会計士×ブロックチェーン。人とは違うキャリア構築のために求められるものは何か?
Omise Japan株式会社 / 柿澤 仁
会計士×ブロックチェーン。人とは違うキャリア構築のために求められるものは何か?
Omise Japan株式会社 / 柿澤 仁
今回は、Omise Japan株式会社のOmiseGO事業のビジネスデベロップメントマネージャーである柿澤 仁(かきざわ ひとし)さんを特集します。 柿澤さんは、公認会計士試験合格後にみずほ銀行に入行。その後有限責任監査法人トーマツで多くのIPO支援に従事した後に、デロイトトーマツベンチャーサポートのFinTechチームに参画し、『ブロックチェーン会計士』として活動を開始しました。誰も真似できないキャリアを構築するためにはどうすればよいのか、柿澤さんのキャリア選択の秘訣をお伺いしました。
Omise Japan株式会社
事業内容は、開発者フレンドリーなオンライン決済システム『Omise Payment』の提供。2017年からは独自開発のブロックチェーンである『OMGネットワーク』を開発している。また、2018年6月からブロックチェーンエンジニア向けのコワーキングスペース『Neutrino』を運営している。2013年6月にタイで日本人の長谷川潤氏らが創業。東南アジアを中心にサービス展開し、シンガポールやインドネシアにも拠点を置く。2016年から日本でもサービス提供を開始。Omiseグループ全体では従業員数150名程(2018年8月末現在)。東京都渋谷区にオフィスを構える。
キャリアサマリー
1987年千葉県生まれ。慶應義塾大学商学部商学科。
大学3年で会計士試験に一発合格。
大学を卒業し2011年にみずほ銀行足立支店法人営業部に入行。融資の提案、内国為替及び外国為替のソリューション提案、海外進出支援、不動産・相続・事業承継戦略の提案に従事。
2013年6月より有限責任監査法人トーマツトータルサービス部に転職。主に株式上場準備監査等に従事し、3年間で15社以上のIPOに携わる。
2016年8月よりデロイトトーマツベンチャーサポートのFinTechチームに参画し、『ブロックチェーン会計士』として活動。IOCに関するセミナー開催、仮想通貨・ブロックチェーンベンチャーの支援、ブロックチェーンの実証実験のコンサル、仮想通貨取引所監査の営業・監査手続開発、社内の体制整備にも尽力する。
2017年10月より、ブロックチェーンベンチャーのOmiseGOのビジネスデベロップメントマネージャーに就任(現職)。
目次
将来の自分。今必要なスキル
柿澤さんの特徴的なところは、ブロックチェーン会計士という肩書もそうですが、会計士試験合格後に銀行に入ったというキャリア選択も、特徴がありますよね。
広く見れば、銀行もブロックチェーンも同じ金融系で、つながりがあるのではないかと思います。そこでまず、みずほ銀行のお 話 しからお聞きしたいと思います。
3年生で一発合格してみずほ銀行に入行したそうですね。監査法人ではなく銀行を選んだのはなぜですか?
僕の1期上と2期上の世代は大量合格かつバブルで、どこの監査法人でも入れる状況でした。それが僕のときにリーマンショックのあおりが来て就職大氷河期になり、合格者の半分しか大手の監査法人に入れない時代になりました。
合格したら監査法人に行くものだと思っていたのですが、当時の面接官の方々はよく見てらして、僕が監査に向いていないと見抜かれていました。
それで、まだ大学3年生だったので、就職活動をすることにしました。
会計士の資格を活かせるような仕事を探したのですか?
白紙で考えました。よく考えずに監査法人を受けてしまったことへの反省もありましたし、会計士に縛られるのは逆にもったいないという思いもありました。小売の会社も行きましたし、銀行、証券会社、いろいろなジャンルの説明会を見て回りました。
将来は起業しようと考えていたので、役立つ業種にしようと思っていました。決算書を使う仕事で、かつ、若いうちに営業の基礎を知るためにセールスができる仕事を探しました。それで銀行を選んだという感じです。
営業力を重視する会計士は少なそうですが、セールスという発想はどこから来たのですか?
起業するからには1人でいろいろやらなければいけないので、セールスが重要だろうと思っていたからです。若いうちに力を付けたいと思いました。
また、会計士でセールスできる人は少なさそうだったので、会計士としての差別化要因になるだろうというのもありました。
自分なりの営業方法を模索する日々
銀行で忘れられない経験はありますか?
最初の研修から1年半ぐらい、お客さんや上司から死ぬほど怒られました。学生気分を抜けさせるために、入行したばかりの頃は、研修等がものすごく厳しいです。ようやく研修が終わって支店にいっても、まったく使いものにならない。最初の半年ぐらいはげっそりやせました。
それは監査法人では経験しないことですね。他にはありますか?
