会計士の履歴書
大塚 俊秀

大塚俊秀公認会計士税理士事務所

代表

大塚 俊秀

おおつか としひで

経理と教育を支える未来志向の会計士

1976年9月27日生まれ(50歳) 茨城県出身 東京都在住

中央大学経済学部産業経済学科 2004年合格

大塚 俊秀

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キャリアサマリー

2004

監査法人トーマツ(現 有限責任監査法人トーマツ)入所

2014

株式会社ジェーシービー入社(経理部配属)

2020

大塚俊秀公認会計士事務所設立

【合格年次】2004年

「会計教育や経理人材の育成、ゆくゆくは子供たちにお金のことを教える仕事がしたい」

そんな想いで2020年に独立して会計事務所を設立しました。

高校時代は進学校でしたがろくに勉強もせずテストは赤点ギリギリ、野球部で白球を追いかける毎日を過ごしていました。一浪の末になんとか大学に合格。大学では、父親が税理士だからという理由で私もぼんやり税理士を目指そうかなと考えていた時に、公認会計士という職業の存在を知りました。公認会計士のステータスや仕事の幅、スケールの大きさなどに魅了され、“こっちのほうがかっこよさそう“という動機で公認会計士を目指すことを決意しました。そんな不純な動機のせいか?平均受験回数を大幅に上回る7回目の受験を経て、27歳でようやく公認会計士試験二次試験に合格しました。

2004年12月に入所した監査法人トーマツでは、会計士にとって“王道”の監査業務を経験させていただきました。商社などの大手企業を中心に会計監査、業務改善などのコンサルティング業務を経験した中で、楽しい日々の中にも、経験年数が増えるにつれてこのままずっと監査ばかりしていていいのかという迷いが生まれ部署異動を経験しました。しかし、異動後にうまくいかず挫折の経験を味わい、監査法人でやりたいことはやれた、次は事業者側の立場で仕事をしてみたいと思い、2014年2月に株式会社ジェーシービーへ転職しました。

ジェーシービーでは、当時会計士の採用がほぼ初めてとのことで、様々なチャレンジ、経験を積ませていただきました。世界で数十の拠点をかかえる企業の経理統括としてルールの整理や、単体決算業務や連結決算業務などの経理業務、監査対応など、いわゆる主計部としての仕事をたくさん経験させていただきました。また、数十億円規模の新規ビジネスや、プロジェクトにも会計面から関わらせていただき、金融業ならではの高度なリスク管理体制に触れることもでき、忙しくも充実した日々を過ごしていました。会社にも慣れ、優秀な先輩や同僚に囲まれて、一時はこのまま定年までこの会社で働こうかとも考えました。そんな安定した日々の中で、成長が止まっていくような漠然とした不安を抱えるようになりました。この先10年同じ経理の仕事をしているのかと思うと、なんだか面白みのない人生だなと感じた自分がいたのです。それでは、10年経ってもやり続けたい仕事は何か、自分が本当にやりたいことはなんだろうと考え、悩んだ末にたどり着いたのが、ジェーシービー時代にも少し携わっていた教育・人材育成の仕事でした。

現在は、会計監査やクライアントの会計顧問、コンサルティング業務、経営者向けコーチングなどに携わるほか、企業経理担当者向けに会計や経理業務の研修等を行っています。またプライベートでは、息子が所属する地域の少年サッカーチームでパパコーチや審判を通して、楽しみながら地域の子供たちの成長に関わらせていただいています。

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監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ

2004年12月、監査法人トーマツ(現 有限責任監査法人トーマツ)に入社し、国内監査部門で主に上場企業監査などの法定監査に携わりました。比較的大手のクライアントが多かったせいか、メインで関与するクライアントは年間3~4社、そのグループ会社やスポット(短期)で関与したクライアントを合わせると毎年10数社程度と関わらせていただきました。業種は、鉄鋼商社、石油商社、食品卸など、商社業態のクライアントが多かったですが、その他にも印刷業、投資ファンド、ソフトウェア開発など様々なクライアントに関わらせていただきました。
 監査の仕事は充実していました。国内出張も頻繁にあって、それまでの人生では訪れたことのない土地に行き、その土地で働く人からたくさんのお話を伺えたのは、監査の仕事でもっとも楽しかったことの一つでした。しかし、何年も続けていくうちにマンネリ化して成長の実感がなくなり、このままでいいのかな、と考えるようになりました。監査経験も長くなり、入社6年目にはマネジャーにも昇格して、仕事に対して少し自信過剰になっていた時期でもありました。
 そんな頃に知り合った独立会計士の方に悩みを相談したところ、「監査しか知らないと世界が広がらないよ、もっと他の世界を見てみたら」と言われました。その言葉は当時迷いが生じていた自分の心に突き刺さり、監査以外の仕事にチャレンジしてみたいと思うようになりました。
 では何がやりたいだろうと調べた結果、私が興味を持ったのは事業承継でした。当時は2012年くらいでしたので事業承継は徐々に増えだした頃で、まだ現在ほどの広がりはなかったのではないかと記憶しています。私はどうしたら事業承継を学べるか、そして実務に携われるかと思案していました。そんな時に、監査法人内のトータルサービス部(TS)で、事業承継業務を行っているパートナーがいると知り、直接その方に会いに行って話を伺い、仕事をさせて欲しいとお願いしました。熱意が通じたのか、数か月後には国内監査部門からTS部門に異動し、主に事業承継後の経営コンサルティング業務に携わらせていただくことになりました。
 ところがそんなに順風満帆には進みませんでした。監査業務には監査報告という決まったゴールがあり、ある意味“型”がある仕事に慣れきっていた私は、コンサルティング業務というゴールも“型”もない仕事に大いにとまどい、悩み、どんなに時間をかけても期待に応えるパフォーマンスを発揮することができませんでした。毎日の長時間労働に心労も積み重なった結果、ついには体調を崩し3か月の休養をすることになったのです。
 挫折という表現が適切かはわかりませんが、どんなにがんばってもうまくいかない経験を味わい、とても悔しい想いをしました。3か月後には復帰しましたが、同じ仕事に再チャレンジするという情熱はもう残っていませんでした。休養期間中には考える時間がたくさんあったので今後の人生について考えました。その結果、監査法人内でできること、やりたいと思うことはやり切ったと思い、キャリアチェンジをしようと決めました。
 監査をしていたころ、常々会社の内部に入って、実際にビジネスの当事者になって仕事をするとはどんな感じなんだろうかと興味を持っていたことから、事業会社への転職をしようと決心し、2014年2月、クレジットカード業界大手の株式ジェーシービーに転職しました。
 ジェーシービーでは経理の仕事を担いました。伝票入力や、引当金計算、実際に会計システムを利用して決算データの作成や、連結決算の担当など、経理実務は幅広く経験しました。また、金融会社ということもありリスク管理のしくみがとても充実していましたし、ISO認証なども取得していたので、会計以外の実務にも数多く触れることができました。そのほかにも、全社的な会計ルールを整備したり、海外拠点とたくさんのミーティングをしたり(英語は苦手でした笑)と、その会社でしか味わえないたくさんの経験を積ませていただきました。ちなみに監査法人時代にコンサル業務で苦しみながら培ったスキルが、転職後にものすごく役に立ちました。どんな経験がどこで役立つかなんて、わからないものだなと、しみじみ思ったことを覚えています。
 入社して2~3年も経つと社内にも知り合いがたくさん増え、このまま定年まで会社に居続けるのも悪くないなと思うようになるくらい居心地のいい会社でした。ただ、会計専門職として入社していた私は、10年後もほぼ変わらない経理の仕事をしているだろうなという未来を想像した時に、ワクワク感、楽しさを感じず、心からやりたいと思えませんでした。私はある程度成長を実感すると、次のステージや世界にいかないとつまらなくなってしまう性格のようで、ちょうどステージを変える前の踊り場にいたようなタイミングだったのだと思います。
 じゃあ、次に自分はいったい何がしたいのだろう?そう考えた期間は1~2年程度あったと思いますが、強く頭に浮かんだのは教育・育成の仕事でした。当時、年に数回、社内の会計リテラシー向上のために、広く社内の希望者を募って経理研修を開催していたのですが、毎回アンケートの評価平均は5点満点中4.5点以上と大変好評いただいていました。私自身も毎回充実感と楽しさがある仕事、もっとやりたい仕事として私の記憶にインプットされていました。
 ある時、とある外部研修に参加した時に、講師の方から「ジェーシービーさんのような金融のプロの方たちが、もっとお金のことを世の中の人に教えてくれたらいいのに」と言われました。私は、当時これだ、やりたい、と体に電流が流れるような熱い想いがみなぎったのですが、これを悩んでいた時期にあらためて思い出しました。ただ、社内で教育事業をやろうとしてもおそらく短期間での実現は難しいだろうと考え、さっさとやりたいことにチャレンジしてみようと、独立することを決意しました。今考えると、もともと監査法人時代にも一度、独立してみたいという漠然とした欲求を持った末にあきらめたので、あらためて次のキャリアを考えていた時に、独立を選択する理由を探し求めていたということもあったのかもしれません。そんな経緯で2020年に独立しました。現在も個人事務所を経営しています。

