
株式会社FABRIC TOKYO
経営企画部 取締役 経営・財務戦略担当
三嶋 憲一郎
みしま けんいちろう
ベンチャー企業のCFO、COO、CSO(最高戦略責任者)を歴任。よりビジネスに近い立場で成長に貢献する
1985年6月8日生まれ(41歳) 神奈川県出身 東京都在住
上智大学 経営学部経営学科 卒業

01
キャリアサマリー
有限責任監査法人トーマツ入所。金融機関の米国会計基準による監査に従事し、与信系・市場系・資金調達の監査を担当
株式会社エナリス入社。経営企画、戦略立案、海外事業立ち上げ、M&A、ファイナンスに従事し、IPOを経験
株式会社ライフスタイルデザイン(現、株式会社FABRIC TOKYO)に参画。経営戦略策定、財務戦略策定、オペレーション戦略策定、実行など、執行全般を担当
執行役員CFO就任。引き続き、執行全般を担当し、大型ファイナンスを達成
取締役 経営・財務戦略担当就任
02
監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
父親が総合商社出身で、海外でインフラを開発する仕事をしていて、幼い頃から、これからはアジアの時代になると聞かされて育った。その影響か、漠然と海外への想いが強くなっていった。高校生の頃から、何か将来アジアを中心とする発展途上国の発展に自分が貢献できることはないのか、世のため、人のために何かなることはないか、模索するようになっていった。それもあってか、将来、海外で働く人が多い、上智大学に進学した。しかし、将来の夢は、かなり漠然としていて、何かの行動に移すことが出来ず、1年が過ぎた。このまま大学生活を終えてしまう危機感にかられ、何か一つでも事を成さなければならないと考え、ビジネス資格での最高峰である公認会計士を目指すことにした。公認会計士は、世のため人のためになる、小さいころに描いていたものにも近かった。やるからには、現役1発合格。それを標榜して、我武者羅に勉強し、無事合格するに至った。公認会計士試験合格後、大学を卒業、有限責任監査法人トーマツに入所した。
海外への想いもまだ強く、また小さい頃から、他人と同じになるのが非常に嫌いであり、会計業界で差別化したい気持ちから、海外に関わることが出来、かつ金融を学べる部署を選んだ。配属は、大手金融機関の米国会計基準に基づく監査部署で、1年間張り付いて1社を監査するという特殊な部署に配属になった。配属してから半年後にはリーマンショックに見舞われ、金融市場は大混乱、その最中での新人時代であった。大きく損失を出す与信先が続出し、混乱の中での1年目であった。その後のキャリアとしては、漠然とパートナーを目指すのかなと思っていたが、時が経つにつれ、刺激のない毎日が苦しくなってきてしまった。自分はこのまま監査法人で、マネージャ、シニアマネージャ、パートナーとなっていくのか、そもそも自分は何のために生きているのか、世の中に何を残せるのか、自分はほんとに何をやりたいのか、日々考えるようになっていった。大学生の頃に折角、努力して取得した会計士、努力したからこそ、その範疇に収まらず、さらなる挑戦をしてみたいと思うようになっていった。折しも、東日本大震災が発生し、社会が大混乱に陥った最中、さらに自分の人生を深く考えるようになり、会計業界というところを捨てて、ゼロから新しいことをしたい、その想いが日に日に強くなっていった。結果として、震災の影響で、社会問題となっている電力業界、そこにイノベーションを起こせる会社で、かつベンチャーのエナリスという会社を選んだ。
エナリスでは、会計から離れ、経営企画に配属となり、新規事業の立ち上げなどを担っていった。会計業界では味わえなかった、ゼロイチ、イチジュウの世界、またビジネスというものを初めて肌で感じ、慣れないながら、我武者羅に頑張った。営業、市場調査、サービス開発、オペレーション構築、海外事業立ち上げ、M&Aなど、監査法人では想像もできないほどの幅広い業務をさせてもらった。その中で、会社はIPOすることになり、事業拡大へと進んでいった。しかし、IPOから1年して、会社は不適切会計により、経営陣は退陣、特設注意銘柄に指定され、新規事業はストップ、自分が担当している事業も打ち切りなど、会社は守り一辺倒となり、自分も敗戦処理へ奔走することになってしまった。日々、敗戦処理に追われ、自分の将来の夢や原動力を失い、そもそも転職した理由そのものを失ってしまった。組織は壊れ、他責が蔓延し、働く意義を失ってしまった。自分は何でこんなことしているのだろう、そして、なぜ組織は壊れてしまったのか、考えるようになった。もし自分が経営者であったなら、あの時こうしていたのに、など後悔の念が毎日のように襲った。自分はまだ20代、このまま終わってしまっていいのか、もっと自分がスタートアップの時から、組織作りに携わって、従業員が活き活きと働けるそんな会社を作りたい、二度とこんなことにならないよう、この経験を生かして、ゼロからやり直したいという気持ちが強くなっていった。心身共に疲れ果てていた時、いまの会社に出会った。
会社名は、ライフスタイルデザイン。当時の自分の状況を脱する上で、会社の名前(ビジョン)にも引かれ、また、CFO候補を募集していたこともあって、参画することにした。CFOになりたいとか、そもそも自分は職種に興味はなかったが、代表のビジョンに惹かれ、そのビジョンを今までの経験を生かして、自分が達成の手助けをしよう、そう思って、入社するに至った。入社時はまだ社員は5名程度と小さい会社であった。

