会計士の履歴書
千葉 知裕

株式会社Macbee Planet

代表取締役社長

千葉 知裕

ちば ともひろ

会計士をドアノックツールとして上場会社社長に就任

1986年7月11日生まれ(40歳) 宮城県出身 東京都在住

中央大学法学部 2009年合格

千葉 知裕

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キャリアサマリー

2009年11月

公認会計士試験合格

2010年4月

あずさ監査法人(現:有限責任 あずさ監査法人)入所

2018年10月

株式会社Macbee Planet 入社

2019年3月

株式会社Macbee Planet 取締役就任

2021年12月

株式会社Macbee Planet 代表取締役社長就任(現任)

2022年5月

株式会社ヘリテージ 社外取締役(現任)

高校の先生の助言で、「会計士の存在」を知り、会計士を目指すことになりました。もともとはあまり東京に出てくるつもりはなく、「地元宮城の大学を出て、宮城でビジネスをして」という狭い世界の中で、自分の好きなように人生を送っていきたいというのが根本的な考え方でした。ただ、大学受験をきっかけに東京に出てきてから、自分でも想像していなかったキャリアが形成されていきました。

キャリアの8割は「自分の意思ではなく、偶然や他人に影響されて決まる」と思っていて、基本的には流れに身を任せながら、目の前にあることをやり切ることで、自分磨きを続けてきています。

私は、監査法人に8年半ほどいたので、ベンチャーに飛び込むには遅いという人も多くいました。加えて、IPO前のMacbee Planet(以下、「マクビー」)はまだ何も整っていない、無名のウェブマーケティングの会社だったので、私の意思決定について、何を血迷ったのか、と周りの目には映ったのではないかと思います。

私が転職のときに重視したのは、「①従業員数が50名未満で、②設立は5年以内で、③エクイティでの資金調達をほとんどしていないこと(していても1億円以下)、④内部管理体制がまだ整っていないこと、⑤そして上場した後も自分がリードしながら事業成長に寄与できる会社」であるという点です。この基準を満たしたのが、現在社長を務めるマクビーでした。他人と異なる視点からのアプローチが、現在の「上場会社社長」という立場に繋がったのだと思います。

監査法人を退所してから3年ほどで上場会社の社長になった稀有な存在として、私のキャリアを伝えたいと思います。

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監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ

