
某大手エネルギー商社
経営企画部 経営企画部スタッフ
平林 元之
ひらばやし もとゆき
人生の使命は"ハッピークリエイター"。桃太郎のキジ的役割で、社内ベンチャーの経営をサポート
1983年1月16日生まれ(43歳) 長野県出身 千葉県在住
一橋大学 法学部法律学科 卒業

01
キャリアサマリー
武蔵野市役所に入庁し、児童青少年課・児童館に配属。0歳から中学生までの子どもと保護者への子育て支援やイベント企画を担当し、児童館のお兄さんとして活躍しました。その後、市民税課に異動し、住民税の賦課業務に従事した後、会計士試験に専念するため2008年12月に退職。
有限責任監査法人トーマツ東京事務所のパブリックセクター部に入所。上場企業や独立行政法人、国立大学法人、社会福祉法人等の会計監査業務に加え、国の省庁別財務諸表作成、地方自治体の総合計画策定や行政評価制度設計、外郭団体評価等のコンサルティング業務等に従事しました。
株式会社こうゆうに入社。保育園・幼稚園の年中から小学6年生を対象とした花まる学習会の教室長を務める一方で、社内では業務効率化や入塾申込システムの構築といったコーポレート業務のほか、書籍出版補助や野外体験の引率といった幅広い業務を担当しました。
大手エネルギー商社に入社。経理財務部で経理業務や単体・連結決算業務のほか、関連会社のシステム導入支援や会計処理サポート、M&Aや関連会社の組織再編、清算、子会社3社の監査役就任等、会計税務周辺業務を幅広く担当しました。現在は経営企画部に所属し、社内ベンチャー事業の計数管理や社内調整から経営サポートまでの業務を担っています。
02
監査法人における経験およびその後のキャリア選択のきっかけ
もともと、公務員から公認会計士になろうと思ったきかっけの一つに、外部の専門家として市役所をよりよくしたいという想いがありました。そのため、就職活動で監査法人を選ぶときには、地方自治体に対するコンサルティング業務に従事できるかどうかを判断軸に就職先を選びました。当時、公会計の分野では新日本有限責任監査法人が強いという話を聞いていましたが、公会計の分野の財務コンサルティングに留まらず、総合計画策定や行政評価制度の構築、外郭団体評価といった、会計財務に限定されない幅広い分野でコンサルティング実績のあるトーマツを第一志望として入所を決めました。
パブリックセクターの業務は通常の監査班と異なり、4月~6月の監査繁忙期以外は、ほぼコンサルティング業務か業務受注に向けた営業活動に従事していました。特に国や地方自治体のコンサルティング業務の受注は、予算の出どころが税金のため入札やコンペ形式になることが多く、5月~8月は提案書の作成や地方自治体の担当者向けにセミナーを実施するなど業務獲得のための活動が多く、また9月から3月にかけては受注した業務でクライアントにインタビューしたり、期限までに成果物の報告書を取りまとめるなど、有難いことに年がら年中忙しく過ごしていました。
パブリックセクターの業務を通じて様々な経験をさせて頂くことができましたが、その中でも若い年次で監査業務の現場主任やコンサルティング業務の主任を経験できたことは財産になりました。また、集客・営業をしてコンペ等で受注し契約を締結し、サービス提供や成果物を納入して、最後に請求書を発行して報酬を請求するといったビジネスの一連の流れを短期間で経験できたことは、現在の業務で様々な部署とのコミュニケーションをとる際にも役立っています。
一方で、コンサルティング業務に携わるなかで、徐々に葛藤の気持ちが芽生えてきていました。それは、コンサルティング業務をすればするほど、自分自身のなかで“第三者として関与することの限界”を感じるようになったことです。コンサルもビジネスなのでプロジェクトごとに採算が求められました。そのため、いくら自分がもっと時間を割きたくてもビジネスとしての限界がありました。そして、そのこと以上に痛感せざるを得なかったのは、結局、変わるかどうかは第三者ではなく、その組織に所属する“当事者が決めること”という現実です。市役所を飛び出した当初は、組織のなかで長い年月をかけて少しずつ良くしていくよりも、外部の専門家として早期に組織に良い影響を与えたいという想いがありましたが、当時は自身の覚悟不足や力不足もあり、”当事者”の壁にぶち当たったのです。