03
今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
現在では、組織は70人規模となっていて、事業としては、アパレル業界の課題解決を新しいUXを業界に持ち込んで、イノベーションを起こそうとしている。将来的には、アパレルでは、ユニクロやZOZOを超えるような事業、またライフスタイル領域で、世界的な事業に育てていきたいと思っている。
今やっている業務は、主に経営企画と言われる仕事や執行全般である。CFO、COO、CSO(最高戦略責任者/chief strategy officer)というポジションで今やっているが、具体的に言うと必要なお金を集めてきて、それを必要な経営資源、ヒト・モノ・情報に投資をしていき、事業をグロース(成長)していくということで、BS(バランスシート)の左と右両方やっているイメージだ。実際には、COOも兼務しているため、実行そのものやオペレーションまでを管轄している。我々みたいなスタートアップベンチャーに対してお金を貸すのではなくて、投資してくれるのをベンチャーキャピタルと呼ぶが、我々はベンチャーということで、まだ会社が安定していないので、ベンチャーキャピタルにうちの事業や信頼性を説明し、大きなお金を調達するというのが仕事である。その調達したお金を必要なものに、人に対する投資など、物、例えば店舗と広告とか、グロースさせるものに対して投資をしていく。また情報システムなど、ITに投資していくという感じだ。
魅力としては、外部の優秀な投資家さんたちと交渉とか、教えてもらえることができるので、まず自分の話としては、自分よりレベルの高い人と接することによって、自分のレベルがどんどん上がっていくのが実感できるというのがある。相手は金融のスペシャリストなので、そういったところで論理的に相手にどう伝えて、論理的にお金を調達するかどうかというのが、ビジネススキルの肝だと思う。そして、それが鍛えられている実感がある。また、やはり、経営企画の醍醐味としては、“どこの部署にも属していない”ことだと思うので、部署横断的にプロジェクトを動かしていけるところもそうだし、経営企画は意思決定に関われるというか、会社の方向性を左右しかねない。いい意味で左右することもあるし、失敗の指示もしてしまうこともあるということで、成功、失敗が直に響いてくる部署だと思うので、そういう醍醐味がある。
04
あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
会計士と言えば、会計のスペシャリスト、さらに事業会社で言うと管理系ポジションのスペシャリストといったとこであるが自分は管理系の業務に携わったことがない。そもそも自分を会計士と考えて、キャリアを歩んでいない。確かに、監査法人で4年程度の経験はあるが、監査のプロとしての意識もない。
会計士の事業会社でのキャリアにおいて、IPOがしたいとか、CFOになりたいとかいう人をよく聞くが、それはあくまで手段であって、目的ではないはずである。自分は、過去、現在経験してきたストーリーから将来何をしたいのかの原動力を見つけ、それを未来に渡って実行していくのみある。世の中のためになることを組織でやっていきたい、それを大きく動かす人材になる上で、自分は経営や事業をやりたいと思っている。自分は、与えられたポジションで、最高のパフォーマンスを出すことを努力してきた。
結果として、現在、CFO、COO、CSOなどを担える人材になっていったと考えている。会計士といった意味では、広範囲なビジネス領域を全て担えるといった強みを持っていると考えている。そんな会計士は世の中にはいないのではないかと考えている。そもそも自分を会計士と思っていないが。

