
株式会社M&Aコンサルティング
管理部 取締役(常勤監査等委員)
相亰 俊信
あいきょう としのぶ
監査法人勤務、起業を経て会社経営へ。原理原則を大切に人と運を引き寄せる
1981年12月11日生まれ(44歳) 兵庫県出身 東京都在住
慶應義塾大学 商学部商学科 卒業 2007年合格

01
キャリアサマリー
米国公認会計士試験に合格
慶應義塾大学商学部卒業
松下電器産業株式会社(現:Panasonic株式会社)入社
同退社
あずさ監査法人(現:有限責任あずさ監査法人)入所
公認会計士試験に合格 2010年7月~2012年6月までKPMGシリコンバレー事務所に赴任
同退社(最終職位:シニアマネジャー)
自身でワイン投資ビジネスの立ち上げに挑戦、他ビジネス創業にも携わる
株式会社M&Aコンサルティング CFO/管理部長に就任
同 取締役(常勤監査等委員)に就任
幼少期は父親の転勤の関係で関西と関東を行き来する。慶應義塾大学商学部に入学し、海外で働ける力をつけたいという思いから、US CPA(米国公認会計士)の勉強を開始し、2002年に在学中合格。ただ、就職超氷河期だった時代で海外生活経験・留学経験もない私がBig4に就職することができず、日本の会計士試験を目指すことに。同世代の友人・同級生が就職活動を行っているのを目の当たりにして不安になり、就職活動を始める。
2004年に松下電器産業株式会社(現Panasonic株式会社)の経理社員として入社し、本社経理部に配属となる。当時、米国会計基準で数百社の連結決算業務を行うとともに、取締役会資料・経営会議資料・IR資料などの作成にも携わる。より一層、会計専門職に携わりたいという気持ちを抑えることができず、あずさ監査法人(現:有限責任あずさ監査法人)に転職を決意。
2006年にあずさ監査法人に入所し、第二事業部(当時の国際部)に配属となり、長年にわたってUS GAAP・IFRS・日本基準の上場企業の監査・アドバイザリー業務に携わる。海外市場株式公開に向けたショートレビュー業務等も経験。2010年~2012年までKPMGシリコンバレー事務所駐在。2017年にシニアマネジャーになり、所属するグループの人事、リクルーティング活動などにも深く関与し、法人運営にも参画。
パートナーになって組織をリードして世界で活躍することも考えたが、起業にチャレンジしたいとい気持ちの方が強くなり、退職を決意。自身でワイン投資ビジネスの立ち上げや他ビジネスの創業に携わりゼロイチの苦労を経験。結果的に前者はクローズ、後者は違う道を歩むことを決意。
少し時間が出来て、『Who am I』?(自身の強みは何か、どうやって社会に貢献できるか、何を成し遂げたいか)というものを見つめ直していたところ、株式会社M&Aコンサルティングの創業取締役である友人から、会社成長に伴って管理部体制を構築できる人を探しているというお声がけをもらい、チャレンジを決意。CFO/管理部長として管理部体制の構築だけでなく、経営戦略の立案などの経営にも携わり、現在は取締役(常勤監査等委員)に就任。
02
監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
2006年に実務経験ありのUS CPAとしてあずさ監査法人に入所し、第二事業部(当時の国際部)に配属となり、SEC登録企業のUS GAAPでのグループ監査、US SOX初年度監査、外資系企業の監査などに携わる。前職でUS GAAPでの連結決算業務を担当していたこと、モノを作る前に人を作る、常に改善するという精神を叩き込まれていたことから、ただ単に提出された資料を監査するだけでなく、どうしたらクライアントがよりスムーズに決算を終えることができるか、どうしたら監査を効率化できるか、といったことを常に考えて業務を行った。今では考えられないが、決算発表直前の日曜日出勤で、夕方のパートナーレビューで重要事項が発見され、月曜日の午前中までクライアント先で私服で過ごした経験もあるが、仕事をするときはしっかりして、休む時はしっかり休むというメリハリのついた充実した働き方を過ごす。
