会計士の履歴書
特集 — 独立・起業という選択

社会福祉専門IPOスペシャリスト。専門性を高めるために足し算すべきキャリアは?

株式会社global bridge HOLDINGS / 樽見 伸二

2018年7月29日読了 20分多屋 美紀
社会福祉専門IPOスペシャリスト。専門性を高めるために足し算すべきキャリアは?

今回の特集は、新日本有限責任監査法人からサクセスホールディングス株式会社(現:ライクキッズネクスト株式会社)の執行役員管理部長、PwCあらた有限責任監査法人IPOソリューション部を経て、IPOコンサルタントとして独立するとともに株式会社global bridge HOLDINGSの取締役に就任された、樽見伸二(たるみ しんじ)さんをご紹介します。
社会福祉事業のIPO専門家として経営者から嘱望される存在になるために、どのようなキャリアを歩んできたのか、また転職希望が多いCFOにはどのような人材が求められているのかお伺いします。

01

IPOスペシャリストとして経営者から求められる存在へ

IPOコンサルタントとして活動するかたわら、株式会社global bridge HOLDINGSの取締役に就任されているとのことですが、仕事内容についてお聞かせください。

IPOコンサルタントは経営企画に関するアドバイザリーをメインに、会社経営全般に渡りご支援させていただいています。資本政策や役員体制、中期経営計画、主幹事証券対応など、上場準備で求められるすべての業務について提案やアドバイスを行っています。

会社のIPO責任者やコンサルタントとして幾度となくIPOに携わり、成功させてきた実績があります。IPOコンサルタントはこれまでの経験と失敗を生かせる仕事であり、天職だと思っています。

株式会社global bridge HOLDINGSでは、どのようなことをされているのでしょうか?

global bridge HOLDINGSの取締役になる前は、IPOコンサルタントとして関与していました。

関与した当初は社内に上場計画や資本政策を立案する余裕がなく、会社の成長ストーリーにマッチした上場市場の選択ができていませんでした。上場を目指していたものの実現が難しく立ち往生していたところに、コンサルタントとして声をかけていただきました。

一方で東証関係者から、「TOKYO PRO Marketという新しい株式市場を発展させたいと思っている。そのために、特に社会的意義の高い会社に上場していただきたい」という声を頂いていました。

プロマーケット市場はまさに会社が求めていた上場市場で、プロマーケットを目指して上場計画・資本政策を立案し、会社にとって最善の形で上場することができました。東証にとっても、保育という社会的に意義のある業種の会社が上場したので、関係した皆様が喜ぶIPOを成功させることができたと思います。

樽見伸二さんへの取材の写真

global bridge HOLDINGSへの参画を決めた理由は何ですか?

こちらの会社を選んだ理由は3つあります。

global bridge HOLDINGSは、保育事業と介護事業を行っています。社会福祉事業は成長産業であり社会貢献にもなるので一番好きな業種でした。また、前職も社会福祉事業会社でCFOを務めていたので、今までの経験と能力が最大限活用できると思ったのが1つ目の理由です。

2つ目は、大株主が非常に尊敬できる方だということです。会社の成長が社会貢献につながるという強い信念を持っている方で、「早く大きくなって日本に貢献しなさい」というのが口癖です。また当社の株式の7割を持ちながら、自分の会社の傘下に入れようとはしません。創業者である社長を信頼してくださっていて、「困ったときは相談に来なさい」と、当社の成長を温かく見守ってくださっています。

3つ目は、経営者です。取締役になるからには重い経営責任を負わなくてはなりません。「この人となら重い責任を分かち合える。波長が合い信頼できる」と思えるような人が経営者でなければ、取締役として十分なパフォーマンスを発揮するのは難しいと思います。コンサルタントとして関与していた頃から社長の人となりを拝見させていただいて、この人のためなら120%実力を出し切れるという自信がありました。

経営者もいいし、事業もいいし、株主もいいということで、global bridge HOLDINGSへ参画を決めました。

上場前にCFOに就任するのが一般的ではないかと思うのですが、上場直後に取締役に就任されたのはどういった経緯だったのでしょうか?