大塚 俊秀さん

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今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス

現在は、監査業務をしたり、会計顧問やコンサル、コーチングの仕事をしながら、企業様向けに経理人材育成の講座を提供したり、会計基礎知識の講座を提供したりしています。
 独立当初は、「お金の教育を子供たちに」と思い、これをビジネスに発展させようと考えました。しかし、私の独立前のリサーチや構想がかなり甘かったというのもありますが、これをビジネスにして食べていくのは簡単なことではないことに独立した後に気づきました。私は愕然とし、自分の甘さを痛感しました。もっと早く気づけよ、って感じでしたが、もう会社を辞めた後で、後戻りはできませんでしたから。
 最近ではお笑い芸人や絵本作家のキングコングの西野さんがお金の教育講座を開催したり、税理士の大河内さんがお金の教育を義務教育に、と活動を進められていますが、お金の教育で稼いでいるわけではなく、社会貢献的な位置づけの活動という意味合いがまだまだ強いと思います。また、私自身も独立後の心境として、お金の教育をビジネスのタネとして見て、ただ稼ぎたいだけなのか、本当に子ども向けのお金教育を通して子供の成長に携わりたいのか、自分の気持ちがわからなくなってしまいました。そんな状況をリセットするために、私はお金の教育から少し離れることにしました。さらに独立してすぐに所属していた子供向けお金の教育をしている団体も辞め、独立後に2年務めた公認会計士協会東京会の会計普及委員も退任しました。
 独立した時にはじめたことの一つが心理学やカウンセリング、コーチングの学びです。経営心理学、人間心理学、NLP(神経言語プログラミング)等、様々な心理学、脳科学の学びを今も継続的に学び続けています。なぜこの学びを始めたかというと、私自身、過去の自分から変わりたい、もっと成長したいと願っていたからです。私は過去に心労で体調を崩した経験もあるせいか、仕事に対して過度なプレッシャーを感じ、しんどさを感じやすくなっていました。また会社員時代に、同僚が何人も心理的な問題で休職したり退職していきました。私はその姿をただ見ることしかできず、何もできずに悔しい想いをしていました。そのため、独立して少し時間ができるタイミングで、興味関心のあった心の学びをしてみようと思ったのです。
 結果的に、これは自分の生き方を変える大きな出来事となりました。そして今もいい影響を与え続けていると思います。なぜ自分が悩むのか、出来事に対してなぜそう感じるのか、脳のしくみなど、人の心理、脳科学を理解し、行動することによって、自分の心が楽になったり、人との関わり方がいい方向に変化していったと感じています。また、心理学の要素はビジネスをやるうえで、どんなことでも必ずと言っていいほど関係してきます。私自身も、コンサルティングや、研修講師などをする際に、心理学の要素をたくさん取り入れて実施した結果、クライアントと良好な関係性を築くことができていると感じています。
 また、学びを続けることで意外な気づきを得ました。それは、監査業務のすばらしさです。正直、独立して生活のために監査業務をアルバイト的に始めましたが、最初はなんだか昔の自分に戻るような退化の感覚があり、あまりやりたいと思えませんでした。しかし、様々な心理学を学び続けるにつれて気持ちにポジティブな変化がありました。監査業務は社会的ニーズのある仕事で、誰にでもできるわけではない専門的な仕事。幸いなことに自分はそれをするための知識・スキルや経験があるし、監査業務を通して得られる経験には面白い部分も多く、決して監査業務自体が嫌いなわけではないことにあらためて気づきました。そして監査業務を通して社会に貢献することは自分のできることでもあるし、監査業務を通して直接的ではないけど、「人々が人生を自由に楽しんでいる世界を創りだす」という自分の作り出したい世界観につながるかもしれないと思うようになると、また監査業務に向き合ってみようと考えるようになりました。「できること」と「やりたいこと」が少しずつ重なってきたのです。特に最近は、昔やってみたいと思いながら中途半端に終わってしまったIPO監査業務にも再びチャレンジする機会もいただいています。
 そんな私自身の原点回帰的な仕事をしているうちに、監査法人時代の先輩からご縁でお誘いいただき、自分のやりたかった教育の仕事をする機会もいただきました。現在は特定のクライアント向けに、心理学の学びやたくさんのセミナーを受けて生きた経験をふんだんに取り入れて経理向けの講座を毎月開催させていただき、少しずつやりたかったことが実現しています。

