
横浜市立大学国際商学部
准教授
芦澤 美智子
あしざわ みちこ
アカデミアと実務をつなぐ変革者
1972年10月23日生まれ(53歳) 東京都出身 東京都在住
慶應義塾大学大学院経営管理研究科(後期博士課程) 卒業

01
キャリアサマリー
センチュリー監査法人国際部(現有限責任あずさ監査法人)入社
公認会計士登録
株式会社産業再生機構入社
アドバンテッジパートナーズ有限責任事業組合(現株式会社アドバンテッジパートナーズ)入社
横浜市立大学国際総合科学部(現国際商学部)准教授(現任) 横浜市立大学国際マネジメント研究科(大学院) 准教授(現任)
ネットイヤーグループ株式会社 社外取締役(現任)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 非常勤講師(現任)
NECネッツエスアイ株式会社 社外取締役(現任)
日本発条株式会社 社外監査役(現任)
主な学協会活動:日本ベンチャー学会・組織学会・日本経営学会
キャリアについては将来を見据えて考え準備してきたわけではありません。その時々のご縁や様々な状況の中で進路を決めてきてきました。学生時代や監査法人にいた頃には、将来自分がアカデミアの世界に進むなど全く想像していませんでした。ただ不思議なことに、振り返ってみるとすべて繋がっています。まさにスティーブ・ジョブズの言うConnecting the Dotsです。
大学は経済学部に所属していましたが、卒業した1995年は就職氷河期でした。また、たとえ素晴らしい企業に入社できたとしても、女性が男性と平等に生涯働き続ける事例が少なく、キャリアの見通しが立たず暗澹たる気持ちになりました。そんな時、両親と指導教員の先生から「あなたのようなタイプは資格を取るのがいいのではないか」とアドバイスを受け、なるほどそれなら結婚・出産した後も求められる場所があるかもしれない。そう考えて、大学4年生の春に公認会計士の資格取得を志しました。自分なりに一生懸命勉強しましたが、1年目に短答式試験で不合格となった時は大きな挫折感を味わいました。同期は既に就職しボーナスをもらって自立しているのに、私は将来の見通しが立たないわけですから。両親から予備校の費用は1年分しか出さないと言われていたので、ローンを組んで予備校に戻り、気持ちを入れ替えて猛勉強しました。
2年目に無事二次試験に合格し、センチュリー監査法人国際部(現あずさ監査法人国際部)に就職しました。今振り返っても、大卒最初の職場として大正解だったと思います。プロフェッショナルとして生きる(稼ぐ)ためのスキルが身につきました。特に国際部だったことで良かった点が二つありました。
第一は外資系日本法人の小さいクライアントが多く、入社2年目には早くもインチャージとして小さいチームを率いました。リーダー経験が得られたのは、その後の大きな糧となりました。
第二に当時まだ日本で一般的でなかった、最先端の年金会計や繰越税金が日常で、早くに最先端の知識・技能を身につけることができました。またクロスボーダーM&Aのデューディリジェンスの仕事が入ってきました。外国人会計士とコミュニケーションを取り、英語の文献を紐解きながら、正しい会計処理を探る日々は刺激的でした。未知の領域に取り組む姿勢は、その後に学術の世界に入る時の基礎になっていたと思います。
こうした経験を経て何年か監査法人での実務に携わっているうちに、公認会計士としてステップアップするためには経営の勉強をする必要があると気づきました。当時の私は、会計士としての知識は頑張って勉強していましたが、経営全般のことや業界特有の動向などについては知見が足りないので、クライアント経営者との本質的な会話が成立しないと感じることが多々ありました。「経営」を理解できればきっとさらに面白くなるだろうと思いました。その気持ちが日に日に高まり、MBAを取得するために慶應義塾大学のビジネススクールに行くことを決めました。28歳の時のことです。
ビジネススクールでの日々は期待通りでした。そして想像以上に良かったのが、多くの人との貴重な出会いと日々の議論。あらゆる職業のクラスメイトがいて、また、日本のトップビジネススクールということでゲスト講師も豪華でした。視野が広がり世界がより鮮明に見えるような気がしました。監査法人時代の自分がいかに狭い世界で生きていたのかを痛感せざるを得ませんでした。さらに2年次に半年ほどロンドンビジネススクールに交換留学生として留学する機会があり、この時は世界数十か国のクラスメイトとの出会いに恵まれました。それはもうエキサイティングな日々でした!