実は日本の公認会計士試験の勉強も続けていて、朝に答練を受けて解説を聞くと始業に間に合わないので途中で退出し仕事に向かい、仕事後に電車の中や自宅で勉強をするという日々。もちろん、同期・友人との飲み会、リフレッシュのためのジムなどもしっかりと活動するが、2007年の受験を最後にしようと決めて試験に挑む。特に論文式試験は実務的な内容も多かったことからか、何とか2007年の試験に合格。同期とは、いかに早く勘定科目の監査を一巡するか、つまり税効果、退職給付などの複雑な論点を早く経験して監査をマスターするか(今考えたらまだまだですが笑)、ということを日々話し合って切磋琢磨しつつ、遊ぶところは遊ぶ充実した日々を過ごす。
前職の実務経験があったので補修所は1年間で卒業し、2008年の年末に修了考査を受けて合格する。監査業務も2-3年間経験し、監査を分かった気になっていた。法人内に残り、輝いている先輩は上場企業の監査インチャージを担当していて、とてもまぶしい。自分もそうなりたい。ただ当時、自身の今までの職務経験から、誰もが知っているような大企業の監査業務に携わることが多かったので、会計士登録が終わったばかりのシニアがいきなりインチャージをできるわけもない、上が詰まっている、上場企業のインチャージのチャンスはほとんど無いと勝手に思い込み、転職・独立を考える。
転職のほうでは投資銀行、ファンド、コンサルなどの情報収集をして全く知らない世界を見て、カッコいい!と気持ちが高まる。そして独立開業して大活躍しているKPMGの先輩を紹介してもらい話を伺うが、「監査を十分経験したのか?」「KPMGでしかできない事を経験できたのか?」「ただ単に監査がつまらないからちゃうんか?」と本質を突いた質問をいただく。その先輩は早く成長をするために、質・量の経験を十分に経験できるという理由でKPMGを選び、実際に入所数年間で誰よりも多く働き、上場企業のインチャージも経験し、その経験があったからこそ独立開業が成功していた。ここで目が覚める。まだ上場インチャージは経験できていない。KPMGでしかできないことはまだ山ほどある。この先輩とは今でもお付き合いいただき、勝手ながら人生のメンターとして目標とさせていただいている。
今考えても生意気だったと思うが、上場インチャージの経験ができないので退職して独立する、と実は辞表を出していたのだが、とても寛大なパートナー・マネジャーの理解をいただいて、まずは上場インチャージをやってみろ、と経験の場をいただく。そこでは上場企業の連結納税での税効果会計、子会社監査における海外監査人への指示、さらに経理部長と直接話をする機会も。まさに今まで経験できなかったようなことが一気に経験でき、時間を忘れて業務にのめりこむ。そして、米国子会社の監査人であるKPMGアメリカのパートナー・マネジャーが出張で来日することがありミーティング、会食などに参加させてもらい、「グローバル」を肌身で感じる。夢のまた夢、狭き門だと思い込んでいた「海外赴任」ということも身近であることに気づく。
海外赴任の希望を出し続けていると、縁もあって2010年にはKPMGシリコンバレーへの駐在が決まり、約2年間にわたって、現地日系企業の監査・レビュー・アドバイザリー業務、SEC登録企業の監査にも携わる。日系子会社では比較的、小規模の会社を担当することが多かったので、出てきた数値を監査するというよりは、クライアントと一緒になってあるべき数値を考え、限られたリソースでいかに決算・監査を終わらせるかということをメインで考えるようになった。ここでも素晴らしいパートナー・マネジャーに恵まれ、米国だけでなく世界を飛び回り、常にクライアントファーストで動き、複雑な会計・監査論点や問題点が生じたときも会計基準・監査基準に準拠しつつ合理的な判断をし、クライアントに喜んでいただいて監査報酬を頂戴するという、我々は「ビジネスマン」なのだということを強く感じる。