05
仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
会計士を目指したのも、世のため、人のために何かをしたいと思ってなったので、自己犠牲というか、他人の成長だったり、事業の成長だったりに関われると心が大きく動く。
スタートアップ業界に身を置いて、時間が経つが、根本的な原動力は、世のため、人のため、うちに入社してくれた人が働く楽しさを感じてくれたり、人として成長してくれたりすると、この仕事をしていて良かったと思う瞬間がある。それを超えて、今後は事業そのもののビジョンの達成も目指していきたいと切に思っている。
06
公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
キャリアパスにおいて悩んだことがある。公認会計士は意外とキャリアパスは広くない。公認会計士として監査で要求されるスキルと他業務が密接に連動しない面が多いからである。例えば、事業会社ではCFO。CFOというと日本では管理部長の最高職と考えている人が多いが、アメリカではそうではない。そもそもCFOは管理部長ではなく、より経営戦略であったり、ファイナンス戦略であったり、CSOとしてのスキルも大きく要求されているもので、ビジネス側の知見も深くないといけない。それがあるべきCFOの姿である。管理部長ではCFOは務まらないと思う。
その管理寄りのキャリアである公認会計士としての将来に漠然と不安に思ったことはある。であるが、そもそも大企業に入った場合でも、そもそも数年で大きなスキルはつかないし、コンサルであっても事業そのものはやったことがないなど、それぞれコンプレックスはつきもの。なので、公認会計士を今後の成長する上で、キャリアを歩む上での完全な基礎と考え、会計士を完全に捨てて、転職して、ゼロから新しい業務にチャレンジすることにした。そもそも、公認会計士の資格というものは、資格ということで、保険的要素もあると思う。だから、チャレンジしたいことが監査や管理系以外にあるのであれば、飛び込んでしまうのが良いと思う。そのための資格とも思っている。
07
人生の目的と公認会計士という資格
前述の通り、ビジネスを通して、世のため、人のために何かをしたいと思っていて、何か世の中にインパクトのあることをやっていきたい、また働くメンバーの人生そのものが豊かになってほしいという願望をもって、日々仕事をしている。
それを成す上では、公認会計士はビジネスの土台として必要なことであったと思っている。例えば、公認会計士の業務でリスクアプローチというものがあったと思う。これは、事業をする上で、組織を運営する上で、非常に大事な考え方である。イシュー(論点)を特定し、それ対する仮説を立てるというサイクルは、監査法人でその基礎を気付かないうちに学んでいったような気がしている。監査法人では、会計に対するイシュー(論点)についてであるが、事業会社では事業や経営のイシュー、ユーザーのインサイト(心理、本音)、オペレーションのボトルネック(制約)、さらには、人や組織のイシューなど、自分がなしたいことをするにはこのサイクルが不可欠であったように思う。

08
これから成し遂げたい事、将来の夢
まずは、ライフスタイル領域で、世界を代表するような会社を作りたい、そして、うちで働きたいという人が増えていってほしい。また、うちで働く人たちが将来、笑顔で、人生そのものが豊になっていく、そんな会社を作っていきたいと思う。また、個人としては、スタートアップから世界を代表するような会社を作り、その経験を後輩の人たちに共有していきたいと思う。それは、出資やコンサル、はたまた大学の先生などいろいろな形があると思うが、日本発の世界を代表するような会社をどんどん輩出できるような人材になっていきたいと思う。

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キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス
まずは、保守的な考えを捨てて、大企業や監査法人を飛び出すこと。悩んでいても仕方がないので、まず実行に起こすことが大事。チャレンジすることには失敗が伴い、辛いことも沢山ある。だけど、選択するのは自分。そして、それを乗り越え、人は成長できる。世のため、人のために会計士になった人が多いと思うが、「ほんとに自分のやりたいことをやっているか?」「過去の人生どのように歩んできたのか?」「自分の原動力はなにか?」しっかりと自分と向き合って、自分に嘘をつかずに生きてほしいと思う。そうすれば、おのずと未来は開けてくるはず。