当初は「マザーズに上場したいのでアドバイスをお願いしたい」というご要望をいただき、コンサルタントとして関与していました。

ところが設立から間もなかったので、証券会社が求める利益を出して上場するのは無理難題でした。一方で、事業に将来性があり毎年5割程度の成長率で伸びていたので、数年のうちに企業価値が現在の何倍にもなるだろうと推測できました。焦って安い値段で株を手放すべきではないと思いました。

ちょうど東京証券取引所の方からプロマーケットのセミナーに誘っていただきお話を聞いたところ、プロマーケットは外部株主を入れなくてもいい市場ということでglobal bridgeにぴったりの市場でした。

そこで、「プロマーケットという上場市場があります。株を売らなくていいうえに、御社の成長ステージに合っていて、会社をじっくり育てることができます」と社長を説得して、会社の全体計画を策定しながらプロマーケットに上場させることができました。

コンサルタントとして関与していたのですが、上場する頃には社長を始めたとして従業員の方からも信任をいただいていました。そして、「こんな経営の絵を描ける人が、コンサルタントでいるなんて勿体ない。ぜひ我が社の取締役になってもらえないか」と社長から声をかけてもらい、取締役に就任することになりました。

成果を上げてきたコンサルタントの方が取締役として参画してくれて、会社としても心強かったのではないでしょうか。入ってから何か課題は見つかりましたか?

保育業界の人材不足をシステム面からサポートするため、当社は保育士のワークスケジュール作成や延長保育料の算出サポート機能を備えた“チャイルドケアシステム”を開発して、2014年にリリースしました。

ところが私が2017年に入社した当時、システム販売の責任者がおらず、業界の動向を分析して全社的な販売戦略を立てられる人がいませんでした。フリーやマネーフォワードなど他のクラウド型サービスは“無料お試しサービス”から販売につなげる営業戦略をとっていたのですが、当社は無料のお試し期間を設けていなかったので、当然のことながらお客様は他社に流れていました。ですが、そういった原因に気付いて販売戦略を立てる人がいなかったのです。

私が販売部長を引き受けてから半年間の無料サービスを始めました。半年間も無料ということで社内的な議論はありましたが、「今期は仕込みの時期だから利益を出さなくてもいい。今はお金をかけて人を採用して、宣伝広告をして、さらに長期的な成長につながる戦略として無料キャンペーンをやりましょう」と社長を説得して、予算を組みました。

もともとの契約件数は月に数件ペースだったのですが、キャンペーンを始めてすぐに月に数十件以上のペースになりました。半年間じっくり試していただけるということで、より多くの保育所様に “チャイルドケアシステム”の良さを実感していただくことができたのだと思います。

02

キャリア形成のターニングポイントにある大切な人との出会い

学生合格されているそうですが、いつ頃から公認会計士になろうと思っていたのですか?

商業高校のときの担任の先生が簿記部の顧問でした。その先生から「樽見君は会計士になりなさい」と言われたのがきっかけで、会計士を目指しました。

その先生は若くてちょっと変わった人でした。世代が近かったこともあって気が合い、人見知りの私でも心を開くことができました。「真面目とは言えないけど、やると決めたことは徹底してやる」という私の生き方を認めてくれました。「樽見君の思う通りの生き方でいい」と言ってくれた先生の言葉は、今でも印象深く覚えています。

高校時代の成績は取り立ててよくありませんでしたが、会計の理論的なところが好きでよく勉強していました。先生と会計について議論することも多かったです。私の会計に対する姿勢を見て、会計士に向いていると気づいてくれたのではないでしょうか。普通の生徒が疑問に思わないところを質問していたので、他の生徒と目のつけどころが違って面白い生徒だと思ってくれたのかもしれません。

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大学に通いながら新日本監査法人に入所されたそうですね。監査法人ではどのような業務に従事されていましたか?