2012年に帰国後、グローバル企業の監査、外資系子会社の監査、IFRSコンバージョン業務、海外市場株式公開に向けたショートレビュー業務と幅広く経験する。2013年にマネジャー昇格。2015年からUS GAAPを採用するグローバル企業のエンゲージメントマネジャーとなり、20-30名ほどのチームを率いてクロスボーダーM&A、グローバル税金、為替管理と複雑な会計・監査論点を扱うとともに、海外監査人とのコミュニケーション、本社経営陣・監査役とのディスカッション、監査報酬交渉などもリードする。特に海外売上・生産比率が非常に高いクライアントであったので、エンゲージメントマネジャーとして主要拠点をパートナーと共に海外出張する機会が多く、ほぼ毎年のように欧州・米州・アジアに訪問し、現地監査人とのディスカッション、調書レビュー、そして現地経営者インタビュー、工場視察を行うなど、グループ監査の真髄を経験する。ここでも素晴らしいパートナー、そして同僚に恵まれ、充実した日々を過ごす。
監査・アドバイザリー等のライン業務以外にも、所属するグループの人事、リクルーティングなど、法人組織運営にも関わる。
2017年にシニアマネジャーに昇格し、世界を舞台に今後パートナーとして組織を牽引していくか、自分のやりたいことを行うか。そもそも自分のやりたいことは何か。ということを考え抜く。転職ということは頭になかった。一応、話は聞いてみようと思って何度か話を聞きに行ったが、気持ちが高ぶらなかった。それほどKPMGでの業務は刺激的かつ働きやすい環境であり、好きになっていた。

03
今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
2022年8月から株式会社M&Aコンサルティングという会社のCFO/管理部長に就任し、現在は取締役(常勤監査等委員)に就任。その名の通り、会社のメインビジネスはM&A仲介業であり、取締役をはじめ、社内のメンバーも専門知識だけでなく様々な分野での経験値が高い個性豊かなプロフェッショナル集団である。
どの組織でも当たり前なことだが、管理部体制の構築にあたって、証券会社や監査法人からの指摘を鵜呑みして、ただ単に教科書的なことを導入して「やってください」では通用しない。普段、どのような業務を行っていて、どんなことに苦労しているのか、何を重要視して組織で働いているのか、といったことをしっかりと理解したうえで、どうしても必要なことを考え抜いて導入を進めなければ組織は動かない。この点は、事業会社での経験や、自身で起業、社長業を経験したことからも違和感なく入り込めていると認識している。
経営戦略の立案においても会社のミッション・ビジョンに基づくエクィティストーリーを描きながら、個性豊かなプロフェッショナル集団に共感して動いてもらえるように、経営陣の一員として参画している。数値面での参画はもちろんのこと、プロフェッショナルの方々との面談、動機付けなども積極的に行っている。
今回の参画にコミットすると決めたので、まずは同社の成長に向けてできることをしていきたい。
04
あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
人に恵まれていることと、運が良いことが独自の強みと認識している。今まで、素晴らしい上位者・同僚、そしてクライアントに恵まれたことから、ここまでかけがえのない経験ができた。
中学高校の部活、大学サークルでバレーボールを通じてチームスポーツを経験していたが、恥ずかしながら大学受験、US CPA、会計士試験の勉強ばかりで、社会人になった時にはほとんど本など読んだことがなかった。高校時代も国語の勉強が大嫌いで、慶應義塾大学商学部の受験科目を見て国語が無いことを見て、「これしか無い!」と決めたことを強く記憶している。そのため、センター試験も国語は200点満点のうち、50点くらいだったと記憶している。
そんな私が、松下電器産業株式会社に入社して当時の独身寮で半年間の新入社員研修を過ごし、日々、大浴場の横にある卓球と筋トレに勤しんでいた親友と語っていると、自分がいかに今まで薄い「お勉強」ばかりしていて中身が無い人間か思い知らされる。そこから、創業者の松下幸之助氏の本を読み漁り、人間観・宇宙観を通じた原理原則論を学ぶ。また、稲盛和夫氏の「生き方」、その他名著と言われる自己啓発本を片っ端から読み、セミナーなどにも参加して感銘を受ける。これらの経験から、原理原則の大切さを学び、実践を心がけてきたことから周囲の人に恵まれ、運にも恵まれたのでは、と考える。
人間は間違ったことをしてしまうこともある。その時はしっかりと非を認めて謝る。当たり前のことを当たり前にすれば、必ず結果はついてくる。

05
仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
困難に直面したときに、自分しかいない、乗り越えるために努力しようと決めたときに心が大きく動いた。思い返すといくつもある。
例えば、松下電器産業株式会社時代に行っていた連結決算業務。簿記の連結決算仕訳では、親子会社間の売上・仕入取引は相殺することとされ、例えば金額が100億円であれば、借方 売上100億円 / 貸方 仕入100億円という連結相殺仕訳を計上して終了。実務では、この100億円が合わない。為替であったり、計上タイミングの違い、計上科目の違い、現地会計基準との違いなど。さらに子会社が数百社ある、それだけでなく関係会社も・・・。決算に突入してから数値が合わない、となってしまうと最悪、決算が締められないという事態にもなりかねないので、どのような時に差異が生じるか、またいかに事前に調整するかということを分析して試行錯誤するとともに、実際に決算に入ってから生じてしまったものに対して対応するということが求められた。複雑さ、数の多さに四苦八苦するも、自分がやるしかないという責任をもって業務を遂行すると決めたときに、心が大きく動いたことを今でも思い出す。
また、監査業務を行っているときでももちろん何度もある。職位が上がるほど扱う金額、責任も重くなる。担当していたクライアントで多額の事業売却を行った。損益計算書に表示されるのは事業売却益XX億円とシンプル。ただ、これには①そもそも事業売却にあたるか、ただの資産売却かの判定、②対価の決定、③売却簿価の決定、の検討を行い②と③の差額が売却益となる。もちろんそれだけでなく、売却後の保有比率による連結範囲の検討、売却予定資産への振り替え時期検討、税効果認識の時期、などと論点尽くしである。②対価の決定に際しても、数百ページの英語の契約書を読み込み、現金ではなく複雑なオプションが組まれている場合には公正価値評価が求められる。といった形でシンプルにはいかない。このプロセス全てが刺激的で強く記憶しているが、中でも印象に残っていることがある。この売却対象事業は欧州のA国であった。本社はもちろん日本。クロスボーダー事業売却に関する公正価値算定となったので、米国にいるKPMGの公正価値専門家にもコンサルティングを受けていた。公正価値算定の金額をどうやって算出するかということをメールで話し合っていたが期限が迫ってきたので関係者全員で電話会議しようということになり、①クライアントの日本本社、②A国のクライアント子会社、③A国のクライアント子会社が雇っている公正価値専門家、④米国のKPMG公正価値専門家、そして⑤我々の5者で電話会議を日本時間の0時頃に開始し、ドタバタで私が議論をキックオフして意見をまとめ、どのように公正価値を算定するべきかということを進めざるを得なくなった。もちろん、英語。これはかなりハードルが高かったが、監査人の立場として絶対に言ってはいけないこと(独立性の関係上)、マネジャーという立場でこの場で判断できることをしっかりと頭に残しつつ、議論を進め、最終的には我々のパートナーも納得できる結論に落とし込むことができた。まさに心が大きく動いてシビれる経験であった。
06
公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
2010年~2012年のシリコンバレー駐在時のパートナー・マネジャーがいわゆる「会計士の先生」だけではなく、「ビジネスマン」という感じで、こんな人になりたいと強く思えた。具体的には、クライアントが作成した資料について、監査をして難しいところも教えてあげるといういわゆる「先生」というだけではく、パートナーが現場に来るとまず最初にクライアントのキーマン(社長であったりCFO)の部屋に訪問し、一対一で近況を話し合う。監査チームには大局観をもって調書レビューをし、的確なコメントを出して監査のゴールへ近づける。パートナーしか気づかないような問題点に最後の最後で気づき、バタバタが生じることもあるが、その際には会計・監査基準に準拠するという範囲内で合理的な判断を下し、クライアント・監査チーム、そして株主(日系子会社が多かったので、日本の親会社であることが多かった)等の利害関係者全員にとって最適かつ合理的な判断を下す。そして監査現場の最終日にはクロージングミーテイングを行うが、必ずパートナーが自身の言葉で責任を持って話す。これらの人間関係を構築するために、定期的にランチをしたり、会食をしたり、もちろんクライアントのビジネスを理解するための情報収集も欠かさない。こんなパートナーなので、もちろんクライアントから大絶賛。監査クライアントに対してだけでなく、様々な会社さんとも繋がりがあり、定期的に連絡を取り合っていて、仕事に繋がることも目の当たりに。私の目からもスーパーマンのように映り、このような人になりたいと心から思った。
