会計スキルと人脈で会社を導く!クラウド型コミュニケーションサービス会社の本部長に求められるキャリアは
株式会社ブイキューブ / 乾 隆一
中央監査法人から独立し、TAC株式会社公認会計士講座専任講師、東京実務補習所運営委員・副委員長を経て、クラウド型ビジュアルコミュニケーションサービスを提供する株式会社ブイキューブに経営企画本部本部長として参画された、乾隆一(いぬい りゅういち)さんをご紹介します。東証1部上場企業の本部長に求められるものは何か。監査法人から事業会社に転職するためのキャリアパスをお聞きします。
01
東証一部上場へ導く。会計士のスキルと行動力で本部長の責務を果たす
経営企画本部の仕事の内容についてお聞かせください。
現在は、株式会社ブイキューブの経営企画本部本部長として、経理・販売管理・購買管理・経営企画といった数値関連の業務を担当しています。また2016年より、株式会社ブイキューブの社内事業からカーブアウトして設立された、ドローンサービスを行っているベンチャー企業“株式会社ブイキューブロボティクス”の取締役も兼任しており、財務経理を管掌しています。
ブイキューブは私が入社した直後の2013年12月10日にマザーズに上場し、2015年7月22日に東証一部に市場変更しました。この時に行った上場準備作業や市場変更作業、上場後も必要となる監査法人対応では、監査法人にいたときのIPO経験や監査経験が活きています。
業務フローの改善や予算管理などのプロジェクトにも取り組んでいるとお聞きしています。
会社の成長を見ながら業務フローの整備や改善を行っています。会社の規模が拡大すれば現行の業務フローは実態と合わなくなりますし、新しいサービスを始めれば新たな業務フローと旧来の業務フローとで整合性が取れていないところも出てきます。
現場の社員が業務フローに違和感があると感じることもありますが、長年やってきたことをどう改善すれば良いのか分からなかったり、新しい業務フローを思いつかなかったりすることが多いです。そのような場合、監査法人や自分で会計事務所を営んできた経験を活かして解決策を検討・実行しています。

プロジェクトを進めるうえで苦労したことはありますか?
現在勤務しているブイキューブは、私が入社した2013年10月から今までの約4年半で、マザーズ上場、東証1部上場、構造改革による大幅な特別損失計上という大きな変化が相次いで起こり、ジェットコースターのような動きをしてきました。
当然、そのような動きに対応して、いままでやっていたやり方を変えたり、あるいはやったことがない管理手法を導入したり、今までは気づきもしなかったような視点から分析をしてみたりしています。
少し大げさに言えば、数日前まで私にとって常識だったことを覆していく日々です。このように変革・改革・改善が必要な状況では、いままでの自分の経験や見識だけではなかなか対処しきれません。
どのように課題に対処されましたか?
会社に課題が見つかったとき、知識経験が豊富な専門家からアドバイスをもらう必要があります。私が対処できる場合もあれば、私では知識や経験が不足している場合もあります。
自分だけでは解決できない課題が出てきたとき、具体的な会社の状況までは説明できないものの、他社ではどのような取り組みや管理手法を用いたり分析をしたりしているのかについて友人達から教えてもらい、会社に貢献することができています。
何でも聞ける友人を多く持っているから、課題や問題があっても取り組んで乗り越えていくことができ、その経験が自分をさらに次のステップに高めてくれています。
クラウド型コミュニケーションサービスの会社で働く上で、求められるスキルや知識はありますか?
本部長の仕事で、特有のスキルが求められることはありません。ただ、社内でも自社サービスを活用しているので、Web会議サービスの活用が進んでいます。その一環として、テレワークなどの働き方改革にも先進的に取り組んでいます。
弊社と同じような業種の会社へ転職しようと考えている方は、働き方に対する柔軟な考え方は持っていたほうがいいと思います。
02
大学受験失敗が会計士受験の転機に
公認会計士を目指そうと思ったきっかけは何ですか?
両親の知人に公認会計士の人がいました。別荘を持っていたり家が大きかったりしたので、「会計士ってお金が稼げていいなあ」と憧れました。それが会計士になろうと思った最初のきっかけです。
その後、大学でもう一度転機がありました。希望していた大学に不合格で仮面浪人をしたのですが、やはり不合格で諦めるしかありませんでした。ちょうど会計士講座に通っている大学の同級生がいたので、もう一度何かを目指したいと思って相談にのってもらい、会計士受験をすることに決めました。

会計士試験を受験してみてどうでしたか?
