や税務代理を行います。また、経営アドバイス業務は、経営計画をはじめ、クライアントの資料を基に会計資料の作成、業績分析、資金繰り計画等を提供します。信頼関係を築いてクライアントから感謝された時にこの仕事のやりがいを感じます。担当クライアントの分野は多岐にわたり、規模も様々です。
一方、SCの事業内容は経理業務やレポーティング業務を中心としたコンサルティング業務です。バックオフィスの請負業務というとイメージしやすいと思います。
その他にも公認会計士事務所では、社内環境整備の一環としてクラウドサービスを使って社内のデータベース化を推進しています。他にも、病院の事務職員向けに社内の仕組みづくりについて研修を行ったりと理学療法士としての経験も活かしながら幅広く仕事をさせてもらっています。
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あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
私の強みはふたつあります。
ひとつは「芯の強さ」です。
公認会計士を目指すと決めた時は、両親からかなり反対されました。既に理学療法士という資格があり、また難病を発症したというハンディがあるため、当然と言えるかもしれません。
しかし、私には医療介護の現場経験のある公認会計士はこれからきっと必要とされるという想いがありました。病気については私自身とても悩みましたが、それ以上に「一度きりの人生を後悔したくない」という気持ちが強かったため、行動に移すことを決めました。
決断したのは良いものの、当時私の地元である鹿児島には公認会計士の講座はありませんでした。そのため、通信講座を受講することにしました。そして、仕事を退職し自室でひとり勉強する日々が3年ほど続きます。
しかし、3年目の論文式試験の1か月前にクローン病による栄養不足と脱水症状により自宅で倒れてしまい、その日から入院して絶食することになりました。精神的にショックを受けましたが、同時に同じ病気の人のロールモデルになるためにも、自分は「努力は必ず実る」ことを証明しなければならいと言い聞かせました。
次の日から、病室に教材を持ち込んで勉強する日々が始まりました。なんとか試験3日前に退院することができ、その年の論文式試験は絶食の状態で受験しましたが、幸い合格することができました。このことが自信につながり、その後のキャリアアップや転職の際も地道に努力を積み重ねる力がついていると感じています。
もうひとつの強みは「協調性」です。
元々医療職がベースである私には、自分が公認会計士であるという意識はあまりありません。先述の通り公認会計士合格後は、ベンチャー企業に入社しましたが、当時その会社は上場準備の段階であり、経理責任者として経理業務はもちろんのこと、証券会社・監査法人対応、営業社員と一緒にテレアポも行いました。
文字通り「なんでも屋」でした。むしろ、公認会計士の専門外の業務の方が多かったと言ってもいいかもしれません。他部門からの相談も多く、「ここからここまでが自分の業務範囲」というような線引きができない状態でした。
会社の事業内容はシンプルであったため、私の場合は、会計・税務そのものに高度な知識は求められませんでした。それよりも、他のメンバーと力を合わせて一つの目標に向かって努力するという一体感を醸成する、これが自分に与えられた役割だと感じました。
その役割を果たすために努力した結果は後述しますが、膝を突き合わせて同じ立場で一生懸命仕事をすると共感してくれる人が現れます。それは次第に「この人なら重要な仕事を任せられる」という信用に変わります。また、そんな人は他の人に依頼しにくいことでも、「あの人の言う事なら聞いてみよう」と言われる人間になります。同じ事を話していても話す人次第で納得感が異なる、ということは誰しも経験していると思います。
それは、経験に裏打ちされる部分もありますが、普段からコミュニケーションが取れているかといった点も案外重要だったりします。

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仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
私が仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間は監査法人に入所して初めて往査に行った時です。ベンチャー企業で働いていた頃は、作業マニュアルや規程も未整備な部分が多く、何から手をつけていいか分からないという状態でした。いわば0から1を作る作業の大変さを痛感した時でもありました。
それが、監査法人ではクライアントの書類がきちんと整備されており、数多の企業のベストプラクティスに触れることが出来ます。また、監査調書も定型化・細分化されているため、誰が担当しても一定以上の水準で作業ができる仕組みがあります。
それまでは質問できる相手がいなかったので、分からないことはひとりで調べていましたが、正解に自信がないということもありました。しかし、監査法人はその道のスペシャリストの集団であるため、分からないことは先輩に聞くことができます(もちろん自分でも調べますが)。