立命館で仲の良かった先輩が新日本監査法人の東京事務所にいたので評判を聞いてみると、「新日本はいいと思うよ」と言われたので、その一言で新日本監査法人の東京事務所に入所することにしました。

新日本では国内部に配属され、建設業から小売業まで国内業種を一通り経験することができたと思います。ただ色々なことをやってみたい性格なので、会計監査以外にも、企業会計ナビという法人の会計サイトの執筆活動もしていました。

監査法人からキャリアチェンジを考えたきっかけは何でしたか?

キャリア選択の転機は、自分の2期上の先輩がマネージャーになった時でした。2年後に果たして自分はマネージャーに昇格できるのだろうかと考えるきっかけになりました。マネージャーになれるだけの他の公認会計士と差別化できるものが、自分にはあるのだろうかと。

監査法人は公認会計士の集まりなので、公認会計士という資格だけでは優位性は保てません。考えていくうちに、私の場合は学生合格で監査法人に入っていたので、他の人よりも若いことがアドバンテージになると気が付きました。それで「まだ若いから、どう転んでも何とかなるだろう」ということで転職を決意しました。

転職といってもいろいろな選択肢があったと思うのですが、監査の次のフィールドはどのように設定しましたか?

公認会計士が活躍できるフィールドは“海外”、“M&A”、“デリューデリ”、“IPO”の4つのイメージがあり、その中から選択することにしました。

海外に行くためには英語が必要ですが、英語は不得意でした。M&Aもイメージが湧いてこないし、デューデリを経験した人から「激務だし、すぐ飽きるからやめたほうがいい」とアドバイスを受けたので、デューデリも選択肢からはずれました。

結局、消去法で残ったのがIPOでした。いろいろな分野で幅広く経験を積めそうだし格好良さそうなイメージがあったので、IPO準備会社を目指すことにしました。それで転職先として選んだのが、社会福祉事業を行っていたIPO準備会社のサクセスホールディングスでした。

03

一生分の栄光と挫折を経験した事業会社での5年間

サクセスホールディングスは樽見さんにとって初めて経験する事業会社でしたよね。会社の最初の印象はいかがでしたか?

IPO準備ということで規模の小さな会社をイメージしていたのですが、従業員数が千人もいる大企業でした。IPOはトップダウンで全社一体となって進めていく必要があるのですが、人が多かったこともあり会社全体として意思が統一できていない状況でした。

会計士の野口さんという方がCFOのポジションにいらっしゃったのですが、「1人ではどうにもならない。もう1人自分と同じくらいのポテンシャルがある部下が欲しい」と思いキャリアナビに求人を出して、部下として入ったのが自分だったのだそうです。

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IPO準備会社はIPO未経験でも採用してもらえるものなのでしょうか?

IPO実務を希望してサクセスに入ったのですが、監査法人ではほぼ建設業会計に特化していたので、IPOの経験は皆無でした。「Iの部って何?」という世界から、実務に飛び込みました。

未経験だということは面接のときにもお話ししました。それでも面接官だった野口さんと波長が合ったせいか気に入られて採用してもらうことができました。未経験でも会計士だから最低限のポテンシャルはあるだろうし、あとは会社の人とうまくやれる素質があれば大丈夫だと思ったのではないでしょうか。まだ28歳で若かったので、これから成長すると期待してもらったのかもしれません。

サクセスホールディングスをお辞めになった理由はなんですか?

サクセスでは3年で3回も上場させることができたし、CFOにも就任しました。「監査法人をやめたときはどうなることかと思ったが、事業会社もなんとかなるものだ。一部上場会社のCFOになれたしキャリア的にも申し分ない」と思っていました。

そんな矢先に、サクセスが買収されて大きな方針転換があり、管理部門をはじめとして皆が会社を辞めざるをえない状況になりました。最短でIPOを成功させた功績から一転、買収によるリストラ。他の人が何十年もかけて味わうような浮き沈みを、たった5年間で経験することになりました。

突然の退職勧告に、「樽見さんはすぐ転職できるけど、私たちはすぐには転職できない」と部下の子たちは泣いていました。それもそうだと思い、次の転職先が決まるまで全員の面倒を見て最後の部下がやめる日まで会社に残りました。

部下の転職がすべて決まったところで気が抜けてしまい、自分の転職活動をする気力はなくなってしまいました。そんなとき、知り合いがPwCのIPOの部門長とたまたま知り合いで、「樽見さんみたいな人を探しているよ」と紹介してくれたことがきっかけで、監査法人の世界へ戻ることにしました。

企業買収が原因で退社することになったのですね。次のPwCでは、IPO経験と東証一部のCFO経験があるので好待遇で迎えてもらえたのではないでしょうか?