営業の仕事は自由度が高く好きなようにやれたので、1年半を過ぎたころから仕事が楽しくなってきました。
僕の場合だと、まず決算書を見て、その会社で起きていそうな問題を50個ぐらい妄想します。そして可能性が高そうな10個を選んで、その会社の経理部長に「こういうことで困っていませんか?」とたずねます。何回に一回か、その問題が現実に会社に起きていて、解決法を提案しながら仕事につなげていくわけです。
営業方法が自分の裁量に任されていて、やりがいがある仕事だと思いました。
監査法人と銀行の違い
銀行と監査法人の両方で働いてみて、違いはありますか?
両方とも決算書を使う仕事ですが、やることが違うと、こうも決算書の見方が違うのかと感じました。
監査法人は、起きた事実がきちんと数字に反映されているかチェックをするのが仕事なので、例えば売掛金リストに対しては、残高が合っているかどうかに興味があります。
一方、銀行員が売掛金リストを見ると営業の種を探します。小口零細な売掛金や貸倒れが多かったら、回収に困っていて、売掛金回収サービスのニーズがあるかもしれないと考えます。どうやってクライアントのビジネスの質を上げるかという視点で見ています 。
銀行に対する不満を知り、ブロックチェーンで変わる将来を予感
銀行で働くなかで、銀行のサービスに対して何か感じたことはありましたか?
「銀行の今のサービスがすごく不便で使いにくい」「お客さんのことを考えてサービスをしていない」「銀行の利益しか考えていない」いずれもお客様からよく言われた言葉です。
金融に関する不満がこんなにもあるのかと、とても印象的でした。僕がブロックチェーンやフィンテックを始めるきっかけにもなりました。
お客さんから言われた不満は、今の仕事に活きていますか?
銀行のこともそうですし、その後の監査法人で接した最新のベンチャーも、金融サービスをあまり使っていませんでした。
その経験から、金融という領域にすごいブレイクスルーが来るかもしれない、イノベーションが起きて全部ひっくり返るかもしれないという予感はありました。
その後、フィンテックという言葉が出てきて、後を追うようにブロックチェーンが出てきて、世界が変わる、業界が一変すると直感しました。
ベンチャー支援を目指しトーマツへ。IPO支援実績数は3年間で15社
銀行をやめて監査法人に転職したそうですが、キャリア選択のきっかけを教えてください。
銀行は残業があまりできませんし、土日も仕事を持ち帰れません。入行して1年半ぐらいすると仕事に慣れてしまい、平日の夜や土日にやることがなくなってしまいました。独身でエネルギーが有り余っていたので、もっと死ぬほど働きたいと思っていました。
それで、平日の夜や土日に、ベンチャー企業を訪ねたり、イベントに行ったりしていたのです。ベンチャーに興味を持ちボランティアベースで手伝いをしているうちに、もっとこの仕事がしたいと思うようになりました。そんなとき、トーマツベンチャーサポートの斎藤さんと知り合いました。
それがきっかけでトーマツに転職したわけですね?
最初はトーマツベンチャーサポートに入りたくて面接を受けました。ところが当時のベンチャーサポートは、独立した会社というより、トーマツのトータルサービス部の何人かが兼務で頑張っているような状況でした 。
社会人経験がみずほ銀行の2年しかなくて会計士としての経験もゼロだったので、パートナーの方々から「まず監査をやってもらうけど、それでいいかな」と言われて、監査がすごくやりたいわけではありませんでしたが、監査法人に入ることになりました。
トータルサービス部に入って監査をやってみてどうでしたか?
転職のタイミングが良くて、入所した2013年から3年間IPOバブルが来て、IPOが年間100件という時代が来ました。「IPOの仕事をいっぱいやらせてほしい」と希望したら、上場準備も含め3年間で15、16社ぐらい担当させてもらいました。当時こんなに多くのIPOを担当している人は少なかったと思います。
IPO準備中の内部統制の仕組みがまだ出来上がっていない会社では、上場企業では想像もつかないことが良くも悪くも起きているのを目の当たりにしました。監査法人10年目のベテランでも経験したことがないようなことを、3年間でギュっと経験させてもらえて、やりがいもあるし非常に面白い仕事に出会えたと思いました。
同期と比べると銀行に行っていた分2年間のハンデがありますが、逆に、銀行の経験が監査に活かせたと思ったことはありますか?
監査と銀行業務は関係ないと思うかもしれませんが、銀行での経験は監査に大いに役に立ちました。
銀行では現場の第一線で活躍する中小企業の社長や役員の方と膝を突き合わせて仕事をしていたので、経営者の方々とのコミュニケーションには抵抗がありませんでしたし、ビジネスを様々な角度からみる能力が高まりました。
また、貿易取引、海外送金、国内送金、相続、投資運用商品など幅広い金融の分野について資格試験を受験する必要があり、行内テストもあったので、一年中多くの時間を費やして勉強していました。また、それぞれの業務について現場での実践もしました。
そのため、社会人経験がない方より実務や業務の書類に対する実感があり、たとえば請求書や貿易取引の書類を見ていてもなんだかおかしいと感じる勘どころみたいなのが身についていたので、監査はとてもやりやすかったです。
ベンチャーのサポートがしたくてトーマツに転職したわけですが、監査ばかりで不満は感じませんでしたか?