在学中には受からずに、合格するまで3回受験しました。最後の年は「もし今年もダメだったら就職しよう」という気持ちになっていました。
諦めかけていたところにまさかの合格で嬉しかったです。
受験前から会計士の仕事内容をご存知の方は少ないように感じるのですが、乾さんはいかがでしたか?
会計士がどんな仕事をしているのか知ったのは、勉強を始めてからです。
知り合いの会計士が監査法人のパートナーで、クライアントの相談にこたえる立派な仕事をしていたのだということも、受験を始めてから知りました。
03
監査法人での貴重な経験と、諦めなかったもう一つの選択肢
監査法人での経験をお聞かせください。
1998年10月に公認会計士第2次試験に合格し、中央監査法人の国内部に入所しました。今でこそ合格者は毎年1,000名を超えていますが、私が合格した1998年は受験者数約1万人に対して合格者が700人弱と少ない時代でした。
まだ合格者が少なかったので、国内上場企業、非上場企業、学校法人、上場準備など幅広く監査等の業務を行うことができ、将来につながる経験ができました。
その当時と今とでは、監査法人に違いはありますか?
当時は人が少なかったので、短期間で濃厚な経験が積めたのだと思います。
私の場合は、入所2年目でインチャージを任されました。J1のときから行っていた上場準備会社があったのですが、そこのインチャージをしていたマネージャーがパートナーに昇格することになり「インチャージをやらないか」と声を掛けてもらいました。マネージャーの次にメインで行っていたので会社のことは分かっていましたが、J2という若さでインチャージを任されたことには驚きました。その会社では店頭登録(IPO)も経験できて、年次が浅いながらも色々と経験が積めました。
他には、一部上場企業、そのグループ子会社、業界最大手のメーカーなど大小様々な企業や組織に往査に行き、そのうちの数社はインチャージとして関わることもできました。監査法人にいたのは約4年間でしたが、非常に濃厚な時間を過ごすことができたと思っています。

監査法人時代の忘れられない経験はありますか?
忘れられないというより、ショックを受けたと言った方が良いかもしれません。
小学校から中学・高校、そして大学や会計受験生時代と色々なバックグランドを持った人々と出会ってきました。ところが監査法人に入ると、当然のことながら先輩も同期も会計士で優秀な人ばかり。社会人経験がある同期も多くいたので、社会人1日目にして「自分は同期の中で下から数えた方が早いだろう」と感じました。正直、かなりショックでした。
また、同じ監査チームには優秀な先輩がひしめきあっていて、さらに超優秀な先輩もいたりするわけで、監査法人に入ってからショック続きでしたね(笑)。
具体的にどのようなところが優秀だと感じたのでしょうか?
同じ監査チームの先輩の話なのですが、J1の自分と1年しか年次が違わないはずなのに、もっと上の年次の先輩たちと何ら遜色なく仕事をしていて、しかも何でも知っていて考察が深いのです。その先輩は榎本さんという方で、現在は新日本有限責任監査法人の品質管理本部でパートナーをされています。
先輩と私には圧倒的な差があり、真似したところで簡単に身につけられない何かがありました。監査法人ではこういう人がパートナーになっていくのだろうと、自分の将来が心配になりました。
それでも2年目になれば私も同じレベルになれるかもしれないと、わずかな希望を持っていたのですが、J1から質問されたときに自分は同じようにはなれないと気づいてしまいました。ざわざわした不安が胸に広がりました。こんな人たちと比べられて監査の知識や経験で監査法人に残っていくことは自分には無理だし、特徴を生かして出世することも難しいということに気づきました。
優秀な人しかいない環境で比べられながら働くのは大変なことですね。
不安に突き動かされるように、つてを頼りながら監査法人以外のキャリアについて監査法人OBの人たちに相談しに行きました。
いまから考えても、かなり危機感を感じたのだと思います。しかし自分の場合は心が動かされて、2年目から監査法人以外の会計士の道を知るべく行動を起こしたからこそ、今につながる会計士としての道を進むことができたのだと思っています。
その後のキャリアはどのように選択したのでしょうか?