日本に帰国したのは2012年。2013年にマネジャーに昇格。年次も上がってきて監査を「ビジネス」として考えてシリコンバレーで目の当たりにしたパートナー・マネジャーのようにビジネスマンになりたいとモチベーションを上げていた。ただ、法人も大組織化していて、一部の株式公開部門が営業を行うことと、トップレベルのパートナーが人的つながりで新規クライアントを獲得するというのが流れで、普通のマネジャーは営業などあまり経験できず、法人経営の基礎である監査業務をしっかり行うことがミッションであるように思えた。
極端な言い方をすると、このまま淡々と「先生」業務を行うのか、ビジネスマンとして動くのか、深く悩んだ。やはり私は早くクライアントに直接、接して信頼されるビジネスマンになりたい。そして、マネジャーになったからにはシニア・スタッフからこんな人になりたいと思われるような人になりたい。そう思って「動く」ことを決意。積極的に時間を見つけてJETROへの訪問などをしていると、当時の責任者であるパートナーから大きな理解をいただき、正式にGOサインをもらって加速する。そこからは非監査クライアントへのコンタクト・訪問、IPOを目指す会合への参加、セミナー開催などを企画・実施し、奮闘する日々。そこで、ついに初受注!初めて自分でもらえた仕事が、非監査上場クライアントに対する、海外子会社の内部統制診断。実際に海外子会社に往査して、事前に決められたテスト内容を実施し、結果を報告して改善に向けたアドバイスするという業務。自分で獲得した仕事なので絶対にやりきって報告会資料も今まで以上に気持ちを込めて作成し、社長にも報告会に参加してもらえた。これもまたシビれる経験であった。ただ、今落ち着いて考えてみると、数十万円の仕事で大赤字であったが、大きな観点で理解をしてくれた責任者のパートナー、そしてこんな赤字業務を行っても経営できる基盤を整えてくれた皆様に感謝しなければならない。
このように迷った瞬間もあったが、自分を信じて動いたことで周囲の理解を得られ乗り越えられたと思う。
07
人生の目的と公認会計士という資格
自分にしかできない事、つまり使命を100%以上達成するように動くことが人生の目的であると思う。
そして方向性は①家族、②仕事、③社会の3方向を見なければならない。①家族については言うまでもなく、代役がいない。両親、親族、妻、子供について自分の役割というものをしっかりと果たさなければならない。例えば自分の家族である妻、子供に対して、それぞれ個人によって役割が異なるものの、我が家での使命というと、最低限は経済的に支えること、何といっても自分が楽しんでいる姿を見せること、そして子供と一緒の夕食の時間をできるだけ過ごしたりお風呂に入れたりすること、教育環境を整えること、海外旅行に連れて行ってあげること、など。ただ、自分とその限られた周囲だけが良いかというとそうではない。しっかりと②仕事というものを行って、世の中の人々、そして経済発展にも貢献することが求められる。しかし、これが①家族のための手段になってはいけない。手段になってしまうと①家族にも楽しんでいる姿を見せられなくなってしまう。また、③社会のためになっているのか、ということも考えなければならない。②仕事がうまくいって①家族が楽しめてもそれが③社会のためになっていなければ、それは長続きするものではない。自分自身の強みは正しいと思ったことをやり抜く力、明るさ、そして周囲の方々に理解を得る力であり、これらを通じて社会にも貢献することが勝手ながら使命と思っている。