後で気づいたことですが、私は銀行でも監査法人でも、やりだすと何でも楽しむことができる性格なのです。銀行のときにみんながくだらないと言っていた宝くじを売る仕事も、むしろ普段話さないお客さんとしゃべることができたので結構楽しんでいました。
トーマツに入ってからの3年間はほぼ100%監査業務でしたが、それでも非常に楽しめていました。入社当初の、ベンチャー企業のサポートをしたいという気持ちがそれほど強くなかったことにも気付きました。
ビットコインに出会った瞬間、世界が変わると直感した
フィンテックやブロックチェーンを知りイノベーションが来ると直感されたそうですが、どのタイミングで知りましたか?
IPOバブルが落ち着いて少しだけ余裕ができたときに、ブロックチェーンベンチャーに転職していた銀行の同期に「うちにIPO担当で来いよ」と誘われたのが、ビットコインとの最初の出会いでした。2015年9月頃のことです。ビットコインって何だと思い本を買って読んでみました。
銀行員の時は、お客さんから銀行のサービスは本当に不便だと何度も言われていましたし、監査法人の時もIPOをするほどいけてるベンチャー企業が銀行のサービスを積極的に使っていなかったので、金融の分野には近い未来に何かイノベーションが起きる、ブレイクスルーが来ると思っていました。
それがビットコインに関する本を読んだ瞬間に、このテクノロジーで世界が変わると直感し、頭の中を稲妻が走ったように感じました。
ビットコインと出会い、世界が変わると直感したのですね。それがきっかけで、ブロックチェーンの世界に飛び込んだのですか?
大きな衝撃を受けてじっとしていられなくなり、すぐにでもブロックチェーンの世界に飛び込みたくなったのですが、ベンチャー支援をしたいと思い転職を決めたけど実はそうでもなかったという過去があったので、自分が本当にブロックチェーンをやりたいのかすぐに信用できませんでした。
それで転職する前に社内で試してみようと思い、ベンチャーサポートの先輩に「実はブロックチェーンやフィンテックに興味があって、何か手伝わせて欲しい」と相談したところ、「フィンテック担当がいるから、まずはその人の手伝いをしてみては」と言われて紹介してもらいました。
監査業務が主で、ブロックチェーンやフィンテックの手伝いをしたわけですね。監査だけでも大変なのに、両立させるのはきつくなかったですか?
監査業務のかたわら、空き時間を使って金融機関や大企業に対する営業やコンサルティングの資料づくりを手伝ったり、ブロックチェーンやフィンテックに関する勉強会を社内外で開催したりしていました。パートナー向けのビットコインの勉強会も実施しました。当時は誰からも理解されなくて、その時のことは今でも印象に残っています(笑)。
その他にも、ニュース記事にコメントをするNewspicksというアプリを使って、毎日ブロックチェーン関係のニュースをピックしてコメントし続けるというのを半年続けていたところ、フォロワーがゼロから1,800人ほどに増えました。また、社内SNSのYAMMERを使って社内の情報共有グループを作り、そこで日本人向けに英語の記事を日本語に訳す、日本語の記事を外国人向けに英語に訳す、というのを毎日やり続け、すぐに100人以上の社内の方々が登録するグループになりました。
楽しくて、通勤時間や土日なども含めた空き時間を全て費やした感じです。半年間本気でやり続けたところで、自分が本当にこの仕事がやりたいのだと確信しました。フィンテック担当の先輩に「より本格的に仕事としてやりたい」と相談したところ後押しをいただき、パートナーの方に相談してご理解いただいて、「そこまで本気でやりたいなら」と、正式に異動させてもらうことになりました。
『ブロックチェーン会計士』という肩書の由来
『ブロックチェーン会計士』という肩書はいつ頃から使っていたのですか?
活動を始めた当初から『ブロックチェーン会計士』と名乗っていました。自分にレッテルを貼ると情報が向こうからくるようになるので、それが狙いでした。
ブロックチェーン会計士なんて人は、もちろんいなかったので、勝手にそう名乗ってNewspicksとかフェイスブックとかいろいろなところで発信し続けたという感じです。
ブロックチェーン会計士という前例のないキャリアを進むにあたって、何か苦労はありましたか?
監査法人という特殊な業界で、かつ、ブロックチェーンというビジネスになるかどうか全くわからない未知の領域に取り組んだことで、キャリアを開拓していく苦労はありました。
周りの方や理解のある数名のパートナーの方が後押ししてくださったおかげで、タイミングにも恵まれて、この領域に異動できたというのはあります。