当初マネージャーで入る予定だったのですが、マネージャー昇格の必須条件だった英語基準を満たせなくて、最初はシニアスタッフとして入りました。面接をしてくださったパートナーからは「3か月後にマネージャー推薦のタイミングがあるから、そのときにマネージャーに推薦するから。それまでに英語を何とかするように」と言われていました。

IPO経験があって東証一部のCFOの経験があるのにシニアで入ってきた珍しい人がいるということで、事務所の噂になっていました。自分としは「別に給料が変わるわけじゃないし、残業代が出るか出ないかの違いだけ」という淡々とした感じでした。

それでも入れ代わり立ち代わり「どうしてシニアで入ったんですか?」と聞かれたので、「英語ができないから」と本当のことを答えたのですが、冗談を言っていると思われたかもしれませんね(笑)。3か月後にマネージャーに推薦してくれたパートナーには今でも感謝しています。

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PwCのIPO部門をおやめになった理由は何だったのでしょうか。

PwCのIPO部門はBIG4の中では規模が小さくて20人くらいでした。少人数だったので統制がとれていて、比較的自由にやりたいことができました。「IPO経験を活かしてセミナーの講師をしたり本を書いたりしたい」と言ったら、「どうぞどうぞ」となんでもやらせてくれました。忙しかったけど行って良かったです。

ですが監査法人として意見を言わないといけないので、IPOアドバイザリーも細かいところまではできません。リスク度外視の際どいところはBIG4では無理でした。正解だったらいいけど違ったときに責任がとれないので縛りがありました。

自分が目指すIPOアドバイザリーがしたいと思っていたとき、友達から「一緒に独立してやって欲しい」と誘われて、PwCをやめて独立することにしました。

04

成功の秘訣は“若さ×IPO×CFO×社会福祉事業×監査”の経験をフル稼働させたこと

公認会計士という資格は、樽見さんにとってどのような意味がありますか?

会計士という資格があるからプライドをゼロにできると思っています。勤めている人が何を恐れているかというと、やはり首になることです。日本は終身雇用制だし、公務員が“なりたい職業トップ10”に入る国だし、みんなリスクを恐れて何もしない感じになってしまう。その結果、虚勢をはって仕事をしないといけなかったり、プライドを高くしないといけないので聞きたいことが聞けなかったりして喧嘩もする。

でも会計士なら「ふざけているけど会計士だから頭いいんだろうな」と思ってもらえますし、本気を出せば仕事ができるという証明もできています。「僕仕事できますよ」って顔をしなくていい。会計士イコール“ポテンシャルの証明”になっていますから。

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会計士の資格だけではなくて、IPOやCFOに関しての実績もありますよね。

自分の場合、IPOやCFOの経験があって一通りできるし実績があるから、肩肘張らなくて済みます。

その結果、プライドが高い人にも柔軟に対応できるし、基本は社内外で喧嘩をしません。いつ首になってもいいのでリスクのあることも提言できるので、社長からも信頼されていい循環になっています。

樽見さんのように専門性を身に付けたいと思っている方もいると思うのですが、そうなるための秘訣はありますか?

