
Porta Partners株式会社
代表取締役
大塚 智久
おおつか ともひさ
監査16年から独立起業へ─外資企業の経営まで担う、異色の実行支援型コンサルタント
1983年7月9日生まれ(43歳) 東京都出身 東京都在住
慶應義塾大学 経済学部

01
キャリアサマリー
有限責任監査法人トーマツ入所、トータルサービス1部配属
大手不動産デベロッパーの英国法人に出向
日本に帰国し同大手不動産デベロッパーの海外事業本部出向
有限責任監査法人トーマツ退所
Porta Partners株式会社設立、代表取締役就任
Rapid Logistics Japan㈱設立、代表取締役就任
大学3年時に周囲が就活モードに入る中、自分はなかなか本気になれず、半ば現実逃避的に公認会計士試験挑戦の道を選んだ。2006年12月にトーマツに入所。海外市場でのIPOを目指す企業の上場監査を手掛けるトータルサービス1部に配属された。
目の前の仕事を必死にこなしているうちに12年が経過。トーマツのコンサル部門の主要顧客である大手不動産デベロッパーの英国法人への出向・駐在を命じられ、本社が海外事業本部への転籍も合わせて3年半を過ごし、その後トーマツに戻った。
しかし、戻ってみると、プレーヤーとして働いた出向時代の面白さは忘れがたく、独立を決意。16年間在籍したトーマツを離れ、海外企業の日本進出を支援するコンサル会社Porta Partners㈱設立。単に日本法人を設立して終わりではなく、立ち上げから、ある程度事業が軌道に乗るまで経営も引き受けることで差別化を図っている。
現在、案件であるオランダの物流会社の日本法人の経営もあたっている。
02
監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
トーマツ入所から渡英までの12年間は、一貫してトータルサービス1部で海外市場でのIPOを目指す企業の上場監査業務に従事した。
海外での上場を目指すような会社は、基本、海外に拠点がある。現地の会計制度、税制、法律には否応なく長けていき、海外出張も頻繁にあったため、入所当時片言だった英語も相応に上達していった。
大手不動産デベロッパーの英国法人への出向の話は、この会社を主要顧客として抱えるトーマツのコンサル部門からきたもので、その不動産会社の英国現法が決算ができなくて困っている。日英双方の会計制度を熟知していることのほか、東京本社の経理部との折衝もあるので、英語力、日本語でのコミュニケーション力も相応の水準が必要、というものだった。そういったスペックを備えたスタッフはトータルサービス1部には他にもいたので、自分のその役割が回ってきたのはたまたま。
しかし、この英国法人出向が私のその後の人生を大きく変えるきっかけになった。この英国法人は、現地不動産の開発・管理が主要業務だった。私自身はFinanceチームの所属だったが、事業内容を実務ベースで把握する必要があったので、賃料の滞納者への督促に同行するなどの機会に恵まれ、プレーヤーとして動く面白さを知ってしまった。それまで私は監査の仕事をつまらないと思ったことは一度もなかったが、あくまで受け身の監査とは比較にならないほどエキサイティングだった。
帰国後、トーマツに戻ってからも、プレーヤーとして働きたいという思いは捨てがたく、16年在籍したトーマツを辞め、独立することを決意した。