自分自身は、どう生きたいのか。
このまま“第三者”でよいのか。
そう自分に問いかけた答えとして、“当事者”として生きようと決め、事業会社に転身することを決意しました。

03
今現在の仕事の内容、特徴、キャリアパス
いま所属している会社では、当初、経理財務部で経理業務や単体・連結決算業務と関連会社の営業・会計システムの導入支援を担当していました。トーマツ在籍時は会計監査にも従事していたので、決算業務は容易にイメージがついたものの、日々の経理業務は未経験だったため、この経験を通じて日々の営業活動の一つひとつが積み上がって数字が作られる事を肌で体験でき、会計情報の作成の前提となる“記録”の大切さを実感することができました。
その後、業務を通じて営業とコミュニケーションをとったり、自らもイベント現場に立って泥臭く汗をかいて実績を出しました。“同じ釜の飯を食って”信頼関係を構築していくと、徐々にM&Aのプロジェクトメンバーに営業側から直接アサインされたり、関連会社の組織再編や新規事業の立ち上げについて相談したいと直接声がかかるようになり、子会社の監査役も務めるなど、次第に業務の幅が広がっていきました。
現在は、経営企画部で社内ベンチャーの計数管理・レポーティングなどの経営サポートに尽力しています。日本企業では社内ベンチャーはなかなか成功しにくいと言われていますが、実際に関わってみると本当に難しいと感じます。特にレガシー企業では大きな変革に対して否定的だったりしますし、社内調整などに時間を要してしまいスピードが遅くなるなど、環境面での難しさがあります。神田昌典さんの『成功者の告白-5年間の起業ノウハウを3時間で学べる物語-』という本を読んで「なるほど!」と腑に落ちたのですが、会社経営や起業・社内ベンチャーは桃太郎の物語に例えることができます。桃太郎(起業家)は鬼ヶ島に鬼退治に出かけようというアイディアを思いつきます。次に、主人に忠実に尽くすイヌ(実務家)が鬼退治に加わります。その後、智恵の象徴で、仕組化の仕事を果たすサル(管理者)が仲間に加わります。最後に、愛と勇気の象徴で、グループ全体をまとめ上げるキジ(まとめ役)が登場します。今の私は、キジの役割を果たしていて、Auditorの語源の通り、経営層から現場、株主まで、全員の声に耳を傾けて、様々な課題に取り組んでいます。一人ひとりの人間性に深く思いをはせたり、言動の裏にある心の機微を読み取ったりしながら、社内ベンチャーが潰れないように、ステークホルダーの“架け橋”となって全体最適の視点から働きかけていくのは非常にやり甲斐のある仕事です。
04
あなた独自の強みと今現在の仕事との関係性
私独自の強みは、①笑顔、②好奇心旺盛、③行動力、の3つです。
“笑顔”は、小学生の頃の裏のあだ名が「ニヤニヤマン」と呼ばれるほどで(笑)、人とコミュニケーションをとるときに自然と笑顔になっているらしく、伊那食品工業株式会社の塚越寛会長にお会いしたときも有難いことに“笑顔”を褒めて頂きました。仕事をする以上は必ず誰かと関わり合いを持つため、コミュニケーションの場面で笑顔でいることは、場を和ませたり早期に信頼関係を構築することにつながります。経営企画の仕事は、経営者や社員、ステークホルダーなど様々な人と会話をしながら進めていくことがほとんどです。そのため、信頼してもらうことで「平林だから」、「平林になら」と本音で話してもらえることも多くなります。仕事をしていくうえで、一人ひとりとの個別の信頼関係と心の距離には気を配っています。“笑顔”は、信頼を得て心の距離を縮めていくための強力な武器になると思います。
そして、色々な物事に“好奇心旺盛”であることと、何でもいいから“行動”してみることを実践しています。小さい頃から、ピアノを習ったり、剣道やラグビーや水泳を習ったり、漫画を描いたり、ゲームを作ったり、作曲したり、とにかく色々なことに興味を持っては実際に自分でやってみていました。社会人になってからも多趣味なのは相変わらずです。朝活に興味をもったので、丸の内朝大学に通ってたくさんの異業種の人と知り合い、プロジェクトの進め方やイベント企画、アイディアを実現させる思考を学ばせて頂きました。学習塾ベンチャーに飛び込んでは、新人21カ条という人生の鉄則ともいえる哲学を学ばせて頂きました。速読法を習ってたくさんの本を読むようになり、様々な知識のインプットに役立ちました。公認会計士経営懇談会という勉強会で、私の会計士の師匠である谷慈義先生に出会い、経営哲学・人生哲学の必要性を学び、会計士としてのアイデンティティを確立しました。煎茶道の御家元から美意識や芸術、思考法や世の中の仕組みを学ばせて頂きました。