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あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性

独自の強みとして私が思っていることは、いい意味で人柄や考え方が「会計士っぽくない」ところです。
 会計士というと、会計士という職業を知らない方からは、お堅い、気難しい人のようなイメージを持たれていることが比較的多いように感じます。そんな中、私に対する印象を聞くと、そういった印象とは真逆のやわらかい、親しみやすい雰囲気で安心感があると言ってもらえることが多く、そういったところが一つの強みかと思います。
 また、心理学や脳科学、コーチングスキルを活用して、コンサルティング、経営者向けのコーチングを提供していたり、より理解しやすい、楽しめる講座を提供することに役立てていることも強みです。最近では士業の方も心理学を学ばれる方が増えていると思いますが、ビジネスは人と人のつながりからもたらされるものであり、人の心理という本質に強く関心を抱き、学び続けています。
 キャリアの観点で言うと、私は監査法人実務と事業会社の経理実務の両方を経験していることから、それぞれの立場、心理等を理解しています。多面的な視点からコミュニケーションを取れるのは強みだと感じています。
 少し話しは変わりますが、特に事業会社経理の現場は、今、超人手不足です。実務はおろか、新しく人が入ってきてもゆっくり教えてくれる先輩や同僚がおらず、そこからくる不安や多忙なこともあって、すぐに人が辞めていくという負のスパイラルが起きています。そういった実態を経理部員として間近で見ていた立場から、私ができること、これから更にやっていきたいと考えている大きな一つの事が経理人材の育成です。経理人材の育成を通して経理業界に貢献したいと考えていますし、経理の仕事をもっと魅力的にして、経理実務に携わる人を増やしたり、経理現場の負担をもっと楽にできたらと考えています。それにはもちろん人材育成だけでは十分ではなく、他にもやることはたくさんあると思いますが、まずは私がすぐにできることから取り組み始めているところです。
 自分らしいかたちで、業界へ貢献していくためにはどうしたらいいか、常に模索しています。