若かったので素直に「分からないです」と言えたことが秘訣かもしれません。サクセスの上場時期がIPO不況と重なっていて証券会社の引受部も余裕があったので、質問すればいくらでも答えてもらえました。さらに担当者の方がIPO実務の先生のような方で、厳しく指導してもらい力が付きました。

サクセスがIPO準備を始めた当時、サービス業はジャスダックしかなかったので大阪証券取引所に上場しました。その後鞍替えして東京証券取引所に行こうとしたのですが、両者が別市場だったのでもう一度新規上場の審査を受けるように求められました。

同じ会社で同じ審査資料を練り直して作ったのが良い復習になり、IPOの専門性がさらに高まったのだと思います。

僕自身はIPO未経験だったにもかかわらず、2012年にJASDAQ、2013年に東証二部、2014年に東証一部へと最短で上場できたのは、ひとえに証券会社の担当者の方からご指導いただいたおかげだと感謝しています。

IPO準備がしたければまず監査法人でIPOの経験を積む。海外に行きたいのでまずは英語を勉強してみる。事前に準備をしてから転職する会計士の方が多いですよね。これについてどのようにお考えになりますか?

若いうちに受かった人ほどとりあえず何でもやってみればいい。監査法人に長くいるほど早く受かったアドバンテージを自分で殺してしまって、普通になってしまう。早いうちから「IPOをやりたい。CFOになりたい」と目標が見えているなら、会計士試験に受かったその場で進んでもいいくらいです。

海外を考えているなら語学学校に行ってからじゃなくて、準備なんかしていないで今すぐ海外に行ったほうがいい。周りの成功している人たちを見ると、下準備無しでとりあえず海外に行っていて、ちゃんとできるようになって帰ってきています。これが国内の大手監査法人の中で海外に行こうとすると、とりあえずTOIECで750点、800点をとってからになる。それでTOIECはできるけど現地の人ともしゃべれないし何もできない人が量産されていて、もったいないと思います。

やってみたけど失敗してやっぱり監査法人が良かったと思うなら、今の時代は外でちゃんとやってきた人なら監査法人に戻れるから大丈夫。BIG4は厳しいかもしれないけど中小でもいいと思えるくらいの柔軟性がある方が、幸せになれます。

05

事業会社に転職した会計士が感じる共通の悩みと克服法

事業会社へ転職したときに会計士ならではの苦労はありましたか。またどのように乗り越えましたか?

事業会社には自分より年上で経験も長くて、でも年収は新しく入ってきた公認会計士よりも低いという人がいるので、どうしても嫉妬されます。会計士が事業会社に転職するなら、誰もが乗り越えないといけない部分だと思います。

普通ならこの悩みを乗り越えるために、頭が良さそうにしたり理論武装を強化したりして、どうしても“コンサルタント”的な対応をしてしまうケースが多いと思います。しかし、そのようなことをすると失敗する可能性が高いです。というのも嫉妬は感情論で生まれてきているので、理屈や理論的な対応をすると「偉そうに!」とマイナスの感情が高まってしまう恐れがあるからです。

僕の場合はプライドを持たずに純粋に仲良くなりたいと思い、同僚に対して家族以上の気遣いをして接しています。従業員から親しまれていて、サクセスでは「樽ちゃん」と“ちゃん”付けで呼ばれていました(笑)。

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サクセスではIPOプロジェクトマネージャーからCFOに昇進されたそうですが、出世のための秘訣はありますか?

「早く出世したければ社内営業をかけろ」とよく言っています。総務とか経理とかバックヤードにいる人は、新しい仕事が来ると「この仕事は他の部署でやってください」とはねのけてしまう人が多いように見えます。

自分の場合は「なんでもやります。それもやります」と言って、社内で仕事をもらってきます。仕事が増えると必ず新しい部下が入ってくる。部下が増えると、必然的に課長とか役職がついてどんどん出世する。営業に例えると分かりやすいのですが、外から仕事を取ってくれば出世しますよね。それと同じで、社内でも仕事を取ってきた人に部下や権限が集中して、結果的に出世することができるのです。

会計士もバックヤードの世界と接しているので、新しく仕事を取りたがらない癖があります。早く出世したければ、社内営業をして新しい仕事を積み重ねる。そうすれば、未来が開けてくると確信しています。

これはサクセスにいた時の経験にもとづくものです。最初はIPOプロジェクトマネージャーだったのですが、「総務もやってほしい」といわれ、兼任で総務課長になりました。その後、財務課長がやめると言われたので財務課長を引き受けて、IPOマネージャー“兼”総務課長“兼”財務課長に。その次にシステム課でシステムを管理する人が不在だったので「俺がやりますよ」と引き受けました。

気付いたら管理部門の半数以上が部下になっていて「CFO候補は樽見さんしかいない」という状況になり、当時の管理部門では最年少だった私がCFOに就くことになりました。

数あるCFO案件の中から転職先を選ぶときのポイントは何ですか?