インプットなくして、アウトプットはありません。経営企画の仕事に関連する経営や組織作りには幅広い知見が必要で、色々なことに興味を持ち経験し学んできたからこそカタチにできるものがあります。アンテナを広く張って、実際に行動してみて、当たり前の努力を当たり前にする。そうやって成長でき、世の中に価値をアウトプットできることは、楽しいことだと感じます。

05
仕事をしている中で、心が大きく動いた瞬間
お恥ずかしながら、仕事中に感情が溢れて涙をこらえきれなかったことが何度もあります。
市役所に勤務していた頃に、小学4~6年生を長野県の川上村に連れていって2泊3日の自然体験をする“むさしのジャンボリー”というイベントに参加しました。薪を割って火起こしをしたり、キャンプファイヤーをしたり、天体観測をしたり、自然体験が盛りだくさんの事業です。事務局側は、雨で濡れたテントを干して乾かしたり、次のイベントの準備に駆け回ったり、トイレをきれいに清掃したり、子どもたちが安心して生活できるようにひたすら動きます。そして、最終日の退村式のこと。子どもたちから、お世話になった裏方の人たちにということで歌のプレゼントがあったのです。いつもは児童館に来て遊んだり、ふざけたり、ときにケンカしたり、叱ったりしている子どもたちが、一生懸命に歌を歌ってくれている。その姿を見て、歌を聴いて、涙が止まりませんでした。
児童館から市役所本庁への異動が決まり、これまで毎日ふれあってきた子どもたちにお別れを告げる日がきました。最後の日、毎週実施してきたイベントの終わりに子どもたちが集まってくれました。お手紙を書いてくれた子、ピアノの伴奏に合わせて一緒に歌ってくれた子、ぬり絵をプレゼントしてくれた子。子どもたちとの関係は決して楽しいことばかりではなくて、厳しく叱ることもあったし、健全な成長のことを考えてはどう接するべきか思い悩んだこともありました。彼ら、彼女らの人生に真正面から向き合ってきたからこそ、みんなが自分のことを想って手紙やプレゼントを用意してくれたことを思うと、嬉しい気持ちで胸がいっぱいになりました。
花まる学習会で、野外体験に引率で参加したときのこと。初めてリーダーとして担当したチームは、小学1年生から5年生までの男の子チームでした。とくに1年生のT君は、わがままでケンカっ早くて、初日から何度も何度も些細なことで揉め事を起こしていて、チームの雰囲気もよくありませんでした。それでも、同じ時間を過ごすに連れて、初めて出会った男の子同士が、少しずつチームになってきたのです。川で魚を捕まえるために網をお互いに貸しあったり、役割分担をして協力しあう姿がありました。主語が、「俺は」から「俺たちは」に変わっていきました。いつの間にかかっこよく成長し、絆が生まれていました。最終日に、子どもたちを一人ずつ呼び出して成長したことを伝える大切な時間があります。バラバラでケンカして気まずかったチームが、最後には気持ちを一つにして仲良く過ごせるようになったことが嬉しくて、一人ひとりの頑張りや成長した姿を伝えながら、自然と涙が流れてきました。
私にとっては、人に向き合い、生きるということに向き合い、心と心が通じ合うことで感情が動きます。それは子どもたちとの出来事にかかわらず、経営も同じだと感じています。経営者は命がけで、従業員たちの生活を背負ってビジネスに向き合っています。M&Aで買収が決まったときも、その経営者が「ありがとう、御社に決まって本当によかった」と言ってくれたときは、熱い気持ちがこみ上げてきました。会計の数字は人が行動したあとの結果に過ぎません。数字の背景にある“人”にとことん向き合うことは、仕事の醍醐味だと思っています。