大塚 俊秀さん

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仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間

たくさんありますが、ここでは2つお話します。
 一つ目は、監査人への信頼と責任の重さを認識した出来事です。
 監査法人時代に、ある大手企業の会計相談で、数百億円規模の会計処理の相談を受けました。当時、監査チームの副主査を務めており、クライアントから直接相談を受ける立場にいた私は、主査とも話して、クライアントが提示した案で進める方向で調整していました。ところが、パートナーにその件を事後的に相談したところ、クライアント案がNGになってしまい、結果としてクライアントに迷惑をかけることとなってしまいました。クライアントの担当課長からは、「大塚さんが“いい”と言っていたからその方向で社内調整を進めていたのに、ひっくり返ってしまった、どうしてそんなことになるのか」と、涙ながらにお叱りをいただきました。その方はその後、体調を崩してしまわれました。
 私の監査チーム内でのコミュニケーション不足が原因でした。多忙なパートナーに遠慮して、相談を後回しにしてしまったのもありますし、クライアント案でおそらく大丈夫だろうという甘い認識を持ってしまっていたのです。この結果、クライアントの信頼を失ってしまったばかりか、担当課長の体調まで崩させてしまったかたちとなり、私はただひたすら頭を下げることしかできませんでした。同時に、それまでクライアントから大きな信頼をいただいていたことと、責任の重さを痛感し、監査人としての発言の重大さを大きく認識させられる、身が引き締まる出来事でした。

二つ目は、海外出張を通して直接コミュニケーションを取ることの大切さと面白さを感じた出来事です。
 ジェーシービー経理時代に、とあるプロジェクトの関係で海外拠点に出張する機会がありました。当時、海外拠点は国際部門が統括していたので、本社の経理が海外拠点に行くことはほぼなく異例のことでした。海外拠点からすれば、特に招いてもいない本社の経理が何しに来るんだと構えられるのではないかと、私は緊張して拠点に訪問したのを覚えています。
 しかし、私の予測はいい意味で裏切られました。拠点の現地駐在員は私を歓迎してくれ、現地の様々な事情を惜しげもなく話してくれました。そして、電話ではぶっきらぼうな対応をする方だなと感じていた海外現地担当者とも直接対面することで、現地の苦労や思いを直接知ることができ、印象が180度変わりました。
 また、別の海外拠点では、拠点長がわざわざ時間を1時間以上割いて私にその国の事情や、抱えている課題、本社への要望などを、本社の一経理部員に過ぎない私に直接熱心にお話してくださいました。今考えると現地の事情をじっくり聴いて、理解しようとしてくれる本社の人や機会が少なかったのかもしれませんが、机上で仕事ばかりしていた私にとってはどの体験も貴重で刺激的な内容ばかりであり、心がとても揺れ動きました。本社の経理として現地のためにできることはなんでもやろう、そんな想いを抱いて帰国したのを覚えています。
 この体験を通して、現地に行き、五感をフル活用して直接見たり、聞いたり、感じたりすることの大切さを痛感しました。また、リアルに現地駐在員と会う前と後で、お互いの信頼関係が劇的に変わることも身をもって体感しました。
 現在はコロナ影響の後で、リアルとオンラインとでコミュニケーションの効果は大きく異なることはみなさんよくご認識かと思いますが、それを当時の会社員時代から体験させてもらえて、貴重な経験でした。

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公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか

