会計士の履歴書
平林 亮子

合同会社アールパートナーズ

代表

平林 亮子

ひらばやし りょうこ

「自分」や「軸」にとらわれすぎず、変化していくことを楽しんで苦しんで悩んで受け入れて進めば良い

1975年4月2日生まれ(51歳) 千葉県出身 非公開在住

お茶の水女子大学 文教育学部地理学科 卒業 1996年合格

平林 亮子

01

キャリアサマリー

1996

公認会計士試験(当時の2次試験) 合格

1998

太田昭和監査法人(現 新日本有限責任監査法人) 入所

2000

平林公認会計士事務所を開設し独立

2010

合同会社アールパートナーズ設立、代表就任

2011

テレビの情報番組でレギュラーコメンテーターを務める

2012

ラジオでメインパーソナリティを務める

2016

レオン自動機株式会社の社外監査役に就任

2017

デュアルライフスタート

2018

株式会社Lumiere設立、専務取締役就任、人材紹介業をスタート

1996年、大学3年次在学中に公認会計士試験(当時の2次試験)に合格。就職氷河期であったため、自力で稼げるように、公認会計士試験に挑んだ。1998年、大学卒業後、太田昭和監査法人(現新日本有限責任監査法人)入所、国内企業の監査に携わる。2000年、平林公認会計士事務所を開設し独立。スマホが普及するずっと以前から携帯電話(PHS含む)でパソコンメールをチェックするなど様々な工夫によりノマド生活を開始。「好きな時に、好きな場所で」をいち早く実現。監査法人勤務時より続けていた専門学校での講師業以外は、場所と時間をほとんど拘束されることなく、朝起きてからその日の予定を決めるセミリタイアに近い生活となる。なお、専門学校での指導は断続的に10年ほど続け、「評判が悪くなってもいいから“わかる講義”より“受かる講義”を」をモットーに、それなりの数の公認会計士を世に送り出す。

2002年、人生におけるほぼ唯一の夢ともいえる(自費出版ではない)書籍の出版を実現。それ以降、継続的に書籍の執筆依頼が入るようになり、2018年までに監修も含めると60冊を超える書籍を出版。

2010年、合同会社アールパートナーズ設立、代表就任。個人事務所で受けていたコンサルティング業務を会社に移管する。

2011年、拙著を読んでくれたという人の紹介で、地上波全国放送番組のレギュラーコメンテーターに抜擢される。しかし、面白いコメントができなかったためか約半年で降板。2012年、初めての冠番組をラジオで持つことになり、メインパーソナリティを務める。この番組は当初契約通り3ヶ月で終了。

2016年、ヘッドハンティング会社からの突然の連絡を受け、レオン自動機株式会社の社外監査役に就任。現在、社内で唯一の女性役員として奮闘中。

2017年、夫のニューヨーク駐在に伴い、東京とニューヨークを行ったり来たりするデュアルライフをスタート。ほぼ毎月、10日から2週間をニューヨークで過ごしている。デュアルライフによってクライアントに迷惑をかけることがないようにするため、アールパートナーズの日常業務をスタッフに丸投げ。その結果、仕事の立ち位置がプレイングマネージャから経営者にシフトする。2018年、女性会計士の仲間と女性会計士だけのコンサルティング会社、株式会社Lumiere設立、専務取締役就任。同社にて人材紹介業の許可も取得。企業のダイバーシティ経営支援と業界活性化にも力を注いでいる。

独立当初より、仕事をとるためのいわゆる営業活動はしない、税理士登録はしない、忙しくしない、ご依頼をいただけなくなったら家庭に入る、という方針を貫いて今に至る。既婚、子供なし、親の介護の真っ最中。

02

監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ

監査法人は「いちばんゆったりと仕事ができそうな監査法人はどこか」という観点で選んだ。正直、そんなに仕事をするつもりはなかったし、そもそも数年で辞めるつもりだった。ただ、監査の仕事はとても面白かった。会社の通帳はもちろん、他人の給与明細から日常では見ることのできないような大きな金額の記載された契約書など、重要書類を見ることができたし、それについて会社の方から話をきくこともできた。株主名簿、各種議事録などの機密文書を新入社員でも見ることができる仕事はほかにそうそうないだろう。これにより、世の中の本には書かれていないような「真の情報」―たとえば、契約時に何が問題になるのか、この条文を入れている意味は何か、実際にどのくらいの金額でどのような取引をすることができるのか、会社の中でどのような議論が行われどんなふうに物事が決まっていくのか、など―を頭のなかに叩き込むことができ、これは、コンサルティング業務に生かされている。
また、私がよく仕事をしていた上司は、新人の私に仕事を任せてくれた。その上、私が監査法人に勤務していたころは、小規模なクライアントさんであれば、現場レベルで監査手続を変更することができた。そのため、この会社さんのこの取引だったら、こちらの資料を監査に利用させていただくほうが効果的だとか、この手続よりこっちでカバーした方が効率的だとか、現場で活発に議論しながら仕事を進めることもできた。
私は主査を経験しないまま監査法人を辞めたが、会社とのやりとりから現場での手続きまで、かなり自由に現場をコントロールできたことが、監査という仕事の楽しさにもつながり、その後の仕事の基礎にもなっている。
なお、監査法人を辞めたのは、心身ともに疲れてしまい、サラリーマンは無理だと思ったため。24時間の周期で生きるのが苦手で、毎日コンスタントに仕事をするのは難しかった。電話が嫌い。当時は乗り物も苦手で、このまま勤め人を続けるのは不可能だと悟った。