ビジネススクール卒業後に選んだのは、当時の日本で最大の問題だった不良債権の処理と大型企業の再生をミッションとして誕生した産業再生機構でした。2003年の4月から4年間限定で存在していた会社です。私はカネボウ再生チームに現場リーダーとしてアサインされましたが、この仕事はとにかく強烈でした。KPMG時代の知識、ビジネススクールで身につけた知識を総動員するのですが、それだけではまったく足りません。たとえばあらゆる角度から分析して「このままでは中国企業に勝てない」との結論に至り、それをどんなに説明しても、納得してもらえません。人も組織もロジックだけでは変わらないことを、この時期に心底理解しました。
産業再生機構で一定の成果を得て自信もついてきたので、アドバンテッジパートナーズの門をたたきました。プライベートエクイティファンド(PE)は、業界再編までを手掛けられるダイナミックな職業であり、案件成功時のリターンが大きく経済的成功も目指せるので、世界中のビジネスエリートが憧れる職場です。アドバンテッジパートナーズは日本でトップクラスのPEであり、以前から「是非ジョインしたい」と思っていました。ただこれはようやく笑って話せるようになったのですが、入社したもののまったく歯が立ちませんでした。優秀な人たちが真剣勝負で大きな案件に取り組んでいて、知力、体力、精神力、どれをとっても私は落ちこぼれ。ここでは挫折感を味わうことになります。
ここで自分自身の限界に気づかされ、自分の生き方を真剣に考え直しました。自分は万能ではないし、世の中にはとてつもなく優秀で真剣にやっている人がたくさんいる。だとすれば、差別化できる自分の武器は何だろう、どこに人生をかけて取り組んでいくべきだろうと考えて、たどり着いたのが今のアカデミアの仕事です。
実はアカデミアに進むことに可能性を見出した背景には、私が日本のビジネススクールに行った選択が影響していました。日本のビジネススクールにいたからこそ、日本の経営学の様子を垣間見ていて、そこに改善・発展の余地があることに気づいたのです。経営学は実践的学問であるにもかかわらず、アカデミアと実務家との間に橋がかかっていないように見えたのです。橋がかかれば双方が大きく発展する可能性がある、そう思ったら、ワクワクして寝られなくなったことを今でもよく覚えています。
今現在の私は公認会計士時代を皮切りに希少な経歴があるがゆえに、活躍の機会がどんどん広がっています。上場企業の社外役員や、国や自治体の委員なども務めているのですが、研究者としての知見に加えて、現場で学んだことが大いに活きている。真剣勝負を積み重ね身につけてきたスキルを掛け算することで、自分自身の価値が高まり、未来に貢献できていると感じます。これからも研究者としての枠に縛られず、失敗をおそれずに未来創りのために挑戦していきたいです。
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監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
監査法人における経験の全てはとにかく楽しかったです。新入社員の時から社会インフラを担っていると思えて誇らしかったですし、クライアント企業の経理部長や役員と話ができるというのは今考えると貴重な経験だったと思います。色々な会社を見ることができるので横断的に社会経済を俯瞰することができました。
1のキャリアサマリーと重なりますが、今振り返っても、大卒最初の職場として大正解だったと思います。プロフェッショナルとして生きる(稼ぐ)ためのスキルが身につきました。また、この事務所には転職をする人が多く、終身雇用でないとわかると、労働市場でいかに自分の価値を高めるかを考えざるをえません。そのような環境で自分のキャリアを真剣に考えた結果、三次試験を合格した後に大学に戻ってMBAを取ろうと決めました。そしてそのことが、その後のキャリアに繋がってきます。この時期にキャリアを自分で選択し築いていくという姿勢を身につけたことが大きかったです。