03
今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
独立にあたって何がしたいか、したいことのうち出来ることは何かを慎重に考えた。出た答えは海外企業が日本に進出する際のサポートコンサルである。私のような経歴だと、通常は日本企業の海外進出サポートという発想になるのだが、この領域は競合が多く、完全にレッドオーシャンであることは明らかだった。
そこでブルーオーシャンのビジネスは何だろうと考え、いわば逆転の発想で海外企業の日本進出サポートコンサルという結論に至った。
この結論に至った理由はもう1つある。米国在住で米国の中小企業にリレーションがある日本人ビジネスマンから、米国の日本円換算で概ね500億円規模の中小企業は、日本に進出したくてもそのツテがないと嘆いている、という話を聞いていた。
確かに大手のコンサルはその規模の中小企業を相手にしない。規模が小さすぎて彼らが望む水準の報酬では経済的に見合わない。だからと言ってJETROにアクセスしても、一般的かつおおまかな方法論は教えてくれても、具体的な指導はしてくれない。私はそこに商機があると思った。
私の武器は公認会計士としての経験と語学力である。監査業務は事業の内容を掴むことが第一歩。クライアントとなる外資系企業の事業内容を把握し、本国で発揮しているストロングポイントを、日本でも発揮できるかどうかのチェックも含め、日本での事業展開の青写真を描いて見せる。
監査で鍛えられた、事業や業界を把握する力は、新たに参入しようとする事業、業界の把握に役立つ。監査に必要な能力はそんな形で大きく役に立つのだ。
単に日本法人を立ち上げるだけでなく、人の募集や教育など立ち上げの実務から、ある程度事業を軌道に乗せるところまで経営を請け負えば確実に差別化が可能になる。
日本に於ける商習慣や業界事情などにどう対処するかは、まさに日本人である点が強みになる。クライアントと対等にわたりあえるだけの英語力は必須だから、この点でも私の強みを生かせる。
そこで、この米国在住のビジネスマンをパートナーに、コンサル会社Porta Partners㈱を設立。顧客の紹介もこのパートナーに頼む形で事業を立ち上げた。
細かくてアナログ、かつ泥臭い仕事なだけに、大手のコンサルはまず手を出さないし、競合は現れにくい。そう考えた。
現在は案件であるオランダの物流会社の日本法人の代表取締役も兼任している。。2023年6月に法人を設立して事業を開始、事業はぼちぼち軌道に乗り始めているところだ。
物流会社と言っても単に荷物の受け入れと出庫だけやっていては、ヤマトや佐川には到底太刀打ちできない。そこで、受け入れた荷物をプロの鑑定士が鑑定し、鑑定書を付けて出庫するという、Rapid社自身がオランダで実践している施策を日本でも導入して差別化を図っている。
04
あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
スペック面での強みなら公認会計士としての経験と英語力。今の仕事はこの2つを100%活かせる仕事として選択したものだが、パーソナリティとしての強みだとすると、はて、何だろう。
強いて上げるとすると「やりぬく力」だろうか。どんな仕事も途中でやめなければいつかは終わる。やめないから達成できる。それは監査業務を通じて体に染みついた価値観だ。監査には必ず期限があるから、当たり前のことを逆から言っているだけと言われればそれまでなのだが。

05
仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
これもこうして改めて聞かれると、はて、何かあっただろうかと思う。強いて上げるとすると、監査クライアントと大きな論点で意見が衝突し、会議の場で、感情的な非難、罵倒を受けたことが1度だけあり、そのときだろうか。
上司、自分、同僚の3人でチームを組んで対応した業務で、普段はクールな上司が悔し涙を流したことから、それにほだされて自分ももう一人も大泣きしてしまった。守秘義務の関係で詳しい話はできないが、プロとしてのプライドを著しく傷つけられたケースだった。心が動いた瞬間、というよりはプロとしての自信や信念が揺らいだ瞬間とでも言おうか。
クライアントには受け入れてもらえなかったが、自分たちはプロとして間違ったことは言っていない、ということを、居酒屋で大の男3人で大泣きしながら確認し合った。
06
公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
深く悩んだことは、たぶんない。渡英するまでの12年間、監査の仕事がつまらないとか、これでいいのか、などと考えたことはなかったし、帰国してトーマツに復帰し、独立の意思を固めるにあたっても、特段悩みはしなかった。成功する独立はどうしたら実現できるか、深く考えはしたけれど、深く悩んだわけではない。
07
人生の目的と公認会計士という資格
私にとって公認会計士という資格はセーフティネットである。何かにチャレンジしようと思えば、多くの場合、収入の変動というリスクは避けて通れない。
しかし、もし失敗しても、この資格があれば、監査法人に戻る、監査のバイトをする、事業会社の経理部門に就職するなど、選択肢は多く、一定水準以上の収入は確保できる。ダメでも家族を露頭に迷わせることはないと思えば、思い切ったチャレンジができる。

08
これから成し遂げたい事、将来の夢
目の前のことを一生懸命やっていると、その先に結果があって次にやるべきことが見えてくると考えてこれまで生きてきた。あまり先のことは考えないし、哲学的な将来展望のようなものも持ったことがない。
従って、これから成し遂げたいことは何か、と聞かれれば、今手掛けている事業で実績を積み上げることという答えしかない。
今後、日本にないサービスや商品を日本に持ち込み、日本の市場にしっかり根を張り、収益を上げ、日本で納税して日本の税収に貢献するような海外企業を増やす。そうすれば、日本人の生活も豊かになり、雇用機会も増える。微力ながら日本社会に貢献するような、社会の循環の一助となれるのではないかと思っている。

09
キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス
チャレンジを恐れるな、と言いたい。失敗しても監査のバイトや事業会社の経理部スタッフなど、職を得る機会はちゃんとあり、1000万円以上の収入は確保できる。