初めにベンチャー企業を経験したからこそ、監査法人の当たり前にとても感動しました。こんな仕事に携わることができてうれしくて、あまりの感動に初めての往査の帰りに両親に感謝の手紙を書いたほどです。
また、パートナーやマネージャーからの経験談もとても貴重でした。私の場合は、中央省庁の機関が独立行政法人になった時の現場でのやりがいと大変さを聞くことができました。会計処理ひとつ取っても、会計基準の根拠に照らし合わせてあるべき姿について深夜まで議論が行われることもあったそうです。その時は、まさしく情報の信頼性を確保し、利害関係者を保護し、国民経済の健全な発展に寄与するという公認会計士の使命に通じるものを感じました。
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公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
公認会計士という「資格」に考えがとらわれていた時期がありました。ベンチャー企業で働いていた頃、私は立派な上司になりたいと考えていました。いろんな人から頼られて忙しくも誇りある仕事がしたい、それが当時抱いていた上司の理想像でした。
しかし、仕事に追われるにつれてその事を忘れてしまい他人の気持ちを汲み取る事もおざなりになってきました。そのうち、「どうして自分の専門外の仕事をしなければならないんだ」「この仕事は自分でなくてもできる」というフラストレーションが溜まってしまい、気がついたら自分が一番なりたくない上司になっていて愕然としたことを覚えています。
「他の人が自分の仕事の重要性について理解してくれない」という考えが中心になると、自分の専門外の仕事は「雑務」として片付けられがちです。しかし、ある人にとっては雑務であっても、別の人にとってはそれが立派な仕事になっていることに気づきました。そのように考えるとある意味雑務という言葉はとても失礼な言葉かもしれません。
そのことに気づいてからは、他の部署の人とも積極的にコミュニケーションを取るように心がけ、悩んでいる社員に対しては気持ちを汲み取りつつ本来のやる気を引き出すように努力しました。
そんな努力が実を結んだと感じたエピソードがあります。
当時、社内では「ありがとうカード」という制度がありました。これは、日頃言えない感謝の気持ちをカードに書いて渡すというものです。在職中は、幸い私もいくつかカードをもらうことができました。その中で印象に残っているカードが2つあります。
ひとつめは、人事部社員からのカードです。
「宮内さんは私の業務や仕事の取り組み方を一番しっかり見ようとしてくれた人だと思います」
元々人事部は複数人いたのですが、退職者が出て担当が一人になった時がありました。配置転換で一時的に私の部下になった人です。人事とは業務の評価を数値で表すことが難しい仕事のひとつだと思います。採用活動はもちろんのこと、いち早く内定者の個性を見抜き、もっとも適している配属先を決める必要があります。
また、入社後のケアも必要です。私はその人に対して毎日業務内容を報告してもらい進捗を確認していました。業務の成果が見えにくいからこそ、同じ目線で仕事をしてくれる人が必要だったのかもしれません。
ふたつめは経理課社員からのカードです。
「宮内さんが入社してから経理の仕事にやりがいを感じて楽しく仕事をすることができるようになりました。辛いことがあっても、宮内さんとなら乗り越えられると思います」
私が入社したとき経理担当はひとりでした。その人は簿記の知識がゼロであったにも関わらず、ひとりで経理総務業務をこなすとても優秀な社員でした。ただ、ひとりであるが故に業務内容がルール化されておらず、ダブルチェック等のミスを防ぐ対策が不足している部分がありました。
そのため、業務内容を洗い出し、標準化するという作業を行いました。また、チェックリストを作成し、ミスが早い段階で発見できる仕組みも構築しました。
さらに、ベンチャー企業は資金繰りの予測が重要なのですが、入社当初はそのシステムがなかったため、エクセルにて資金管理表を作成しました。管理する口座が多く、それぞれの口座から入出金がある場合は、預金の配分次第では資金ショートしてしまう可能性があるため、予算と実績の比較もグラフでシミュレーションできるようにしました。
結果的に、「公認会計士が当たり前でない職場」で働けたことは大きなステータスになったと思います。それによって公認会計士という資格ではなく、その環境でどういった役割が求められているかということを強く意識することができました。
おそらく公認会計士としての最初の就職先が監査法人であったなら考えなかったことだと思います。監査法人は周りのほとんどが公認会計士であり、同じ職業の人だからです。でも、社会全体で見ると同じ職業の人たちだけで成り立っている企業というのは稀であり、ほとんどの企業では職業の異なる人たちがそれぞれの強みを活かし日々活動しています。
さらに、この経験は、現在のSCでの仕事にもつながっています。社会的課題を解決する企業と伴走するには、共感することではじめて相手の立場に立って行動することができます。SCの設立の根底には理学療法士として働いている頃から考えていた「支援している人を支援したい」という想いがあります。