深く悩んだこととしては、公認会計士という仕事の責任の重さについてです。
 これは、今も向き合っているし、乗り越えようと継続して努力していることでもあるものですが、もしかすると乗り越えるというよりは、うまく付き合っていくべき問題なのかもしれないとも思っています。
 公認会計士の仕事は、数字と向き合う仕事ですので、監査上の失敗や不正発覚により、少なからず損害賠償請求をされたりすることは周知の事実だと思います。私は監査法人のパートナー(社員)経験まではないため、監査の結論に対して責任を負う立場ではありませんでしたが、担当者・主査・副主査の立場を通して、仕事上でたくさんのミスを経験し、そのたびに過剰な責任感を感じ、自分を責めてきました。その結果、だんだんと監査業務を行うことがしんどくなり、必要のない過度の責任感を大きく感じて、いつしか監査の仕事が好きではなくなりました。
 事業会社に転職して監査業務から離れたおかげで、監査人としての責任感を感じることはなくなりました。一方で、当時の事業会社内で唯一の会計士であった私は、すぐに社内から様々な会計相談を受けました。時には社長から直接電話をいただき質問を受けたこともありました。これは社内から信頼されている結果でもあったので、とてもやりがいを感じていた一方、専門家として適当なことは言えない、間違ったことを言ってはいけないというプレッシャーや責任感を感じるようになっていきました。
 今思えば、結局監査法人時代でも、会社員時代でも、似たような責任感を感じ、自分でどんどんしんどくなっていったように思います。公認会計士である、会計のプロである、ということを過剰に意識してしまった結果、感じる必要のない重さの責任感を自分で勝手に作り出し、しんどくなっていったのです。
 そんな責任感に押しつぶされそうだった私が、今、また監査の仕事や、クライアントからの会計相談を受けて仕事をしています。ではどう克服したのかというと、ものごとに対する考え方を学び、時間をかけてゆっくり自分自身を変化させることができるようになったことで、少しずつ克服できるようになったのです。
 正確には、今も鋭意克服中ではありますが笑、それまで経験したことのない心理学の学びや、これまで出会わなかったような世界の人とたくさん交流することで、例えば監査の仕事に対する私の中のとらえ方を変えてみたり、当時のしんどかった感情や複雑に絡み合ったマイナス感情を一つずつひも解いていったりすることができました。その結果、あらためて私は素晴らしい仕事をさせてもらえていたことに気づき、そしてこれからもその仕事をしていけるチャンスがあることに気づけたのです。
 自分の気持ちの持ち方次第で物事はいかようにもとらえ直すことができるし、そうすることで自分のまわりの世界を変えることができるということを学んだのは大きかったと思います。

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人生の目的と公認会計士という資格

少し抽象的ですが、「人々がやさしさでみちあふれ、人生を自由に楽しんでいる世界」を創り出していくことが私の人生の目的だと考えています。
 少なくとも私の見える世界はそんな世界であってほしいし、そんな世界を創り出していこうと日々活動しています。人々がお互いを想い合い、人のために必要な手を差し伸べ合う、時には必要とあれば厳しいことも言いながら長期的な視点から幸せを願い合うという意味でやさしい社会であって欲しい。そして、そんな社会で一人一人が自由に自分のやりたいことを存分にチャレンジできる世界を創り出していきたいと考えています。
 この目的を達成するために、公認会計士という資格や、これまで培ってきた知識、経験は役立てていきたいと考えています。公認会計士という仕事を通して得た知識、経験を、私ができるかたちで世の中に還元することで、私の創りたい世界の創出に貢献していくつもりです。例えば、すでにお話した経理人材の育成であったり、起業の時に必要な税務手続や会計処理などをわかりやすく簡単に書籍などを通して伝えることで、起業にチャレンジしたい人に役立ててもらうなど、私にできることはいろいろあるのではないかと思います。
 おそらく世界から数字が無くなるということはないでしょうし、その数字を使った会計や、国家がある以上会計・税務は必須でしょう。公認会計士という「手段」を使って、自分が創り出したい世界の創出に貢献していきたいです。