常に、この3方向を意識して自分の使命を100%以上達成できるように心がけたい。これは想像以上にチャレンジングな目標である。これにチャレンジできるための土台となるのが「公認会計士」という資格である。公認会計士として約13年間の監査業務に携わり、誰もが知るような上場企業の社長・会長、取締役などの方々とも仕事を通じてお話・会食をする機会があった。そこでは今まで読み漁ったような本に書いてあること以上に、実際に大局観をもって高い誠実性・理念をもって経営をされている姿を目の当たりにすることができ、①~③のすべてを見なければならないということを痛感した。このような機会を得られたのも、私個人だけの力だけでは無理で、やはり「公認会計士」の資格があったからだと思う。また、円満退職ができた(と認識している)ので、自分のビジネスで失敗したらまた監査に戻ればよいという太い命綱ができた。
これらから人生の目的である①家族、②仕事、③社会の3方向に対して自分の使命を100%以上達成するための土台となり、必須であるのが「公認会計士」という資格であると考える。

08
これから成し遂げたい事、将来の夢
素敵な人々に囲まれ、ワクワクする新しいことにチャレンジし続けられるように、自分も正しい方向に成長していきたい。
上記のように現在は、株式会社M&Aコンサルティングという会社への参画にコミットしているので、当面は同社の成長に向けてできることをしていきたい。
09
キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス
会計士になってキャリアを模索するのは当然。私自身も何度も迷走した。正直、つまらない単純作業もあった。そんな時には、誤解を恐れずに言ってしまうと、ゲームのような感覚で、何が求められていて、いかに早く終わらせるか、どうやったらより効率よくできるか、といったことを考えて楽しんでしまえばよい。そうすれば、一緒に働いている先輩・上司からも、XXさんはとっても楽しく効率よく仕事してくれる、XXさんいいよ、ということが評判になって新しいチャレンジングな仕事が入ったときにはアサインされるようになる。僭越ながらアサインをする立場も経験し、このようにアサインが決まるのを目の当たりにしているので、間違えない。この繰り返しで、幅も広がり、自身のやりたいことも実現してくるはず。いきなり「やりたい」と思っていることをできるわけではないだろうし、そもそも若手で経験・情報量が少ない中で「やりたい」と思っていること自体が、本当は「やりたい」ことではなかった、ということも多々あるはず。具体的に言うと、(自分自身もそうだったが笑)とにかく中小規模の会社を担当したい、自分にはそれしかない、と言い続けていたが実際に担当してみると、グローバル企業を担当していたほうが楽しかった、ということもよく聞く。
また、会計士の業務をしているとどこかで壁にぶち当たる。例えば、会計・監査基準にバッチリ記載がないようなグレーの事象が生じたときにどのような判断をするか。クライアントが望んでいることと、あなた、あなたの上位者、審査員が思っていることが異なることが多々ある。その時に、中長期的な観点でどうあるべきか、原理原則に戻って考えて欲しい。まだ自身で判断がつかないときは、上位者たちがどのように判断をしているか、よく見て・聴いて欲しい。そして、その原理原則の判断基準を磨くために、上位者としっかりとディスカッションをし、会計・監査の専門書だけでなく様々な本を読む、趣味を磨く、最近よく言われている芸術を学ぶ(ここは私も課題)、そして色んな人の話を聞く等。困ったときは最終的には原理原則が一番、大事になる。また、間違った判断をしてしまうこともあると思う。その時は素直に非を認めて謝りましょう。必ず周囲の方が手をさしのべてくれるはず。
会計士を受験しようと思っている方も、原理原則に戻り、なぜ会計士を受験したいのか、合格してどんな人になりたいか、ということをしっかりと考えて、勉強をゲームのように楽しめることができれば、必ず合格にたどり着けるはず。逆に言うと、そのイメージができないのであれば、他の道を選んだほうが幸せになるかもしれない。実際、私の知人でも別の道を選んで幸せになっている方は何人もいる。
ここまで長々と記載したが、会計士は無限の可能性があり、楽しい。一人でも多くの方が会計士を目指してくれる社会になることを心から祈っている。