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人生の目的と公認会計士という資格
人生の目的というほど大げさなものはないのですが、私は他人の人生にターニングポイントを与えられる存在でありたいと考えています。
私は子供の頃、寿司職人になりたかったのですが、それは単に寿司が好きというだけでなく皆が揃って楽しいひとときを共に過ごす、そんな雰囲気を作れる寿司職人のおじさんに憧れていたのかもしれません。
このように、人が夢を持ったり憧れを抱く時、必ずそこには原体験がありロールモデルがいます。俳優が演じるドラマを見て将来の職業を志した人もいるでしょう。
私は他人に対して気づきやプラスの影響を与えられる人になりたいし、それが私の考える「幸福」だと考えています。そのためにも、信頼できる人と苦楽を共にしていきたいです。幸せになる過程では困難なこともあります。むしろその方が多いですが、そうであればなおさら信頼できる人と乗り越えたいと思います。
また、私は子供の頃から高齢者や障害者と関わってきたこともあり、昔ながらの長屋のような環境に憧れています。現代では都会の一人暮らしともなると、隣に住んでいる人が誰か分からないということも珍しくありませんが、昔は年齢や職業がバラバラな人たちがごちゃまぜの環境でコミュニティを形成していました。
当時のコミュニティでは足りない調味料や日用品、つまり「物(有形のサービス)」の貸し借りが人と人をつないでいました。しかし、物が溢れている現代においては困りごとをそれぞれの知識や経験を活かして解決する、という「無形のサービス」がコミュニティを支えるのではないかと考えています。
たとえやり取りの対象が有形から無形に変わったとしても、変わらないものもあります。それは「信頼性」です。サービスの提供元に信頼性があるからこそ他者に貢献することができます。
資格にも一定の信頼性というものがあり、公認会計士はその典型だと考えます。会計・税務の仕事を軸にしつつも、それを活かして他人の困りごとを解決する。人のお役に立てることが私の喜びですが、高い理想を掲げつつも、まずは目の前の仕事を着実に遂行しそして身近な人の心の変化にも気づける人間でありたいです。

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これから成し遂げたい事、将来の夢
公認会計士事務所の仕事としては税務に限らず、法務・労務の観点からもアドバイスができる存在になりたいです。また、SCを通じて多くの社会的課題の解決の支援をしたいです。
日本は昔から「社会貢献は善意のボランティアでやるべきこと」という考えがあるせいか「利益を出さなくても良い」いう意識が働やすく、起業しても持続性を保つことが難しいことがあります。弊社が関わることで持続的な成長のお手伝いができれば幸いです。
一方で、体調と仕事のバランスには留意しています。病気の性質上、体調が安定しない時期もありますので、身体のサインにはいち早く気づいて休息を取るなどの対処をしています。他人の助けも借りながら、私は環境さえ整えば障害者であっても仕事で成果を出せることを証明していきたいです。
後は、いつも鹿児島から応援してくれている両親に親孝行したいです。これまでは帰省することも少なかったため、今後は機会を見つけて食事や旅行などこれまで経験したことのない世界を一緒に体験してもらいたいです。
他にも、人生を通して人種・障害の有無等いろいろな人と関わりたいと考えています。そのためにも、外国語や歴史を学んで、相手の環境や背景も含めて理解した上でコミュニケーションが取れるようになりたいです。

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キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス
私は公認会計士と理学療法士というふたつの職業を経験しています。どちらの職業も良いところがありますし、それぞれの職業の魅力が多くの人に伝わってほしいと思います。そのため、仮にキャリアを模索する中で壁にぶち当たることがあっても、決して自分を諦めないでほしいです。自分の可能性を信じてください。
私はいくつかの壁にぶち当たりその都度壁を乗り越えてきました。でも、それはその先に本当にやりたい事があったからこそ乗り越えられたのだと思います。皆さんにも是非夢中になれる仕事や分野を探してほしいと思います。
たまに「自分は本当に何がしたいのか分からない」という人がいますが、もしかしたら本当にやりたいことに気づいているものの、自分にはできないかもしれないという思い込みや周囲の目が気になったり家族に反対されるかも知れないという恐れが心理的なハードルとしてあるから、知らないうちに自分の気持ちに蓋をしてしまい本当の気持ちに気づけなくなっただけかもしれません。
「やった後の後悔」よりも「やらなかった後の後悔」の方が大きいです。人生は一度きりであり、自分という人間は世界でひとりしかいません。あなたは親から見れば最高の宝物であり、パートナーから見れば人生をともに歩む戦友であり、子供から見れば大好きな人生の先輩です。
そんな人達にとっての何よりの願いはあなたが充実した人生を送ってくれることです。不安な時も勇気を持って一歩踏み出してください。