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今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
2013年より横浜市立大学国際商学部准教授として働いています。これまでの経験を活かし、着任当初は主に企業変革の研究を進めました。そして2018年頃からはイノベーション・エコシステム/スタートアップ・エコシステムの研究に力を注いでいます。現在は研究成果を生かして、イノベーション拠点形成に関する政策提案をしたり、自らも実践活動に力を注いでいるところです。
また、三社の上場企業(ネットイヤーグループ、NECネッツエスアイ、日本発条)の社外役員を務めているほか、国や横浜市の各種委員等を多数担っています。
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あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
私自身は性格診断ツールによると「革命家」でした。好奇心が強く、新しい考えや経験を取り入れることをいとわないという点ではまさにその通りだと思います。
現在、イノベーション・エコシステム形成の研究をしたり、大学発スタートアップの発掘支援活動をしていますが、これら一連の活動は「革命家」らしいと自分でも思っています。日本は世界的に見ても起業家的活動の低い国なのですが、そうした環境においても、「新しいものを生んで、新しい未来を創ろう」と周りに働きかけつつ仕事を続けています。時には煙たがられることもありますが、共感してくれる人も多い。そうやって未来を創っていく時間、「自分の道」が歩めることが今は幸せだと感じます。

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仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
一番大きく心が動いた瞬間は、産業再生機構の時に担当した「カネボウの再生」案件の10年後に訪れました。案件に携わっていた当時は30歳前半と年齢も低いうえに、私は女性です。伝統的大企業の経営陣はシニア男性ばかりでしたから、私が提案し実行しようとすること一つ一つに対して、抵抗を強く感じました。
しかし10年後に、その時のカネボウのメンバーと再会する機会があったのですが、意外なことに感謝の言葉をいただきました。「当時は産業再生機構の提案する方向性に抵抗があったけれど、あなたが夜遅くまで作業し、現場に来て皆の話に耳を傾けていた姿は心に残った」と。これはとても嬉しいことでした。
変革を担う人は短期的には抵抗や反対を受けます。それでも対話を重ね共感を生んで流れを変えていくことはやりがいあることです。さらに時間が経つといつか理解され感謝される日が来る(こともある)。そのことは私の原点になっています。
また、「カネボウの案件は会計士じゃないとできない」と当時の産業再生機構COOの冨山和彦氏に言われました。変革をするにあたって数字を理解して計画を作り、それを説明できる人は多方面から求められます。会計士という経歴があってこそ、これだけ大きなプロジェクトを任され、心が大きく動いた瞬間が訪れたのだと思っています。
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公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
会計士には二重責任の原則があり、経営そのものには関われません。そのことにもどかしさを感じました。慶應義塾大学のビジネススクールに進むことになったのも、その後に監査法人に戻らずファンドの世界に進んだのも、自分自身が変革の前面に立ちたいという気持ちが強かったからだと思います。まさに「変革者(革命家)」の血が騒いだということでしょうか。
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人生の目的と公認会計士という資格
公認会計士としての知識や経験は、ビジネスの世界に限らず応用範囲が広くて素晴らしい素養だと思っています。おそらく公認会計士の皆さんが自覚している以上に、会計士という存在は世の中から求められていると思います。
更には公認会計士という仕事は数字だけではなくて、数字を起点にして経営そのもの、産業に触れる仕事なので、社会経済のことを考えられる仕事です。それを自覚して日々過ごせば本当に力がつくと思います。「公認会計士の皆さんは自信を持ちましょう!」ということを、この場でお伝えしたいです。

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これから成し遂げたい事、将来の夢
今、研究者として一貫して、現場を重視する姿勢を取っています。ラボの中での調査、特に大規模データの分析を高く評価する国内外の学会のトレンドがある中で、現場に立ち続けるのは非効率かもしれない。それでもこれが私の研究者としての道だと信じています。その先に、アカデミアと実務に橋をかけ、変革するというビジョンがありますから。紆余曲折して研究者になったからこそ、人と違う経験、悩み抜いて見出したビジョンを大事にしようと思えます。そうやって「自分の道」が歩めることが今は幸せだと感じます。
さらには、希少な経歴があるがゆえに、活躍の機会がどんどん広がっています。上場企業の社外役員や、国や自治体の委員なども務めているのですが、研究者としての知見に加えて、現場で学んだことが大いに活きている。真剣勝負を積み重ね身につけてきたスキルを掛け算することで、自分自身の価値が高まり、未来に貢献できていると感じます。これからも研究者としての枠に縛られず、失敗をおそれずに未来創りのために挑戦していきたいです。

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キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス
私は会計士業界から離れたのでわかるのですが、皆様は、自分で思っている以上に世の中に求められています。そして監査法人の世界は実際にかなり「狭い世界」ですから、外に出ることをお勧めしたいです。
特に女性はこれから社会経済の中心で活躍することが求められてきます。私は今、三社の上場企業で社外役員を引き受けていますが、そのことを日々肌で感じています。特に公認会計士への期待が高まっていますので、是非、社外役員としてのキャリアも視野に入れてください。責任も重いですが、やりがいある仕事です。ただ、社外役員としては、公認会計士だけの素養だけでは不足があるため、一定のトレーニングは必要不可欠かと思います。私自身、その問題意識に基づき「オンボード」という女性の社外役員をトレーニングする会社を支援し活動に関わっています。是非こちらにも多くの人に参加してほしいです。
https://onboardkk.com/seminars/miniseminar2021/