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公認会計士という仕事に関連して深く悩んだこと、それをどのように乗り越えたか
“公認会計士”というのは自分のタグになります。取引先に紹介されるときも「平林は公認会計士なんで」と紹介されることも多く、正直プレッシャーに感じることもあります。実際、一般事業会社の経理には、会計士よりも実務経験を積んで専門知識をもった人材も数多くいます。その事実に向き合ったときに、しばらくの間、公認会計士としての自分の存在意義に思い悩む期間がありました。
公認会計士としてのアイデンティティを確立できたのは、公認会計士経営懇談会で谷慈義先生に出会ったことが大きいです。
谷先生は事業再生を専門とし、経営難の企業約50社をV字回復させてこられた方です。顧客、社員、株主、取引先といった、企業を取り巻くステークホルダーと一体になって、常に“経営のあるべき姿”、“心の経営”、“救済”を追求されていました。一方で、還暦を過ぎてからは仏道に精進して『浄土宗僧侶』の肩書ももっており、私にとっては正直よくわからない不思議な存在でした。
谷先生から教わったことはたくさんありますが、一番ハッとさせられたのは、初めてお会いしたときの「正しいことを言うときは相手を傷つけやすいものだと気付いているほうがいい」という一節です。「公認会計士は、経営哲学を磨き物事を正しく見て、誤りを正したりズバズバと指摘する必要がある」と仰られました。ただ、相手を傷つけないように、心を配ることが大切だというのです。たしかに、物事を良い方向に導いていくためには、“正しいことを正しいと言う”ことが必要なのですが、正しいことを真正面から言うと、言われた相手の心はグサリと傷ついてしまいます。そこに思いやりの心がないと、相手に受け入れてもらうことすらできません。
公認会計士は“公に認められた”資格なのだから、その責任と誇りをもって、正しいことを正しいとビシバシと言っていかなければなりません。そのような、公認会計士としての在るべき佇まいを直球で投げかけられたことで、それまで輪郭がぼやけていた公認会計士としてのアイデンティティが確たるものとなりました。「自分は公認会計士なんだ、公認会計士として生きていこう」と強く思えた瞬間でした。
世の中には色々な人がいます。一般事業会社にも、どうしても周囲や上司からの評価を気にした言動をとる人もいます。そういう行動をとって丸く収まることもあれば、問題を先延ばしにしてしまい、会社のためになっていないようなケースもあります。こういった場面に遭遇したときに、公認会計士としての意思と覚悟をもち正しいことを正しいと言っていくことで、周囲からのより深い信頼を得られるようになると考えます。谷先生と出会って、公認会計士としての自分に自信を持てるようになったのです。
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人生の目的と公認会計士という資格
私は公認会計士である以前に、自身のことを“ハッピークリエイター”と称しています(ときに宗教の勧誘と間違われることもありますが……)。そして、履歴書には、必ず“たくさんの人の心に笑顔の花を咲かせたい”という言葉を綴っています。自分と関わった人の人生の角度を1度でもあげられたら万々歳と考えています。実は、ここだけの話、陰陽師さんにこの世に生を授かった使命を鑑定してもらったことがあるのですが、“世の中を明るくしたい”という強い想いが私の心の根っこにあるそうです。私の人生の目的は、きっとそういうことなんだと思います。
“世の中を明るくする”というのが人生の目的なので、“公認会計士”としての通常の業務とは大きくかけ離れているのかもしれません。それでも仕事とは離れたところで、公認会計士として、社会のため、世のため、人のため、ハッピーをクリエイトできればそれでいいと思っています。
そのなかで、私が追求しているテーマは“教育”です。長野県の片田舎で生まれ育って、実家は学習塾を営んでいました。社会人になって武蔵野市役所でも児童館に配属され、その後も学習塾ベンチャーに飛び込むなど、私にとって“教育”は縁が深く人生を賭けるに足るという位置づけです。