もともと大学院で勉強したいという気持ちがありましたので、「公認会計士第三次試験に合格したら、海外のMBAあるいは日本の大学院でビジネスセオリーを学んで専門性を養いたい。そのあとは金融機関で専門性の高い業務に関わるのもいいし、独立や学者の道もあるな」と考えていました。
そして監査法人の先輩や知人の紹介で、監査法人以外のフィールドで活躍している会計士の方に会い、自分の考えを深めていきました。
その結果、最終的には大学院に行きながら独立する道を選択して、監査法人を退所しました。
04
大学院、独立開業、TAC講師、東京実務補習所運営委員。4足のわらじ
大学院時代の話をお聞かせください。
慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程に通い、2年間の修士課程を2回ずつ、合計4年間通いました。2回目は伊藤眞先生のゼミに入りなおして、金融商品会計や国際会計基準を勉強しました。
大学院で思う存分勉強に取り組めたことや、大学院で教授や院生たちと会計について議論したことで、会計に対してより深い知識や経験を持つことができるようになりました。大学院に行って身に付けたものは、今のキャリアに活かされています。
大学院に通うかたわら、お仕事もされていたそうですね。
監査法人退職後、ご縁があってTACの公認会計士講座の講師になりました。また独立して開業もしていました。独立した当初はバリエーションを主にしており、2004年頃からはIFRS導入コンサルも行うようになりました。
午前中は大学院で授業に参加し、午後は自分の事務所かクライアントに行き、平日夜と土日はTAC講師業を行うという、監査法人時代よりも多忙な日々を送ることになりました。といってもやりたい事を存分にやっていたので、毎日が充実していました。

東京実務補習所で運営委員を引き受けたきっかけはなんだったのでしょうか?
公認会計士会館にCPE研修を受けに行った時に、偶然、監査法人時代の先輩パートナーに会いました。当時、彼は会計士協会の常任理事をしていて、私に協会の委員会活動をやらないか、と声をかけてくれました。
会計士協会にはいろいろな委員会があるのですが、私の経験が活かせる委員会を探し、TAC講師の経験を活かせる補習所の運営委員になることを選択しました。
また、当時の東京実務補習所運営委員は、補習所で行われているいずれかの講義の担当講師になることになっていましたので、大学院で最先端を学び仕事でも活かした国際会計基準(当時はIAS、現在はIFRS)の講義を担当することになりました。
現在は、企業内会計士であることを活かした科目を担当しています。
運営委員と副委員長を合わせて10年以上務められたそうですね。
合格者が増えて補習所の班の数も増えていき、各班を2~3人の運営委員で担当するのですが、運営委員の数も足りなくなっていきました。そのため3年任期と聞いていましたが、補習所の事務局から任期延長を打診されました。
そしてその後、補習所の講義を担当していて気がついた点を補習所担当の常任理事に伝えたら、今度は「副委員長をやらないか」と誘っていただきました。
当時、副委員長は大手監査法人から選出される仕組みでした。監査法人所属ではない自分の椅子をわざわざ用意してくれたこともあり、副委員長をお引き受けすることになりました。
大学院が終わったあとのキャリアは、どうやって決めたのですか?
大学院が一区切りついて、その後の進路について会計士の先輩に相談したところ、「会社の中の論理を知っていると役立つ」と助言してもらいました。
当時は30代半ばだったので、「今の年齢なら事業会社に行けるから」と言われて、事業会社を経験してから独立しても遅くはないと決心しました。それで2012年に1社目の事業会社に入り、翌年2013年に現在所属しているブイキューブに入社することになりました。
05
運営委員の視点からみた、実務補習所と会計士業界が抱える問題
実務補習所の課題研究で論文のコピペが問題になり、不正をした職員に重い処分を下した監査法人もありました。このことについて、どう思われますか?
コピペ問題は大なり小なりあると思います。過去も今でも。
あの問題はトーマツの津田さんが担当理事だったからこそ、表沙汰にしたのだと思います。津田さんはトーマツの責任者でありCPEの責任者もやっていました。「会計士になろうとする人間がこんなことをやってはいけない」と思って、表沙汰にすることで、自浄努力が働くことを期待したのだと思います。

公認会計士試験の受験者数が低迷していると言われていますが、理由はなんだと思いますか?