私があずさ監査法人に入所したのは2010年、ちょうどリーマンショック直後の就職氷河期でした。当時のIPO市場は年間20社程度と今とは全く異なる状況の中、私はIPO部署に入ったので、稼働率は繁忙期を除くと3〜4割程度で、本当に仕事がありませんでした。仕事をもらえたら精一杯頑張らないといけない、というマインドがその時に養われた気がします。
 IPOとの出会いは短答に合格した大学3年生のとき、監査法人の説明会でした。たまたま私のテーブルについたIPO担当者の方の話を聞いて、「これしかない!!」と思ったのがきっかけです。私はそもそも地元宮城で経営がやりたくて、そのための「ドアノックツール」として会計士を取得したので、大企業の監査ではなく、中小企業が中心のIPOが1番親和性が高いと思い、IPO部署を選びました。
 ですが、IPO案件があまりない中で、一部の会社は潰れたり、契約解除になったりして、入所の翌年にはIPO部署の解体を伴う大規模な事業部再編が行われました。その後、工数の8割ぐらいが大企業監査という状況が3~4年続きました。IPOがやりたくて入所したので、当初の期待とは異なりましたが、結果としてそれも大きな経験になりました。今、当時と比較すると小規模な組織の経営をやっていますが、業種は違えど大企業の監査で「あるべき論」が学べたのは大きかったと思います。むしろ、IPOだけで何年間も監査法人に残っていたら、今の立場にたどり着けていなかったかもしれません。
 実は入所当初、最短でシニアに昇格したら監査法人を辞めようとしていたんです。ただ、そんなにうまくもいかず、だったらもうインチャージでもやってみようかなって思っていた矢先、事業部の中でも大型だった医薬品系の会社のインチャージに大抜擢されたんです。すると、今度は抜擢してくれたパートナーやマネージャーの方々に不義理なことできないな、という気持ちになってきて。当時、監査法人を辞めて外でチャレンジしている人達がいっぱいいたので、「早く出たい、でも、義理は果たしたい」という悶々とした状態が3年ぐらい続きました。
 それでも外に出ようと思ったきっかけは働き方改革でした。残業規制がかかり、若手がこれまでよりも早く帰る一方で、インチャージやマネージャーにそのしわ寄せがくるっていうのを肌で感じて、若手が成長できない環境で、自分は過去経験したことを繰り返す、この先に何があるんだろうか、って急に気持ちが切れてしまったんですよね。やりたいこともできなくて、本当にこれが働き方改革なんだっけ?みたいな。
 その後の転職活動としては、最初はあずさOBの方々に紹介してもらいました。ただ、みなさんが紹介してくれるのが、上場予定のいわゆる世の中的に“いい会社”で。そういうキラキラのところに私はあまり魅力を感じてなくて。多少辛くても苦しくても、その会社を自分が成長させたっていう実感を求めていたんです。だから、従業員数は50人未満で、設立は5年以内ぐらいで、外部調達をしていない―つまりコンサルとか投資銀行出身の人たちが、絶対に選ばない―会社で、会計士のバリューが100パーセント発揮できる会社をターゲットにする、というのを明確な「軸」にしていました。マクビーは業績こそ上がっていましたが、そこが輝いて見えていたわけではなく、むしろ私には超泥くさい会社に見えていたので、ドンピシャで「軸」にハマった感じですね。この会社をターゲットにする人、絶対いないと思いました(笑)。あとは、トップラインが伸びて、ちゃんと利益が出ていること。利益が出ない、キャッシュがない、資金調達も困難っていう会社だと、もはやCFOの打ち手ってほぼなくて、お金を稼いでこそ、さまざまコーポレートアクションを起こせると考えたんです。なので、しっかり稼ぐ力を持っている会社を見定めていました。ベンチャー企業だと、調達しまくって赤字掘りまくって、という会社もたくさんある中で、マクビーのように最初から利益を着実に稼いでいる会社ってあまりないんです。
 そして、転職活動中にいろいろな会計士の先輩方にお話を聞いていると、会計士が、投資銀行やコンサルの方々にCFOポジション争いで敗れている話をよく聞きました。実際に私が面接を受けに行った時にも、会計士が下に見られている感じがあったので、 絶対に下に見られない会社に行ってやろうという思いがありました。監査法人から一歩外に出て、特に事業会社にいくと、会計士が下に見られているケースが多いイメージがあります。なので、絶対にCFO以外のポジションでは入らないというのも、その時に決めました。あと、人の下で働くっていうのが昔から嫌だったというのもあります。なので、監査法人を出てIPO準備会社に転職するならば、これが「最後の雇われる会社」と決めて、会社を慎重に選びました。将来的に、私が仮にマクビーを離れるとしたら、転職はせずに、独立か起業の選択肢しかないと思ってます。

千葉 知裕さん

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今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス

今はマクビーの社長をしていますが、引き受けるまでには葛藤がありました。マクビーに入った時、「この会社をスケールできるか、上場後も関わり続けられるか」という視点がありましたが、そもそも前に出るタイプでもないので、会長と前社長から、「社長やらないか。」と言われても、一度断ったんです。でも、最終的には、自分が上場させた会社、そして一緒に上場を果たしたメンバーと次の目標を目指したいという気持ちから、「だったら自分がやるしかないな。まあこういう人生もあるかな。」と思い、引き受けました。そんな感じで社長になって、早2年。最近では、登壇やメディアへの露出が多くなりましたが、本心ではこういうのは全然得意でも好きでもないんですけど(笑)、マクビーがやっていることを「世の中のデファクトスタンダードにして、広大なインターネット広告市場を変革していく」、そのためには会社の認知をあげるためにやりきらないと、という使命感でやっています。
 実は、社長をする上でかなり大事なのが、監査法人で誰もが経験する組織のピラミッド構造における人間関係を通じて得たコミュニケーション能力とか、場をうまく作っていく力みたいなものだったりします。監査法人でも、インチャージ・マネージャー・パートナーって皆すごいところはあるものの、万能人間ってあまりいないじゃないですか。私自身も監査領域は本当に苦手だったんです。ただ、フロントに立って会計の話をしたり、クライアントワークは得意でした。自分の弱いところは、自分よりもはるかに優秀な人たちに任せちゃって、自分の強いところでリードすることによって、互いにリスペクトしながらチームを作り活性化させていくことは、監査法人時代の一番の学びだったと思います。
 私は現在、社長をやっていますが、もともとはCFO。実は経営企画や管理の業務で、手を動かしているのではないかと聞かれますが、現在は全く手を動かしていません。これまで自分がやってきた領域なので、かなり気になりますけど、自分で採用した優秀な人たちに任せてしまって、自分自身は社長業に集中しています。だって、優秀な人たちは、他人にわーわー言われるのは嫌じゃないですか(笑)。なので自分は実務をやらずに任せよう、任せられる人を採用しよう、と。今、経営企画は戦略コンサル出身の者に任せ、管理部はあずさ時代の後輩に任せています。まあ、多少わーわー言っている気がしますが (笑)、一切手は動かしていません。この2人に限らず、営業や開発などに優秀な人たちをそれぞれの領域に配置して、その人たちでうまくワークしてもらいつつ、バランスを崩さぬように私はうまく全体のバランスを保つ。そういうイメージを持って、会社経営を行なっています。
 会計士が社長になるとしたら、一番武器になるのはやはり「会計・ファイナンス」だと思います。これまで数字が読めることが武器だと思ったことはなかったんですが、事業会社に出ると想像以上に武器になるなって実感しています。皆数字を追い求めているけど実は数字を読めていない人が多い、というのは意外な気づきでもありました。ここでいうファイナンスというのは、エクイティファイナンスとか資金調達という意味もあれば、IRも、市場を俯瞰して見ることも、資本コストなどの概念を知っていることも広く含めています。しっかり根拠を持って数字で語れることは武器。

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あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性

私の強みは「コミュニケーション能力」かなと思います。マクビーに入った時は「IPO請負人」と捉えられているので、IPOは絶対達成しないと、という気持ちはありましたけど、本当はコミュニケーション能力が私の強みであり、私が社長になった理由だと思っています。基本、私あまり人に嫌われないので(笑)。あと、バシバシ言っていくタイプでもないんです。人それぞれ個性があり、それぞれがうまく活躍できる状態をつくるため、「人をその気にさせて、向かわせたい方向に持っていく」という私のコミュニケーションスタイルが、現在はうまく活かせていると思います。
 最近では難しくなりましたが、社長になる以前は、役員も従業員もとにかく徹底して話を聞きました。深夜遅くまで飲んだこともいっぱいありましたね。これも今に生きていると感じています。

千葉 知裕さん

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仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間

IPOした瞬間は確かに心が動きましたけれど、実は心が大きく揺さぶられる、という瞬間はあまり多くないです。今年グループインしたネットマーケティングのM&Aの時も、社内の皆は興奮していたと思いますが、私はあまり心が揺さぶられたという訳ではない。というのも、数年前から、ネットマーケティングと一緒になる未来を考えてきたので、いざ一緒になった今、「描いた未来をしっかり実現しないと、彼らと一緒になった意味ない」っていう使命感に変わっているんです。これはマクビーがインターネット広告業界の転換をするという使命があることにも起因しています。
 逆に、もともと地元宮城に貢献することを人生の目標においているので、宮城のプロジェクトや様々な人との出会いなどでは心揺さぶられる瞬間はあります。

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公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか

会計士を「ドアノックツール」と思っていたので、会計士になったばかりの頃、監査という仕事に価値はあまり見出せなかったです。監査法人1年目の時、クライアントに行って間違っていることを指摘するんですけど、「これ、本当に必要なのかな。」って。市場の門番とか言われますけど、いや、門番じゃなくても別によくないか?と思ってしまった(笑)。
 その時は悩みましたけど、監査に関する本をもたくさん読んでやりがいを奮い立たせました。「りそなの会計士はなぜ死んだのか」とか、「ライブドア監査人の告白」とか、「監査難民」とか。私は1年目のタイミングで3~4割しか稼働がなくて、与えられている仕事も本当に意味があるのかわからない監査の仕事で、評価も低く、悩んで自問自答する時間が多かったのもあります。それでも現場に出た瞬間はパフォーマンスを発揮しないといけないという、プロフェッショナルとしての土壌はその頃できたと思います。
 あと、会計士が監査法人で成功するにも、外に出て成功するにも、アンテナを張った方がいいと思います。「アンテナを張ること=監査法人を辞めること」と、皆錯覚しているようにも思うんです。まずアンテナを張ったうえで、監査法人がいいのか外がいいのかをジャッジするのが大事なんですけど、焦って出てしまう人たちが多いかもな、と今になって思います。監査していても、OJTで日々情報をインプットしているわけじゃないですか。私が監査法人1-2年目の時は、現場で話されている会計処理の話を、わからなくてもとりあえずキーワードだけメモしておいて、家に帰ったら六法の関連あるところに付箋を貼って、周辺を読むという作業を繰り返していました。監査調書を全部読むのは無理でも、ここだけ抑えておけば、自分のクライアントの会計論点は潰れていくので。それを1-2年ぐらいずっと続けていましたね。

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人生の目的と公認会計士という資格

人生の目標は、「地元宮城を盛り上げること」。大学受験で東京に出ざるを得ず、戻るための「ドアノックツール」として、会計士か弁護士になろうとしていました。高校生の頃、地元で若いうちに周りから認めてもらうためには、「バッジ」を持っていることが近道だと思ったので。なので、「東京に出てきて目標ができました」ではなく、昔から思っていたことを実現していかないとな、という感じです。社会的信用力のため、という意味では弁護士でも会計士でも、自分が取りやすい方でよかったのですが、実は高校の先生に、「弁護士じゃなくて会計士に向いてるんじゃないか」って言われたんです。あまり人の話は聞かないんですが、なぜかそのときだけは素直に聞きましたね。あの時の先生の言葉があったから今ここにいると思うと、当時の先生はセンスがあると思います(笑)。

千葉 知裕さん

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これから成し遂げたい事、将来の夢

やりたいことは色々ありますが、やはり「地元宮城を盛り上げたい」が一番の目標です。そのためにも、マクビーでは今できることを全力でやりきりたいと思っています。私は、キャリアの8割くらいは「自分の意思ではなく、偶然や他人に影響されて決まる」と思っていて、基本的には流れに身を任せながら、目の前にあることにやり切ることで、キャリアは開けていくと考えています。マクビーの社長になったこともそうだと思います。
 話は戻って、本当の意味で、「地元宮城を盛り上げる」ためには、将来的にはオブザーバー的に動くのではなく、自分自身が事業を行っていくことが重要だと考えています。
 「自分が宮城で事業をやるとしたら」はいつも考えていて、いくつかの方向性で今は考えています。あまり口には出さないようにしていますが(笑)、いずれその時が来るまで、しっかり温めておこうと思っています。

千葉 知裕さん

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キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス

監査法人の会計士に言いたいこと。「とにかく監査法人外にアンテナを張ること!」
 会計士は内輪にとどまり、外交が苦手な人が多いけど、自分の現在地を知るためにも、監査法人外にアンテナを張ることが大事だと思います。セミナーやイベントでもよいですし、外に出て活躍している会計士の話を聞くのもよいですし、全く異なる立場の人の話を聞くのでもよいです。いずれにしても、多くの人からのインプットを増やすことが必要だと思います。そうしてみると、監査法人に残るにしても、外に出て活躍するにしても、会計士の活躍できるフィールドがどんどん広がっていることに気づけると思います。
 私が上場会社の社長として思うこと。上場会社では、投資家との対話、内部管理体制の構築・運用、コーポレートガバナンスコードの遵守などが求められています。このような市場の中で、幅広いスキルを持っている会計士への需要がどんどん高まり、今後はさらに高まっていくと推測しています。海外の市場を見ると、会計・ファイナンスをよく理解している経営者も多い。今後、日本市場も同じように、ファウンダーとCEOの役割が切り離されていく、そんな未来もあると思っています。事業会社に出てくる会計士がもっと増え、経営の一角を担う人が益々増えていくことを切に願っています。