では、なぜ“教育”に取り組もうと思うようになったか。それは、トーマツ時代にリクルート活動をしていて、多くの会計士受験生の話を聴く機会があったのですが、どうやら会計士になって何をやりたいのかが明確でない人が多く、とりあえず監査法人に就職してとりあえず監査部門に入って…という人が多いように感じたからです。やりたいことが明確なのが良くて、不明確なのが悪いと言うつもりはありません。ですが、会計士試験に合格するくらいに勉強が出来て努力を継続することができる人たちが、明確な目的意識をもって社会のために積極的に取り組んだら、日本は間違いなく今よりよい国になります。でも、実際はそういう状態になっていないのはとても勿体ないことだと感じたのです。
次に沸いてきたのは、何故そういう事態になっているのだろうという疑問でした。ただ自分自身の経験を振り返ってみても、私自身も自分の将来をそんなに明確に描くことができていませんでした。生まれ育った環境や子ども時代の原体験など、人それぞれ理由はあると思います。でも、一つ言えるのは、“よい大学に入って、3年生になったら一斉に就活を始めて、優良企業に入って”ということに何の疑問も抱いていませんでしたし、そういうものだと思い込んでいた自分がいることに気付きました。これって何かおかしい。自分で進路を決めるまでの教育課程のなかで、もし自分の人生について十分に考える機会や人生を変えるような運命的な出会いがあれば、きっと変わっていたかもしれない、自分の夢に向かって挑戦したりチャンスが広がっていたかもしれない、そう考えました。
原因は日本の教育にあるんじゃないだろうか。少なくとも教育課程のなかでキラキラとした出会いがあれば、たとえそれが100人に1人の人生だったとしても良い方向に変わるんじゃないかと思うようになり、教育に携わっていくことを決めました。
現在は、仕事とは完全に別で、公認会計士協会の“ハロー!会計”という事業に、東京会広報委員会のハロー!会計担当副委員長という立場で関わらせてもらっています。参加者を公募してイベントを実施することもあれば、小学校や中学校に訪問して授業をすることもあります。そのほか、コンテンツを開発したり、学習塾の経験を活かしての講師育成や、地域間のネットワーク連携に取り組んでいます。
“公認会計士”として、教育というフィールドで“世の中を明るく”できるように尽力しています。
また“ハッピークリエイター”は教育の領域に留まりません。組織内会計士協議会のネットワーク構築専門委員として、交流イベントの企画やオフィスツアーの企画を通じて会計士同士をつなぐことで、世の中に価値を生み出したり、公認会計士経営懇談会の幹事として、経営について学ぶ場の企画・運営を通じて人や企業を救済できる会計士を増やしていけるような活動もしています。
“ハッピークリエイター”という人生のコンセプトに沿って、“公認会計士”としての自分にできることを考え、行動に移しています。

08
これから成し遂げたい事、将来の夢
“公認会計士”というタグを、『平林元之』という一人の人間の沢山あるタグのなかのほんの一つに過ぎないと考えているので、あまり参考にならない答えかもしれませんが、何よりもまず“家族を幸せにすること”が私の夢です。
“ハッピークリエイター”として、“たくさんの人の心に笑顔の花を咲かせる”前に、自分自身が、そして家族が幸せを感じていなければ元も子もないことを、過去の様々な実体験を通して痛感しました。一番身近な人を幸せにすることがどんなに難しいか。たった一人の人を幸せにすることがどんなに大変か。家族、特に妻には大変な苦労をかけた時期もあり頭があがらないという思いとともに、感謝の気持ちを伝えても伝えきれません。だからまずは、家族を幸せにしたうえで、たくさんの人を笑顔にハッピーにしていきたいと考えています。
また、趣味で『Liaison(リエゾン)』というアカペラグループを組んでいるのですが、東京都のヘブンアーティスト(東京都の審査に合格すると、都内の所定のストリートで演奏活動ができる、それなりにすごい資格)になりたいと真剣に考えています。そして、2020年の東京オリンピックにアーティストとして関わりたいと本気で思っています(笑)。もともと音楽が大好きで、小さい頃はプロミュージシャンになりたい!と夢見ていました。SHOWROOM等の動画配信サービスが出てきているなかで、音楽活動でごはんを食べていくことが難しいとしても、アマチュアでもプロ意識をもってパフォーマンスをして、エンターテイナーとしてオーディエンスに楽しんでもらえるような活動を志していきたいと企んでいます。