よく会計士試験の受験者数が低迷していると聞きますが、自分はそうは思いません。今が適正数なのであって、異常だったものが正常になったのだと思います。
もし人手不足というなら、会計士ではなく大卒を採用すればよいというのが持論です。諸外国では、当たり前に行われていることです。
英語試験の受験を推奨している監査法人もありますが、会計士に英語力は必要だと思いますか?
会計士は会計システムの裏側を走っているので、システムに対するリテラシー(読解力)が必要だと言う人もいますが、知識がなくてもいいのです。英語力も同様です。小学校で英語の授業も始まっているので、英語力は必要ないかといえば、あるに越したことはないという程度。
日本はまだ大丈夫ですが、今後確実に人口は減っていきます。日本より小さい国では英語がしゃべれないと生活ができない国もあります。そういう意味では、将来的に生活する上で英語は必要になるかもしれません。といっても共通語として使われているのが英語なだけで、実は世界で一番話されているのは中国語だったりもしますので、実は英語よりも中国語をやったほうが良いのかもしれません。英語力に関してはその程度に考えています。
06
公認会計士という資格をどう捉えるか
乾さんにとって公認会計士という資格はどのようなものですか?
公認会計士という資格は、スーツやネクタイのようなもので、自分を表現するときの特徴の1つだと思っています。会計士という資格があるからといって、みんなが監査ばかりしているわけではなくて、人それぞれです。
監査法人でその後のキャリアに悩んでいたとき、海外にMBA留学して帰国したばかりの先輩、官庁や証券業協会に出向した先輩、独立した先輩、事業会社や金融機関に転職した先輩などいろんな先輩会計士に会いました。中には、監査法人で体を壊して退所したあと100円ショップや居酒屋をやっている会計士の方もいました。
そのような出会いの中で、会計士という資格があるからといって監査している人ばかりではないということを知りました。資格は名前と同じで自分を特徴づけるものの1つであって、「資格があるからといって監査という特定の仕事に縛られる必要はない」と積極的に感じることができました。

公認会計士という仕事に関連して悩んだことはありますか。また、どのように乗り越えましたか?
キャリアに関しての悩みはありました。監査法人から独立している人がいるけど自分もやれるのだろうか、独立が果たして自分のやりたいことなのだろうかと。
悩んで精神的に追い詰められることもありましたが、自分のモットーは“悩んだときは、手を動かす・足を動かす・口に出す”ことなので、信頼できる友人にひたすら話を聞いてもらい、とにかく行動することで乗り越えました。
人生の目的は何ですか。公認会計士の資格と関連があれば教えてください。
池波正太郎氏の歴史小説に書かれていた死生観なのですが、“人は生まれたからには死に向かって進んでいる”という考え方に共感しています。そのため、死の瞬間に悔いのない人生にしたいと思っています。
会計士になってまもなく20年経ちます。人生のほぼ半分を会計士と呼ばれて生きてきました。今後も人生の大半を会計士として過ごすことになるでしょう。そのため、“死の瞬間に悔いがない”ということは、“会計士で良かった”と思うことと同義ではないかと思っています。会計士という道に進んだことで多くの友人達と出会うことができました。そのことでより豊かな人生を歩めていると思っています。
人生の目的ではないですが、会計士という資格をとったことで人生をより楽しめていると思っていますし、今後もそのように過ごせるよう、一会計士として研鑽していかなければと思っています。
07
キャリアに悩んだらアクションを起こしてみる
キャリアに悩んでいる会計士や会計士受験生の皆さんに何かアドバイスをお願いします。
何を目指すにせよ、興味があるキャリアがあればキャリアを歩んでいる人の話を直接聞きに行くのがベストだと思っています。それもOBよりは現役の人に会って、ナマの業界の声を聞きに行くのが良いと思っています。
知り合いがいなければ、紹介してほしいと知人に声をかけて、つながりができるまで諦めないことが大切です。最初に話を聞くときは、1対1でも良いし、セミナーなど集会で話を聞いても良いと思います。

どのキャリアを目指していいのか分からない人はどうしたらよいでしょうか?