大塚 俊秀さん

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これから成し遂げたい事、将来の夢

まずは私が創り出したい世界感に共感いただける方と、仕事であれプライベートであれ、どのようなかたちでもいいので関わりあい、人生最後の日を迎えるまで楽しく生きていきたいと願っています。
 具体的に何をしていくかはまだまだこれからたくさん考え、実践していくことになるかと思いますが、今その時にできること、やりたいと思っていることをかたちにしていくつもりです。
 現在できること、やりたいこととしては、先述した通り、経理業界への貢献としての経理人材の育成です。研修などの人材育成を通して、経理業界を活性化させることに貢献していくつもりです。
 他に成し遂げたい事としては、例えば想いに共感できる企業へ社外役員として参画させていただいたり、ブログとして書き溜めた起業に関する会計・税務の記事を本にまとめて出版したり、自分自身でスクール(講座)を開設するなど、いろいろあります。やりたいことを一つずつ、楽しみながら実現していく予定です。
 それから、仕事や会計士資格の話とは少し放れますが、子供の成長に関わる活動を継続していきたいと考えています。私は現在、小学生の息子が所属するサッカーチームでパパコーチとして育成や審判をしています。審判資格も取得し、公式戦では何度かレフェリーを務めさせていただきました。子供の成長に関わらせていただくことで、たくさんの気づき、感動をいただいています。例えば、やる気がない様子でずっと伸び悩んでいました選手が、きっかけをつかみチームのエースになって驚かされたり、ある時、自分が采配した試合で残り10分で3点差をひっくり返して逆転勝利するといった奇跡のような体験をさせていただいたりと、私自身もびっくりするような経験や機会を通して、子供たちと一緒に成長する機会をいただいています。
 こういった活動を継続して、自分の子供だけでなく、地域等の子供たちの成長に少しでも貢献できる活動を継続していきたいと考えています。

大塚 俊秀さん

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キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス:会計士を目指すならまずは未来の姿をイメージしよう

まず、ここまでお読みくださり、ありがとうございました。「会計士の履歴書」というと、現在大活躍されている先生方の華々しい経歴が書かれていることが多いと思いますので、気持ちを盛り上げようと読んでくださってくれた方には、少し期待外れの内容だったかもしれません(苦笑)。
会計士もプロである前に普通の人であり、日々葛藤しながらもがいて成長し続けている一人の人です。そういう意味では、会計士を目指す受験生の皆さんと同じだと思いますし、人として優劣はありません。
 どんな職業でもそうだと思いますが、会計士にも華やかな一面も、泥臭い一面もあります。まずはそれを知っていただき、清濁併せ呑んで、その上で覚悟を持って会計士としてこれからの人生を生きていこうと決めている皆さんを、心から応援しています。
 そしてそんな皆さんと一緒に働き、語り合い、笑い合い、楽しく時間を共にすることを願って止みません。
 私は、会計士試験に合格するまでに約9年、受験回数にして7回を要しました。なぜあきらめずに、そんなにも勉強を継続できたのかというと、会計士となることを「決めて」、その姿をありありとイメージしてしまっていたからです。もちろん不合格の都度、何度もあきらめそうになったことはありました。ただ、そのたびに会計士になって働いている自分の姿が頭に浮かんで離れなかったのです。なぜかというと、私は会計士になることを「決めて」いたからです。受験回数7回という歴戦の勇者(笑)は今では少ないかもしれませんが、思い返しても無駄な時間は一つもありませんでしたし、すべての過去の時間が今の私を形成しています。それに、家族や友人など、まわりの協力なしには合格は絶対にあり得ませんでした。今でもとても感謝の気持ちでいっぱいです。
 受験のテクニック、勉強方法を教えてくれるところはたくさんあるからそちらにお任せして、私から伝えたいことは、会計士になることを強く決めて、イメージしてください、ということです。そんなことで試験に受かるなら苦労しないと思う方もいるかもしれませんが、最終的にはそれができているか否かで勝負が決まると言っても過言ではないと、私は思っています。どうか私のメッセージが少しでも参考になればうれしく思いますし、チャレンジャーを心から応援しています。