平林 亮子さん

03

今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス

代表を務める合同会社アールパートナーズは、経営コンサルティング業務を行なっている。会社設立から広報支援まで、できることはなんでもお手伝いするが、原則としていわゆる作業代行はしない。成果物として報告書などの書類を提出するといったこともほとんどしない。
あらゆる支援をおこなっているが、その中で会計士ならではのコンサルティングだと感じるものの1つが業務フローの再構築だと思う。クライアントの業務フローを見直し、効率的、効果的な業務フローを設計し、定着させていくという業務だ。監査の現場でも業務フローをしっかり理解することが大切であるし、必要に応じてさまざまなアドバイスをするはずだが、コンサルティングとして、それを会社と一緒に再構築するというわけだ。
弊社のクライアントはいわゆる中小企業だが、上場企業での経験が大いに役立つ。現状のフローのヒアリングは、統制リスク評価のプロセスの一部となんら変わらない。監査と少し違うことがあるとすれば、会計リスクより経営リスクに重点を置いて物事を考えるという視点の違いだ。例えば、貸倒が会計処理として適時適切に反映される仕組み、よりも、貸倒が生じない仕組みが重要になるということだ。
中小企業であるがゆえに、上場企業と比較すると組織はシンプルであることが多いが、経営リスクを軽減し、会計や法律上の問題が生じないように、かつ、少人数で実現可能な業務フローを作るにはどうしたら良いか、を考えることが重要になる。
会社には、本当に無駄な書類が沢山あるもので、私から見て無駄だと思う書類に関して作成理由を聞くと大抵、「前任者から受け継いだから」「税理士に作れといわれたから」という言葉が返ってくる。そういう書類は廃止したり、より役立つ書類に変えるよう提案したりしながら、クライアントさんと一緒に新しい業務フローを作っていく。これは、会計士の知識や経験を存分に生かせる分野だと確信している。
なお、社外監査役を務めるレオン自動機の業務は、月に1回の取締役会への出席が基本。監査法人の事業所往査に同席させていただいたり、経営企画会議に出席させていただいたりすることもある。何が会社にとって良いことなのか、取締役の行為は会社のためになっているのか、まっさらな視点で考え、観察し、必要があれば質問をしたり意見を述べたりしている。会計士として、というのはあまり考えておらず、自分が感じたことを素直に伝えるよう心がけている。コンサルティングと比較すると、自分の働きが会社の役に立っているのかどうかの手応えを得るのは難しいし、手応えなど得られないのかも知れないが、自分で課題を設定し実行していくことができるという点で非常にクリエイティブな業務だと感じる。

04

あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性

私の強みはおそらく「女性」×「若手」×「公認会計士」である。それくらいしかない(笑)
今現在は、独立して約20年という「継続」も少しは強みといえるかもしれない。
40代になって「さすがに、もう若手とは言えないな」と思っていたら、社歴のある企業の役員という立場では40代はまだまだ若手で「場所が変われば、年齢の意味も変わるのだぁ」と実感しているところである。
年齢を強みと言って良いのかはわからないが、今のところ、希少性ということで強みにはなっていると思う。社会や企業の組織がもっと成熟した場合には、女性であることや若手であることは何も役に立たなくなるかもしれないが、その時代、その環境で生かせる力があるなら、それで良いと思う。
また、自分の強みは、自分であまり自覚できないことも多いのではないかと私は思っている。強みは、他人から見て分析して貰った方がいい場合もある。よほど他人より秀でたものがある場合には別かもしれないが、自分の魅力に気付いていない人はとても多いし、本人がコンプレックスを抱いている部分が他人から見ると魅力的だったりすることも往々にしてある。
逆に言えば、他の人の隠れた強みを見出して適材適所を実現することは、経営者業の醍醐味である。

平林 亮子さん

05

仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間

心が大きく動いた瞬間といえるかはわからないが、「仕事をしていて良かったな」と思った瞬間はある。それは、約10年前に、子供をもつことが難しいという診断が下った日のことだ。銀座のクリニックでそれを告げられ、銀座の街を泣きながら歩いた。が、幸か不幸か、その日はそのあと、出版社との打ち合わせが入っていた。それに合わせて、無理やりきもちを切り替えると、とりあえず、涙は止まった。そして、仕事をしている間は、子供のことを悩まずに済んだ。
もし、家庭とは別の世界がなかったら、私はあのままノイローゼになっていたのではないかと思う。子供のことを考えて何年もノイローゼ気味になっていたが、それを考えずにいる仕事という時間があったこと、また、経済的な心配をしなくていいだけのお金を自分で得られたことは、大きな救いだった。
仕事ができること、家庭から独立した居場所があることに心から感謝でき、これから先も可能な限り続けていこうと思えた。
もちろん、言うまでもなく、クライアントさんが「変わった!」と思えた時も、心が大きく瞬間だ。弊社がコンサルティングに入って、様々な業務プロセスを見直したりする中で、大きく社風が変わり、風通しの良い会社になった瞬間は、なんとも言えない嬉しい気持ちになる。そしてそういう会社は、結局、業績も伸びてくる。「コンサルティング」という弊社の提供している無形のサービスが、「クライアントの業績の伸び」というわかりやすい成果となって現れてくれるのは、本当にありがたいことだ。