そもそも、どのキャリアを目指していいか分からないのであれば、セミナーなどさまざまなキャリアの人たちの話を聞く機会を見つけて、何に興味があるのか自分の心に問いかけるのも良いと思います。
そして目指すものが定まってきたら、そのキャリアの人と1対1で話を聞いてみる。2回でも3回でも、1年でも2年でも納得いくまでじっくりと話を聞いてみるようにすると良いと思います。
自分も海外にMBAを学びに行くか迷ったとき、監査法人の先輩から、当時ロンドン大学のMBAスクールに通っていた同期の会計士の方を紹介してもらいました。日本に帰国するタイミングを見計らって、数か月おきに1年間で4回ほど話を聞かせてもらいましたが、とても参考になりました。
話を聞きたいと思っていても、遠慮してなかなかアクションを起こせない人もいると思うのですが。
人の経験談を聞きたいけど自分から提供するものがないので、遠慮して声を掛けられない人もいると思います。また会計士はのんびりとした性格の人が多いので、そのうちチャンスが来ると思って待っている人もいるかもしれません。
でも悩んでいるなら、手でも足でも口でもアクションを起こさないといけないと思います。起こせないなら、それはキャリアを模索しようという気持ちがまだ本心じゃないのです。本当に悩んで切羽詰まって、冷や汗かいて、追い詰められたら、逃げ出したくて動きたくなる。でも、できればそうなる前にキャリアは模索しておきたいですね。模索しておけば早く実現できますから。
会計士だと4年目に転職する人が多いですよね。転職のタイミングに適齢期はあると思いますか?
監査法人からの転職のアクションを起こすタイミングは、いつでも良いと思います。修了考査が終わった頃やインチャージを数年経験した後に転職する人が多いですが、これは会計士という資格制度の構造上の話しで、修了考査やインチャージ経験がジョブチェンジを考える一つのタイミングになっているにすぎないと思っています。
仮にパートナーになれずに定年退職することになっても、会計が好きで監査が好きなら何年でも監査法人にいれば良いと思っています。
時期は人それぞれだし、適齢期というものはないと思っています。
キャリアに悩んだら、まずはアクションを起こしてみるということですね。今日はお忙しい中、お話を聞かせていただきありがとうございました
プロフィール
乾 隆一(いぬい りゅういち)
株式会社ブイキューブ
1975年東京都目黒区生まれ。慶應義塾大学商学部に進学卒業。
卒業1年目で公認会計士試験に合格し、中央監査法人国内部に入所。
約4年間監査法人に勤務したのち慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程に進む。同時に乾公認会計士事務所を設立し所長に就任(現任)。
2002年からTAC株式会社の公認会計士講座専任講師を兼任し、講師・テキスト作成・後輩講師の指導など10年に渡り携わる。
その後2012年に株式会社クロスマーケティングで事業会社の実務を経験し、2013年より株式会社ブイキューブに入社し執行役員となる。2017年より経営企画本部長に就任(現任)。また、株式会社ブイキューブの社内事業からカーブアウトして設立された、株式会社ブイキューブロボティクスの取締役に2016年に就任(現任)。
2005年より日本公認会計士協会東京実務補習所及び一般財団法人会計教育研修機構東京実務補習所の運営委員、2009年から2015年までは同副委員長を勤め、後進の育成に力を注ぐ。
著書
・『これだけは知っておきたい!!「会計」の基本と常識 社会人として最低限知っておきたい「会社のしくみ」がわかる』(出版社名:フォレスト出版、出版年月2007年12月)
・『会計基準の過去・現在・未来 第1巻』(出版社名:TAC出版、出版年月:2009年7月1日)など。
日本管理会計学会、日本ディスクロージャー研究学会会員。
株式会社ブイキューブについて
業務内容は、クラウド型を中心としたビジュアルコミュニケーションサービスの提供。インターネットを通じて、会議の参加者同士が、お互いの顔を見ながら資料を共有し、双方向のコミュニケーションを取ることのできるWeb会議サービスやオンラインセミナー等のサービスを提供している。主に企業・教育機関・官公庁等向けに業績を拡大。東京証券取引所市場第一部上場。従業員数488名(平成30年1月時点の連結ベース)。東京都目黒区上目黒に本社があり、グループ会社は国内1社、海外はシンガポールをはじめ7社。平成10年10月設立。