CFOは社長との相性がすべてだと思っています。相性というのは、食事していて気まずくない関係かどうか、何時間でも楽しく話しをしていられるかどうかということです。

経営者とそれくらい波長が合わないとCFOは厳しいと思います。経営者のためならどんなことでもサポートする立場にいるので、通じ合っている関係じゃないとサポートしきれませんから。世の中にCFO求人はたくさんありますが、相性が良い社長と出会える確率は低いと思います。

IPOベンチャーの社長に「どんな人をCFOにしたらよいのか」とよく聞かれますが、「相性が合うかどうか、好き嫌いでいい。キャリアを積んでプライドが高い人よりも、未経験でも若い人がいい。若ければ柔軟性があるし、会計士ということで素質はあるはずですから」とお話ししています。

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最後になりますが、CFOは仕事上の悩みも多いと思うのですが、どのように気分転換していますか?

僕にとっては、社長と波長が合うことが最大の気分転換になっています。大体は、どうすればよいのか上司に相談できなくて悩んでいるわけですから。経営者に「ここまでしかやれません。この先どうしたらいいでしょうか」と正直に話ができれば、CFOの悩みは解消されます。僕はなんでも社長に正直に明かしているほうで、それができなければCFOはやってられません。

仕事の悩みや責任は、休みをとったところでなくならないし、プライベートでは解消できません。僕は「休んで気分転換しろ」というのは嘘だと思っています。その証拠に、日曜日の夕方になればしっかりサザエさん症候群になって、潰れてやめいく人が多い。

もしかした僕がしているのは、気分転換じゃなくて、気分解消ですね。社長と何でも話して気分が解消しちゃうので、気分転換する必要がないのかもしれません。

樽見さんの気分解消法は、どの業種や職種の方にとっても参考になるアドバイスだと思います。本日はお忙しいなか、貴重なお時間をいただきありがとうございました。

プロフィール

樽見 伸二(たるみ しんじ)
株式会社global bridge HOLDINGS

1982年群馬県伊勢崎市生まれ。群馬県立伊勢崎商業高校卒業後に、立命館大学経営学部に進学卒業。
大学在学時の2004年12月に合格し、新日本有限責任監査法人東京事務所に入所。建設業監査に携わり、企業会計ナビEYの執筆活動も行う。
2011年より、サクセスホールディングス株式会社(現ライクキッズネクスト株式会社)の執行役員管理部長に就任。
その後上場企業IPO経験を活かし、2016年よりPwCあらた有限責任監査法人IPOソリューション部に入所し、マネージャーとして活躍。
2017年、樽見伸二公認会計士事務所を設立。同年12月、株式会社global bridge HOLDINGSの取締役に就任。人事、法務、IR指導・対応、システム部長兼システム販売部長、営業部長を兼任しながら、グループ全体の経営企画を担当。
2018年1月より、日本公認会計士協会東京会の公認会計士によるIPO関連業務支援プロジェクトチーム構成員を務める。

株式会社global bridge HOLDINGSについて

事業内容は、直営福祉事業として、保育事業と介護事業の2事業を展開。福祉支援事業としてICT事業展開。保育事業では、首都圏と大阪関西圏を中心に認可保育園・小規模保育『あい・あい保育園』を運営(2017年12月末現在30施設)。介護事業では、通所介護(デイサービス)『やすらぎ』ならびに放課後等デイサービス『にじ』を、介護や保育との複合交流施設として設置(同13施設)。日本の人口問題を社会問題と捉え、福祉事業によって解決することに特化している。2017年10月より東京証券取引所プロマーケット上場。東京都墨田区錦糸町に本社を構える。グループ会社は株式会社social solutions(保育事業・介護事業)と株式会社social solutions(ICT事業)の2社。2007年1月設立。

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