そして、“公認会計士”として、『ハロー!会計』を世の中に広めたり、教育のフィールドで世の中を明るくしていく。そのほかにも、世界中を旅して自分の眼で耳で世界を感じたい。コミュニティを運営したい。将来的に起業・独立したい。そんな想いや野望を抱いています。

09
キャリアを模索する会計士、会計士受験生へのアドバイス
これからの時代の生き方として、“掛け算思考”でキャリアを考えて、居心地の悪い場所に身を投じることが大切になってくると考えています。
2012年頃に自由大学という学び場で“アメーバワークスタイル”という講義を受講しました。当時、“ノマドワーカー”という言葉が流行っていて、これからの働き方を考えようと思ったのです。講師のなかで特に印象的だったのは、出版社に勤める傍ら、プロミュージシャンが発行するフリーペーパー制作に取り組んでいたSさんで、“同時勃発的に動く”ということを教わりました。その働き方を知ったときに、“一つの会社に勤めなければならない”という固定観念がひっくり返りました。いろいろな働き方ができるし、やりたいことがあれば、自分さえ行動すれば、仕事以外の場でいくらでもできると考えられるようになりました。
いまの日本の社会でも、副業解禁だとか、複業だとか、パラレルキャリアだとか、働き方自体に多様性が認められてきていると感じます。会計士は、監査法人やコンサルファーム、個人事務所に一般事業会社と、働く場所や仕事の仕方も様々ですよね。でも、一般的には大多数の人が会社に就職して働いているのではないかと思います。これが150年遡って江戸時代にどんな職業があったかというと、一人相撲をとって銭をもらう職業があったり、文字通り水を売る職業があったり、目を疑うくらいにたくさんの職業があって、それぞれの職業がとても個性的でした。これは完全に私の予想ですが、将来の職業像を考えたときに、会社員のような一様なものから多種多様で個性の強いものに変化していく、江戸時代のような職業の在り方に再びなっていくんじゃないかと考えています(もちろん、会社というものがなくなるとは思っていませんが)。だから、“Only One”のキャリア形成が必要であり、そのためには、専門性の“掛け算”で考えていくべきだと思います。
こういった考え方は、少し前に流行した『Life Shift -100年時代の人生戦略-』という本でも取り上げられていますし、元リクルートの藤原和博さんも“希少性の高い人材=レアカードになれ”ということを提唱しています。マイクロソフトのエバンジェリスト、西脇資哲さんも「点と点がキャリアを創造する。3つ以上の点をつないだ面積が広い(隣接領域ではなく、全然違う領域に点を増やす)ほど、その人の価値が高くなる」と仰っています。例えば、監査法人には会計・監査の専門家はうじゃうじゃいるけれども、その人が別のフィールドに出ていったらそこに“希少性”という価値が生じます。“会計×○○”という公式で、私は“会計×教育”というフィールドを選択して飛び込みました。
“会計×○○”の○○を決めるときには、自分がどう生きたいか、何を大切にしたいか、を言語化してみるとよいと思います。自分自身のよいところ、よくないところを含め、等身大の自分に向き合ってみて哲学してみる。以前、お寺で座禅をする機会があって、そのときに和尚さんが「生きつつあるということは、死につつあるということ」という言葉を説法してくれました。自分の人生の最後を思い浮かべて、納得のいく人生だったと思えるように、いま何をするのか。そういった“死生観”を持つと、自分の心の根っこの声に耳を傾けることができるのではないかなと思います。
自分が進もうとする方向性が決まったら、あとは飛び込んでみるしかないです。“当事者”にならないと見えない景色がありますから。失敗したっていいんです、それで人生が終わるわけじゃない。諦めずに継続すれば、道は開けます。