06

公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか

自分にとって大きいと感じるご依頼やご相談をいただくときは、いつも悩む。ご要望にお応えできるのか、と。
そんな時は、自分自身と対話したり、ご依頼主ととことん話をしたり、メンターと話をしたりする。ご依頼主には「本当にお役に立てるかどうか、お仕事をお受けして、チャレンジしてみないとわかりません」と正直に伝えることも多い。そして意外にも、「それでいい」と言っていただき、解決することも多い。ダメなら契約を終了してもらえばいい。そう思えば、意外と簡単だ。
思考したり、勉強したりすることは大事だが、意味もなく悶々と悩まないことが大切だと思う。
ちなみに、今までで、仕事(といえるかわからないが、、、)の面でいちばん悩んだのは、政治家にならないかと誘われたときである。とある政党から衆議院議員選挙に出てみないか、と言われた時には正直かなり悩んだ。綺麗事を並べられたら即お断りをしたと思うが、「女性議員を送り込みたい」「マスコット的な位置付けだ」「お金は出せない。自分で出してくれ」と、むしろ、直球をぶつけてくれたので、逆に受けて立っても良いのかも、という気持ちもわいた。政治家としての手腕やこれまでの業績などにはあまり期待していないが女性会計士としてはキャラがたつ、ということで、それなりの時間もさいてくれたのだ。しかも、声をかけてくれたのは、私が一方的に存じ上げていたとても尊敬できる方だったので、なおさらだった。結局、私が家族の介護で忙しくなり、この話はなくなったが、本当に決断が難しかった。
結論を先延ばしにできる時は、決断せず、時間が解決してくれるのを待つのもありなのかもしれない。
ところで、仕事の悩みは介護と比べればまったく悩みにならない。おそらく、子育てもそうなのではないかと察する。子育ての悩みに比べたら、仕事の悩みはたいしたことないことが多いのでは?

07

人生の目的と公認会計士という資格

人生の目的は寿命まで生きること。その手段として公認会計士の資格を取得したが、その意味では最強の資格だった。公認会計士として大手監査法人に入所した時点で、お金の心配がなくなるだけの初任給を頂くことができ、仕事の内容や生き方にフォーカスすれば良くなった。
また、公認会計士の資格は稼ぐ手段という役割を超えて私のパートナーとなっている。新しいものごとに取り組む際のハードルを下げ、通常だったら立ちはだかったであろう壁をいくつも壊してくれた。経済社会においては、本当に便利な道具であり、こうなってくるとアイデンティティといってもいいかもしれない。
だからこそ、気をつけていないと、それが人生の制約になることもある。「会計士だから」「会計の知識を生かすには」と自分の視野を狭める要因になったらもったいない。会計士にとらわれることなく、自分の特徴の1つとして、一緒に生きていきたい。

平林 亮子さん

08

これから成し遂げたい事、将来の夢

セントラルパークでお抹茶を点ててみたい。ウィーンにもう1度行きたい。
50歳くらいになったら海外で仕事をしてみたい。
死ぬまでに1度シンガーソングライターとしてライブをしてみたい。死ぬまでに1つ小説を書いてみたい。
将来的には、パーマネントトラベラーになりたい。住所を持たない人生を送りたい。お金がなくても生きていける人になりたい。スーツケース1つで暮らせるようになりたい。インターネットがなくても生きていける力をつけたい。
あわよくば、世界平和に貢献したい。

平林 亮子さん

09

キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス

公認会計士という資格にとらわれず、公認会計士は一定の勉強をしたことの証明、試験に受かる運の良さの証明程度で利用すると良いと思う。
また、独立するためにどんな準備をしたら良いか、という質問を良く受けるが、独立するためには、まず独立をすれば良いと思う。準備すべきことは、独立すれば見えてくるはず。
コンサルティング業務の基礎はどうやって身につけたのか、という質問もよくいただくが、結果的にコンサルティング業務に流れ着いただけで、ここを目指してきたわけではないので、具体的な道筋はわからない。ただ、監査業務をしっかりすれば、コンサルティングのための基礎知識は十分に身につく。監査業務を経験することが、コンサルティング業務において会計士として力を発揮する近道だと思う。
ところで、自分の目に見える人生の景色、感じることのできる世界もどんどん変化する可能性があって、今の自分の望みと10年後の望みが同じとは限らない。そのため、「自分」とか「軸」とかにもあまりとらわれず、変化していくことを楽しんで苦しんで悩んで受け入れて進めば良いのだと思う。